第04話 チキン&ポーク
──連れ込み宿。
それも、相場の数倍の金をブン取る買春用の。
ガキを連れ込んでも、フロントは見て見ぬふり。
絶対に利用したくねぇ、もっと言えばブッ壊してやりてぇ建て物だが、いまはしけ込むほかない。
まっとうな宿は、このオーガの子を見るなり、どこも門前払い……だ。
『オーガを泊めろだと!? 冗談じゃないっ、さっさと出てってくれ!』
『物置きでもいいだって? オーガなんてゴミ捨て場でもお断りさ!』
『風呂だけでもぉ? ふざけんなっ! うちの浴場をヌタ場にする気かっ!?』(※ヌタ場:動物の泥浴び場)
……人間と同じ見た目、言葉も通じる、なのに肌が赤くてツノがあるだけで、なんとも酷ぇ扱いだ。
ただそれは、この世界特有の風潮ってわけでもないんだろうな。
元の世界……日本でも大して変わりゃしないだろう。
般若を彫ってる俺が、銭湯サウナお断りだったようにさ。
……にしても、女の子と風呂ってのは、なんとも落ちつかねぇ。
こっちにその気なんて、微塵もなくてもよ──。
「……悪いな、ヒビキ。こんなオッサンと一緒だなんて。おまえの手足がまだ動かねぇから、我慢頼まぁ」
「ううん……ありがと……。人間のお風呂……初めて……入った。広くて……水もきれいで……うれしい」
樽みてぇな狭い風呂桶に張られた、ぬるいお湯。
あとは、エロいことするためのサイズな敷き板があるだけ。
これでもこの子にとっちゃあ、豪華な造りなんだろうな。
この子……ヒビキ。
背骨と肩甲骨がくっきり浮かび上がってる、ガリガリの背中。
軽く掴んだだけで折れそうな細い首と腕。
夜盗の連中から、ろくに食事貰えなかったんだろう。
ただ……暴力の痕はねぇ。
ふくらはぎから太腿に掛けて引っ掻き傷があるが、これはダニかなんかの虫刺されを、自分の爪で擦った痕。
喧嘩のプロの俺から見て、不穏な傷は見当たらない。
垢さえ流し落とせば、ピカピカの女の子の肌。
変態の客を取らされていたか、夜盗たちの間で百万遍……なんて心配はなさそうだ。(※百万遍:輪姦の類語)
ま、門前払いされた宿屋の様子から見て、そっち方面の需要はヒビキにはなさそうだが……。
しかしこの、瘦せ細った赤い体……。
未熟児だった響をますます思い出させる──。
「ヒビキ、風呂上がったらメシ食うぞ」
「お風呂の前に、食べた……貰った。パン……」
「ありゃあ、おやつだ。いまのおまえは、もっともっとメシ食わなきゃならねぇ。今度は肉も焼いて、たっぷりソース掛けてパンに挟むぞ。ハンバーガーだ!」
「お肉……。鳥……? 豚……?」
「どっちもあるぞ。牛は予算的に無理だったがな、ははっ」
「お肉……。食べ……たい……」
これまで淡々としていたヒビキの語りに、わずかに抑揚が交じった。
手足の関節がまだほぐれていない体を、かたかたと揺らし始める。
早く肉を食べたい──。
保護してから初めて俺に見せた、ヒビキの自分の意思。
そうだな、この子にいま一番必要なのは、心と体への栄養。
「よし、風呂は中断! なにはさておいても、メシだメシ!」
「うれしい……」
ひとまずの仕上げに、ヒビキの頭からお湯をかけ、泡立ちの悪かった石鹸と浮いた垢を流す。
それからバスタオルで体をくるみ、胸元に抱えて寝室へ。
一晩寝れば関節の強張りも、それなりに抜けるだろう。
今夜のメシまでは、俺が口まで運んでやるさ。
……ははっ。
なんだかすごく楽しみだ。
この世界へ来て、楽しいって思いをしたのは初めてな気がする。
親ってぇやつの真似事を、ここに来てできるたぁ思わなかったな。
ヒビキは本当の両親へ、無事に届けなきゃいけないが……。
それまでは父親ごっこを楽しんでもいいよな、菜緒。
そして親分──。