表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

第3話 ∶初等魔法学園の門をくぐる



 スキル発動試験の翌日。王都フェルディア近郊の訓練所では、陽が高く昇るにつれ、昨日の話題でもちきりとなっていた。


 火を操る者、風を駆る者、傷を癒やす者。誰がAランクを取った、誰のスキルが派手だったと、至るところで興奮交じりの会話が飛び交っている。


 その輪の中心に、カイ・ミズナギの姿はなかった。


 彼は訓練棟の裏手、石壁にもたれてノートを開いていた。表紙には「観察記録」と手書きされており、ページにはびっしりと細かい文字が並んでいる。


(昨日の試験官……体温36.8℃、末端冷感、声のかすれ。呼吸浅く、魔力過剰の兆候)


 彼はスキル《体温計》をただの体温測定機能だとは思っていない。

 数字は「入口」だ。その奥に、見えない異常や変化を見つけ出すのが、医師としての彼の力。


(小さな違和感を拾い、組み合わせて、危機を予測する)

(たとえ評価はDでも、これは“読む”力だ)


 人の命の波を、数字で読む。

 最弱と呼ばれようと、彼の中に宿るものは、誰よりも鮮やかに命を見つめていた。


 

 夕刻。

 寮に戻ると、ちょうど魔力訓練を終えた生徒たちが戻ってくるところだった。


 カイの視線の先で、赤い髪の少女がふらつくように廊下を歩いていた。

 リリア・エルステラ。昨日、回復魔法を華やかに披露し、Aランクを取った少女だ。


 だが今、彼女は顔色を失い、肩を震わせている。ゴホッ、と苦しげな咳が漏れた。


「リリア、大丈夫か?」


 声をかけると、リリアは無理に笑ってみせた。


「ちょっと、疲れただけよ。大したことは……」


 だが、その言葉を最後まで聞かず、カイは静かにスキルを発動した。


《スキル発動:体温計》


 リリアの額の前に数値が浮かび上がる。


《37.4℃/呼吸乱れ/末端冷感/魔力中枢過負荷:軽度》


 カイの表情が険しくなる。


「微熱だけど、魔力中枢に過負荷が来てる。早急に休まないと、魔力回路が焼き切れる」


「……そんな、でも……明日の選抜試験……」


「選抜より命のほうが大事だ」


 短く、鋭い声だった。


「一晩でも無理すれば、魔力障害が残る可能性もある。君は回復魔法を使う。魔力中枢の精度は命取りだ」


 彼の口調に嘘はなかった。


 リリアは戸惑いながらも、カイの瞳をじっと見つめ……やがて、静かにうなずいた。


「……わかった。ありがとう」


「保冷水とハーブティー、それと湿布を。俺が持ってくる」


 そう言って走り去るカイの背中を、リリアはじっと見つめていた。その目は、ほんの少し潤んでいた。


◇ ◇ ◇ 


 翌朝、訓練所内は騒然としていた。


 リリアが夜中に倒れかけたという話が広がったが、カイの的確な処置で未然に防がれたという噂も同時に流れていた。


 カイは呼び出され、医療担当教官であるマルティンの前に立った。


「……君が彼女の異常をいち早く見抜いたと?」


「はい。《体温計》で兆候を確認しました。熱は微熱でしたが、呼吸が浅く、末端が冷えていた。魔力過負荷の典型症状です」


 マルティンは興味深そうに眉をひそめた。


「君のスキルはD評価と記録されたが……見直しの余地があるかもしれんな」


 カイは首を振った。


「戦えないことに変わりはありません。ですが、人を守る力ならあると思っています」


「……なるほど。君の視点は貴重だ。命を見抜く“眼”というわけだな」


 マルティンは書類を見ながら静かに告げた。


「将来、王都中央医療塔の研修を受ける資格がある。希望するなら推薦するが、どうする?」


「……いえ、まずはこの訓練所で力を積みたいです」


「ふむ、謙虚だな」


 だがマルティンは知っていた。


 この少年は、たとえ医療塔に行かずとも、いずれ世界に名を刻むと。


◇ ◇ ◇ 


 その日を境に、カイのもとに生徒たちがぽつぽつと相談に訪れるようになった。


「なんか、頭がズキズキしてさ……魔力回路の調整、見てもらえる?」


「私も! 昨日から体が妙に重くて……」


 最初は冷やかし半分だった者たちも、次第に真剣な眼差しで彼に診てもらうようになった。


 カイは一人ひとりに《体温計》を使い、体温だけでなく脈拍、皮膚の温度差、呼吸の浅さ、視線の揺れなど、あらゆる情報を“読み取って”いった。


(数値だけじゃ足りない。全身を見て、総合的に診る)

(それが、医師だ)


 スキルはただのツール。

 だがそれをどう使うかは、本人次第だ。


 誰も気づかない異常に気づく。

 誰よりも早く、命の危機を察知する。


 それこそが、カイがこの世界で手にした“武器”だった。


 

 夕暮れの屋上。

 風が気持ちよく吹き抜けるその場所で、カイは静かにノートを閉じた。


 ノートの最終ページにはこう記されていた。

__命に触れるスキルは、見た目じゃ測れない。


 体温は、生きている証だ。

 見える者だけが、守れる命がある。


 彼は空を見上げた。

 この空の向こうに、まだ出会っていない命がある……助けを求める声がある。そして、自分の力を試される日が必ず来る。


(俺は、見える)

(だから、命を……絶対に見逃さない)



第4話『落ちこぼれ医師の目に映る世界』

Dランクスキルと笑われても、命の兆候は見逃さない。

次に彼が気づく“異常”は、思いがけない事件の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ