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第七十四話 来客

「──────っ!!!!」


胸の奥を突き破るような衝撃と共に、私は飛び起きた。

見せられた──一度目のお母様の最期までの姿。そして、亡くなったあともお父様と私を見守り続けた壮大な夢の、残酷な結末。

お父様が自ら命を絶った瞬間、視界が破れ、私は現実に引き戻された。


額から首筋にかけて、冷たい汗が滝のように流れ落ちている。

呼吸は浅く、喉の奥が焼けつくみたいに熱い。あまりにも重く、痛すぎる真実が胸を締め上げ、うまく空気が吸えなかった。


「大丈夫か? ステラ……」


はっとして視線を動かすと、私の手を包み込むように握る大きな手があった。

お父様──ディルが、眉を僅かに寄せてこちらを見ている。

頭の中が混乱しすぎていて、彼の手の感触にすら今の今まで気づけなかった。


「ディ……──お父様……」


口をついて出かけた名は、夢の中で見守ってきた“ひとりの男”としての彼の名前。

慌てて言い直すと、喉が詰まってうまく声にならない。


「酷く魘されていたな……声をかけたんだが、なかなか目覚めなかった。どんな夢を見ていたんだ?」


その問いに、言葉が詰まる。

お父様の表情は、まるで私の反応から何かを測ろうとするようだった。

いつも通り感情を大きく出す人ではない。それでも、夢の中で見たあの光を失った瞳でも、すべてを諦めた顔でもない。

そのことに、ほんの少しだけ安堵する。


「……忘れてしまいました。凄く……恐ろしい夢だったはずなんですけどね」


思い出しただけでも、心の中が崩れてしまいそうだった。


お父様は、息を吸いかけ──何かを言いかけて、ふっと吐き出す。


「そうか」


その声色が、わずかに切なく揺れる。

胸の奥が、きゅっと痛んだ。


(どうして、この人は……あんなにも悔やんでいたんだろう。私を、自らの手で処刑したことを。

 リンジーを滅ぼしてまで──)


頭が破裂しそうだ。

とにかく一人になって、整理しなければ。


私は今回、お父様にあんなことをさせたくない。

私が彼に殺されないためにも、国が滅びないためにも。

それなのに──今のこの信頼関係を──どうしても、彼を完全には信じきれない自分がいる。


俯いていると、不意に頬に冷たい手が触れた。

驚いて顔を上げると、お父様が真っ直ぐに私を見つめている。


「なにかあるなら、ステラから話してほしい。俺は……なにがあっても、お前の味方だ」


(今はそうかもしれない。でも……これから先も、そうだと言い切れるのかしら)


夢の中で、自分が処刑される場面を外側から見たせいか、胸の奥の古い傷が疼く。


ヴァルが私に見せたかったのは、きっとそこじゃないはずなのに……。


「お父様……今は一人になりたいです。夢見が悪かったので、次はぐっすり眠れるように」


少し間を置き、「……わかった」とだけ返すと、彼は静かに布団をかけ直し、音も立てずに部屋を出ていった。


私は布団を頭まで引き上げ、闇に沈み込む。

(いつまでも、不安になっている場合じゃない……)そう自分に言い聞かせながらも、胸の奥はざわめき続けていた。


一度目の人生の残酷さに、耐えきれず涙が零れ、静かに枕を濡らした。


◇◇◇


リナが転移してきてから、あっという間に二ヶ月が過ぎた。

その間に、私が魔法学校の貴族塔に通うことが正式に決まった。──これは、一度目とまったく同じ流れだ。


前の人生では、デビュタントの後すぐ、時期王太子妃として王妃教育を受けるために王宮通いが始まっていたから、この道筋はよく知っている。


まず神殿に行き、魔力と神聖力の測定を受けた。

結果は──魔力はほとんど皆無。しかし神聖力は桁違いだった。

軽い傷を治せる程度の神官たちと比べると、私の力はその三百倍。

使いこなせれば、心臓さえ動いていれば──腕や脚が落ちていても元通りに治せるほどだと告げられた。


その力を持ったリナは、まるで磁石のようにマティアス様に張りついた。

原作の彼女はもっと控えめだったはずだが……現実の人間は物語通りには動かないものだ。


一度目の人生では、私が婚約者だったから、最初こそマティアス様も困った顔をしていた。

だが、時が経つにつれてそれも薄れ、距離は縮まっていった。


今回は婚約者でも何でもない。だから──そこまで気にする必要はないはず。



誰もいない教室。

静寂の中で、私は机いっぱいに本と魔道具を広げ、ひたすら研究に没頭していた。


ハル先生──ハイルドは、あれから一度も学校に姿を見せていない。

お父様が直接学校長に会いに行っていたから、どのみち私に近づかないよう対処されていたのだろう。


三人目の担任は、お父様の強い希望で女性になった。

けれど──「ここにいても意味がない」と、結局は一人目の担任と同じく放置気味の日々が続く。


「ハル先生がいた時は───」


……ふと、口をつきそうになった言葉に、ぞっとした。

無意識に、母に暴力を振るった男を肯定しそうになっていた自分に気づき、慌てて口を塞ぐ。


その瞬間──


ガラリッ。


重たい扉が、いきなり開かれた。

静寂が破られ、冷たい廊下の空気が一気に流れ込んでくる。

心臓が、一瞬で早鐘を打った。


「あなたがステラさん!?──じゃない、ステラ様!!」


勢いよく扉を押し開け、黒髪をふわりと揺らして入ってきたのは、ドレスアップで宝石のように飾られたリナだった。

予想もしない来客に、私は思わず目を見開く。


「はい……」


「私、滝沢──リナ・タキザワです。聖女らしいんですけど……以前、舞踏会に転移した時にあなたのお父様が助けてくださったって聞きました!本当に、ありがとうございました!」


(ああ……まだお父様に直接会ってないのね。よかった……)


「いえ、私がしたことではありませんので……お父様に伝えておきますわ」


そう答えた瞬間、リナは遠慮という言葉を置き忘れたかのように、すっと距離を詰めてきた。

あまりに近づかれるものだから、私は無意識に半歩後ずさる。


「すごい……綺麗なお顔ですね! 瞳も宝石みたいで羨ましい……鼻も唇も形が完璧で、配置のバランスもいいし、肌もぷるぷる……お化粧水は何を使ってるんですか?」

「ごめんなさい。近隣国から取り寄せているらしいけれど……今は名前まではわからないわ」

「こちらこそすみません……」


まるで取材でも受けているかのような勢いに、私は戸惑いながら答える。

リナは今度は、私の全身を頭からつま先までゆっくりと視線でなぞる。


「それにしても、女性にしては背が高いですし……すごく細いですよね、スペ120くらいありそう……」

「スペ?」

「骨格も優勝してるし、髪色もブルベっぽいから、めちゃくちゃ似合ってます!」

「骨格?ブルベ?」


(……だめだ。さっきから何を言っているのか、まったくわからない。

本当に同じ日本?それとも時代が違うの?私が忘れているだけ?)


私が首をかしげていると、リナはハッとしたように口元を押さえた。


「あ、ごめんなさい……この喋り方はやめなさいって、王宮の先生にいつも怒られているんでした」


「いえ、大丈夫よ。よくわからないけれど……褒めてくれているのよね?」


そう返すと、リナはふっと微笑んだ。


「私、美しいものが好きなんです。キラキラしていて、見ていると欲しくなっちゃって……」


(知ってるわ。マティアス様も、お父様も……彫刻みたいに美しいものね)


「あなたも、とても美しいわ」


これは本心だ。

作画の強い漫画のヒロイン──そう表現したくなるほど、彼女の顔立ちは整っている。日本でいえばトップアイドル級だろう。


リナは一瞬照れたように頬を染め、それからほんの少しだけ、その笑みを曇らせた。


「いえ、生まれ持った美しさを持つステラ様に言われるなんて……恐縮です」


その言葉の直後、背後の空間がふっと揺れ、転移魔法の光が広がった。


(あ……やばい)


「お待たせ、ステラ。帰ろう」


何の前触れもなく現れたお父様が、リナを一瞥することもなく、私へまっすぐ手を差し伸べる。

その所作は無駄がなく、息を呑むほど優雅で美しい。


そして、それを間近で見たリナがぽつりと呟いた。


「……めちゃくちゃ顔整い来た……」

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