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第七話 やりたい事をみつけなさい



後日、お父様はあっさりとアレスを養子として迎える許可を得てきた。


あんなに、皇城の塔に戻るのを嫌がって逃げ出していたアレスだったが──

いざこうしてすんなり許可されてしまうと、きっと複雑な気持ちなのだろう。

ほんの少し、寂しそうな、取り残されたような顔をしていた。


けれど、今日はそんなアレスと一緒に! アルジェラン公爵家にとって、初めての家族全員でのお出かけの日──

……だったはず、だったのに。


「おい!!ディルといる男のガキを連れて来いって言っただろ!!なんで女のガキを連れ去ってくるんだよ!!」


「し、仕方ねぇだろ!!男の方はずっと警戒して公爵から離れねぇんだ!!一人でチョロチョロしてたこの娘を囮にしたほうが早いだろうが!!」


……目の前で、私を袋詰めして連れ去った男たちが、今まさに口論を始めていた。

情けないったらないわ。


ああ、私がいけないのだ。お出かけに浮かれすぎて、お父様とアレスから勝手に離れてしまって……人混みの中をはしゃいで走り回っていたから。

どう考えても自業自得。私にはもっと危機感というものが必要なのだと痛感した。


気づいた時には魔法で眠らされていて、目を覚ませば……ここは、小さな小屋。光も差し込まぬほど薄暗く、ひんやりとした空気に包まれていた。

拘束魔法によって身体はぴくりとも動かない。攫われてから、どれほど時間が経ったのかも分からない。


──でも、不思議と恐怖はなかった。


やり直し前の私の、あの時の“死に方”が、あまりに惨く、冷たく、絶望に満ちていたせいか。

私の中で“死”そのものへの恐れがどこか麻痺してしまっていた。


それに、今は違う。

前はで諦めるしかなかったお父様の愛情を、今の私は知っている。

この命に、たとえ終わりが訪れようとも……一瞬でも、家族の温もりを知ることができた。そう思えるだけで、やり直してきた意味はあったのだ。


(……あーでも、やっぱり。痛いのは嫌だなぁ)


そう思いながら、いつの間にか誘拐犯によって召喚された魔獣の姿を見上げる。


黒い影の狼のような魔獣──ダークウルフ。

全身から瘴気のようなものを撒き散らし、ヨダレを垂らしてこちらを見ている。


──絶対、腹減ってる。うん、間違いない。


囮にならないと踏んだのか、誘拐犯の二人はもうこの場にはいなかった。

魔獣は目を爛々と輝かせ、いまにも私に飛びかかろうとしている。


(お願い……一思いに首でいってください)


私はその首筋を差し出すように、ゆっくりと顔を上に向けた。


──ドゴオオオオン!!


突如、天地を揺るがすような轟音と爆風が小屋を包み込んだ。

まばゆい光に、目がくらむ。何かが粉々に砕け散る音。吹き飛ばされる瓦礫。そして……


気づけば、私の身体の周囲にはドーム型の魔法結界が展開されていた。

それはまるで、天の守りのように私を包み込んでいた。

すでに小屋は原型を留めておらず、魔獣も何もかも、木っ端微塵に吹き飛ばされていた。


差し込む太陽の光が眩しくて、目が痛い。


「お父様……来てくださったんですね」

「来ないわけがないだろ」


お父様の姿が、光の中に現れる。

彼の手が、静かに私の拘束魔法を解きながら、どこか複雑そうな視線を向けてきた。


「お前は子供だろう。ステラ……なぜそんなにも、涼しい顔をしている」

「お父様が助けてくれるのは分かっていましたし、もし死んでしまっても、それはそれで──」


(はっ!? な、なに本音言っちゃってるの!?)


私の口から出たのは、明らかに六歳児の思考ではない。普段からだいぶ六歳児としての演技は怠ってるけど、さすがに今のは……バレる?


お父様はしばらく無言で、ギュッと下唇を噛み締めた。そして、ポツリと呟いた。


「……お前……セレーナか……?」

「はい……?」

「……ゴホンッ、悪い。なんでもない」


──セレーナ。お父様は、確かにそう言った。


それは私の、亡きお母様の名前。

私が生まれた直後に亡くなったお母様。

公爵家では使用人たちの口からすら、彼女の話はほとんど出てこない。不自然なほどに。


もしかして、吹っ切れた今の私の性格が、セレーナお母様に似ているの?

お父様がふと漏らしたその名に、私は戸惑いと疑念を覚えた。


けれど、お父様はそれを言い直すように、急に表情を変えて言った。


「……子供というものは、目を離すとすぐにいなくなって大変なのだな……最初からこうするべきだった」


お父様は私の手を取り、懐から一振りの短剣を取り出した。


「……うっ!!……えっ、お父様?」


ザシュッ。


鋭い痛みとともに、私の右手首が少し深めに切られ、鮮やかな赤が床へと滴り落ちる。

自分の身体から流れる血に目を見開いていると、お父様もまた、自らの手首を無言で切り裂いた。


私の倍以上の血が、まるで命そのものを流すように噴き出していく。


「お父様……な、なにを……?」


お父様は答えず、自分の傷口を私の傷口に重ねた。

お父様の暖かい血が私の傷の上にどんどん流れ、私たちの血は混じり合う。


「我、ディル・アルジェランの名において命ず。

我が最愛の娘、ステラ・アルジェランを守護せよ。

彼女が助けを求めし時、その傍に在るすべての者――人、魔物、魔獣、生けるものすべてを討て。

その意思と声を、我に届けよ──」


呪文の言葉とともに、私の身体が紅に染まるような光を放った。


それは──誓約魔法の光に似たものだったが、それよりもかなり赤く光りを放たれていた、


「お父様……今のは?」


私の問いに、お父様は内ポケットから取り出したハンカチを、手際よく私の手首に巻きつけながら言った。


「俺の魔力でステラを護る……守護魔法みたいなものだ。この傷が癒えたとき、お前の手首に俺の紋章が刻まれる。なにかあれば、そこに願えばいい。

周囲のすべてを“殺す”よう命じておいた」


「え……でも、直接死に至らせる魔法は、本来──」


私たちの世界の魔法は、神の加護によって制限されている。

“人を殺す”魔法は原則として存在しない。魔法によって結果的に死ぬことはあっても、意図して殺す魔法は神の秩序により使えないようになっているはず。


「ふっ、そうだな。だが俺は加護を受けていない。加護なき者だけが扱える、異端の魔法だ。神の縛りはないといっただろ?

戦争でしか役に立たないものだと思っていたが……まさか娘を護るために使えるとはな」

「お父様……ありがとうございます」


お礼を伝えると、お父様は私の目をしっかり見据えた。


「ステラ。お前が“生きること”に執着していないのは、見ていて危うい。

……何か、やりたいことを見つけなさい」

「やりたいこと……?」


その言葉を聞いた瞬間、私の視界がぐにゃりと歪んだ。


あ──倒れる。そう思った時には、もう意識は深い闇の底に沈んでいた。


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