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第2話:神が授けたのは《体温計》だった



 その空間は、どこまでも白く、静かだった。


 天も地も、壁も床も、すべてが淡い光に包まれ、重力も風も存在しない。まるで無菌室のように清潔で、まるで現実ではないような空間。


 カイ・ミナヅキは、そこで目を覚ました。


 ぼんやりとした視界。だが、意識ははっきりしている。


(……また、病院か?)


 身体を起こそうとして、違和感に気づく。

 手が細い。関節も滑らかで、筋張っていない。声を出すと、若々しい音がした。


「……声が、違う……」


 見下ろした手は、自分のものに見えなかった。それでも、確かに自分の意識はここにある。


「お目覚めですね、カイ様」


 突然、声が響いた。振り返ると、そこには白銀の髪を持つ美しい女性が立っていた。


 透き通るような肌、長く整った睫毛。神官服のような白いローブをまとい、手には金の杖。


「あなたは、神の慈悲により、再びこの世界に生を受けました。

 命を救い、命に尽くし、命の灯を看取った魂として……」


「……転生、ってこと?」


 カイの言葉に、女性は優しく微笑んだ。


「はい。こちらは“神創界アトリウス”。

 あなたは、こちらの世界で新たに生きることになります」


 カイは思わず目を伏せた。


(転生__そうか、俺は……)


 記憶は確かにあった。


 長い夜勤。連続の急患対応。

 倒れたのは、朝方。ナースステーションで、カルテを手にしたまま。


(……あれが、最期だったんだ)


 身体が崩れる感覚。後ろから誰かが叫ぶ声。意識が途切れたその瞬間から、ここまで__確かに、何かが終わっていた。


 カイは深く息を吐くと、女神官に顔を向けた。


「転生するってことは……この世界で、また何かをできるってことか?」


「はい。あなたには、新たな肉体と“スキル”が与えられます」


「スキル?」


「この世界において、誰もが一つ、神から授かる“天恵の力”です。

 それは戦いの力であったり、癒しの力であったり……

 あるいは、世界を変える可能性を秘める力でもあります」


 女神官がそっと金杖を掲げる。

 その光が、カイの胸元に吸い込まれるようにして広がり――


《固有スキル獲得:体温計(Thermo Scan)》


 その言葉が、空中に浮かび上がった。

 カイは、文字をなぞるように無意識に読み上げた。


「体温計……?」


 瞬間、空気が静まり返った。


 神官の表情が、一瞬だけ困惑する。

 だがすぐに、微笑に戻った。


「……珍しい、スキルですね」


「これって、ただの……体温を測るってこと?」


「説明いたします」


 神官は穏やかに頷き、朗々と告げた。


◆スキル:体温計(Thermo Scan)


 触れた対象の体温を、±0.01℃の精度で視覚化できる。


 対象が発熱・低体温などの異常状態である場合、それを数値と警告表示で把握可能。


 複数対象へのスキャンには集中力と魔力消費を要する。


 攻撃・回復能力は一切ない。


 カイは、黙り込んだ。

 目の前の神官は、「これは神からの祝福です」と言ってくれたが、どうしても思ってしまう。


 この世界の他のスキル__例えば《火焔球》や《回復光》と比べて、あまりに地味すぎるのではないか、と。


(……でも)


 カイは、自分の手を見た。

 それは細く若い、しかし確かに命を持つ手。


(体温は、生きている証だ)


 医師だった自分は、何百人もの命の“終わり”に立ち会った。

 発熱、冷え、体の震え……すべて、異変のサインだった。


(命を守るなら、体温の変化は、なにより重要なサインだ)


 誰かが見逃したとしても、自分だけは見逃さない。それがきっと自分の役目なのだと、そう思えた。


 数日後、カイは仮の滞在地である神殿施設を出て、王都フェルディア近郊の訓練施設に送られた。


 “初等魔法訓練所”と呼ばれる場所で、スキル発動の訓練や魔力量の測定、簡単な薬草学などを学ぶという。


 施設の中央には、若者たちが集まっていた。それはカイと同じように、ここで暮らす研修生たちだ。


「うおーっ! 見たか? 俺の《火焔剣》!」


「私は《風歩》! 浮遊術も少しだけできるの!」


 彼らのスキルは華やかだった。

 剣が燃え、風が巻き起こり、回復の光が輝く。


 その中で、1人、カイは黙って立っていた。


「お前のスキルは?」


 フレンドリーに肩を叩いて声をかけてきたのは、筋肉質の少年だった。


「……体温計」


 数秒の沈黙のあと__


「マジで? それって……熱を測るだけ?」


「戦えんの、それ?」


 乾いた笑いが起きた。それは当然かのように皆に伝染していく。

 次第にその輪は広がり、周囲からも同じような言葉が飛ぶ。


「ザコじゃん、それ」

「マジで医者の道具じゃん」

「診療所にでも行ったら? 学園は無理でしょ」


 何も言い返さなかった。


 言い返す言葉がなかったのではない。

 ただ、怒ることが命を守ることには繋がらないと思った。


(笑ってればいい。見えない人間には、わからない)


 そして、スキル発動試験の日が訪れる。


「次、カイ・ミナヅキ!」


 試験台に上がると、目の前に神官と教官が立っていた。


「スキル名は?」


 静かに答える。


「……《体温計》です」


 一瞬、空気が止まった。

 そして次に起こったのは、予想通りの嘲笑だった。


「またあのザコスキルのやつかよ!」

「あいつ、まじでウケるな」


 教官の目にも、冷めた色が浮かぶ。

 だが、カイはそんな表情すら気にもとめず静かに手をかざした。


《スキル発動:体温計》


 前方の試験官に意識を向けると、彼の額に小さな数値が浮かび上がった。


《36.8℃ +微熱傾向/末端冷え症/魔力過剰使用の兆候》


 カイは、そっとその手を試験官の手首に置いた。


「……微熱ですね。昨日、魔法陣の調整で夜更かししましたか?」


「なっ……!」


「体温は平熱でも、手足が冷えてる。

 喉も少しかすれてるし、全体的に疲れが出始めてます」


 試験官は、言葉を失った。


「なぜ、それを……誰にも、言ってないのに……」


「見えるんです。“体の声”が」


 それでも、試験評価はDランクだった。

 何も起こせない力。戦えない力。

 それが、この世界の“評価基準”。


 だがカイは一つだけ確信していた。


(この力は、“命の変化を読み取る”力だ)


(誰が気づかなくても、俺だけは――絶対に見逃さない)



◇次回予告

第3話『最弱スキルは、命を読む眼だった』

嘲笑の中で静かに燃える決意。

見えない者にできないことを、“見える者”はできるのだ。

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