表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/23

第05話 警察省中央統括室主任 ニカ・ブラヴァルス

 ──朝……か。

 薄い板張りの壁のあちこちから、朝日がいくつも入ってくる。

 チェックインはもう夜が更けてたから、よくわからなかったが……こりゃあ思ってた以上のボロ宿だな。

 ヤることヤったら、声が外に筒抜けじゃねぇか。

 ベッドも硬ぇのなんの……。

 敷き布団が完全に煎餅、どんだけ腰でプレスされてきたんだ。

 そういやぁ……菜緒と暮らした安アパートも、壁の隙間が多かったけか。

 夏は虫、冬は隙間風……。

 大家のクソババアは部屋に手を入れられるのが大嫌いで、目張りもできなかった。

 「子どもができたら無理してでも引っ越そうな」って話してたな。

 子ども……か。

 そうだな、こんな部屋は子どもの成長によろしくねぇ。

 さっさと発つとすっか!


「……ヒビキ、朝だぞ。起きれるか?」


「ン……。うう……ン……んん……」


 俺の隣、シーツの上で手足を曲げて、横になっている全裸のヒビキ。

 こちらの呼びかけでうっすら目を開け、気だるげに全身を伸ばす。

 肘も膝も、出会ったときよりだいぶ動くようになったが、ピンとは伸びきらない。

 まだ歩かせるのは無理か。


「ヒビキ、宿を出るぞ。おまえの親探しに出発だ」


「ン……うん」


 ヒビキの小脇を背後から掴み、ベッドの縁へと座らせる。

 それからベッドのシーツを羽織らせ、肩から足首までをくるむ。

 使い古されたシーツだ、ちょいと心付け置いときゃあ文句もねぇだろ。


「……悪いな、そんなナリさせて。出発前に街で買い物すっから、そんときにちゃんとした服も買ってやるよ」


「えっ……。街……?」


 シャツを羽織って背中の般若を仕舞う俺へと、ヒビキが不安の籠った顔と、明らかに嫌悪が交じった声を向けた。

 夕べは行く先々の宿で、罵声浴びせられたからな。

 すっかり萎縮しちまったんだろう。

 だがそこは、俺もベッドん中で夜通し対策を考えた──。


「なぁに、早朝なら人は少ねぇし、ヒビキのことはきっちり守ってやるからよ!」


 ◇ ◇ ◇


 ──商店が居並ぶ街中。

 通りの中心を、ヒビキを右胸に抱いて堂々と歩く。

 ヒビキは俺の胸へと顔を埋め、世間様には白い髪と黄ばんだシーツだけを見せている。

 ツノは……俺のシャツの胸元に穴をあけ、内側へと収納……隠してる。

 これならだれがどう見ても、ただの抱っこされてる女の子だ。

 赤い耳だけは、隠しようがなかったが……。

 疑われたら、風邪で熱持ってるとでも言うさ。


「ヒビキ、息苦しくないか?」


「……大丈夫。でも……」


「でも?」


「人間の街……見て……見たい……」


「……そいつはすまない。きょうところは我慢してくれ。買うもん買い揃えて街を出るだけにしたら、見てもいいからよ」


「うん……」


 差別は怖い、でも街は見たい。

 まだ小さいから、臆病と好奇心の振り幅が大きいんだろうな。

 それにしても、オーガのツノってのは……かなり固いんだな。

 先っぽがツンツン肌に刺さってきて……けっこう痛いぞ──。


 ◇ ◇ ◇


「……よし。食いもんは、これだけありゃあ四、五日持つか」


 パン、干し肉、果物を中心に食いモンの買い溜め。

 鹿の革で作られたズダ袋へ、パンパンに詰め込む。

 ときどきヒビキが、顔を左右へ振って通りをチラ見してるが……まあ、バレなきゃいいか。

 さーて、あとはこいつの服を買ってあげるだけ──。


「……シズク・ヤマトネ。稼業は用心棒……ですね?」


「あぁ?」


 低い女の声、あるいは高い男の声。

 性別不明な声が、丁寧な口調で背後から。

 店から数歩引いて、振り向けば……。

 そこにはやはり、男か女かわからねぇ、黒いスーツに身を包んだ奴が。

 うなじでまとまった艶のある金髪、青い瞳、白い肌、細い顔に細い首……そして赤い唇。

 こっちの世界じゃ主流の西洋顔だが、男のナリをした美女か、女っぽい顔をしたイケメンか……わからない目鼻立ち。

 喉仏の辺りは……首に巻いた灰色のスカーフでうまく隠してやがる。


「いかにも俺は、山利根雫だが? アンタはだれだい?」


「はじめまして。警察省中央統括室主任の、ニカ・ブラヴァルス……と申します。不躾な声掛け、失礼しました」


「警察省……ちゅーおーとーかつ……」


 警察省ってのは確か、この国の警察のトップの組織……警視庁か警察庁に当たるところだったな、確か。

 ……で、ニカってのはここじゃあ、男にも女にもある名前。

 どこまでも性別不明な奴。

 そして淡々として事務的な口調……職業的にも性分的にも、俺とは相性悪そうだ。


「その主任さんが、俺になんの御用で?」


「昨晩の夜盗捕縛の件で、あなたに窃盗の容疑が掛けられています」


「ああン……窃盗? 俺が夜盗の一味だって言うのか? 俺ぁきちんと、村の自警団からの依頼で──」


 ──スッ……!


 俺の言葉を遮って、白い手袋を嵌めた右手で紙切れを掲げるニカ。

 その向こうに見える顔半分では、艶やかな唇の口角を上げて、笑みを浮かべている。


「最初に述べたとおり、あなたの身分は把握しています。盗まれたというのは、いまあなたが抱えているオーガ。この被害届を出したのは、オーガが飼われていた小屋の持ち主、です」


「はああぁ~?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ