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第五十一話 遭難 ③



(迎えに行くと言った時間から、少し経ってしまったな……)


宮殿に顔を出していた俺は、皇帝陛下との会話が思いのほか長引き、魔法学校まで迎えに行くと約束していた時間に間に合わなかった。


ようやく謁見の場を辞した俺は、陛下の目に入らぬ場所まで歩き、周囲に人気がないことを確認すると、転移魔法を行使した。瞬時に体が薄れていき、俺の身体は教室の床へと降り立つ。


懐かしい──。


高級な魔道具や書物がずらりと並ぶ、魔法研究の名を借りた“労働部屋”。国が使える魔法を生産させるという、まことしやかな理由を付けられた空間。だがその実態は、選ばれし才能ある学生たちに、魔力と時間を差し出させるだけの場だった。


(……ここは、俺が通っていた最後の教室だ)


二年で退学した俺にとっては、この部屋が一番記憶に残っている。


だが──ステラも、アレスも、その姿が見当たらなかった。


(……遅れてしまったし、先に帰ったのか……?)


そう思い、一度家へと転移し直す。


 


「お嬢様は、まだお帰りになっておりません」


そう言ったのは、ステラ付きの魔族の侍女──レッドだった。


不安が胸をかすめた。


ステラが帰っていない?


もう一度、俺は魔法学校へと舞い戻った。


だが、探せども二人の姿は見えない。中庭、図書室、訓練場……校内のあらゆる場所を確認しても、どこにも彼女たちの気配はなかった。


そのとき──背後から鋭く声が飛ぶ。


「アルジェラン公爵……!」


振り向くまでもなく、誰の声か分かった。


「マティアス皇太子殿下。ご無沙汰しております」


皇族には表向き丁寧に接する──それは、いざという時の保険のようなものだ。俺は恭しく一礼した。


「やめてください、公爵。ここは学校だ。それより、何をなさっているのですか?」


「……ステラがいないのです。アレスも」


「ふたりとも? 帰ったのではなく?」


その瞬間、朝のステラの言葉が脳裏を過った。


──「アレスとは、私の部屋から学校に転移しているんです。だから……不便ですわ」

──「座標がズレてしまう可能性もありますし……」


……しまった。


俺は見落としていた。


ステラの部屋に、何者も侵入できぬよう強力な結界をかけたのは、つい先日のことだ。もしアレスが、間違ってそこを転移の座標に指定していたのだとしたら──


弾かれる。


しかも、俺の結界は並の防御術ではない。跳ね返された魔力は、時に制御不能となって、まったく予期しない場所へと吹き飛ばされることがある。


以前、アレスが転移魔法を習得中だった頃、多少のズレなら自力で帰ってきたが──今回ばかりは、その比ではない。


国境を越えていたとしても、おかしくはない。


どうして……どうしてすぐに気がつかなかったんだ。


「殿下、急用を思い出しました。これにて失礼いたします」


「ちょっ、公爵!? 待って──!」


マティアス殿下の制止の声も振り切って、俺は即座に転移魔法を展開し、公爵家へ戻った。


 


「お帰りなさいませ、旦那様。お嬢様と坊っちゃんは見つかりましたでしょうか?」


迎えに出たのは、執事のダミアンだった。どうやら屋敷内でも二人を探していたらしい。使用人たちが慌ただしく動いている気配が、奥からも感じ取れた。


「いや、まだだ。レッドを呼べ」

「かしこまりました」


 

しばらくして、無表情の魔族の侍女が姿を現した。


「お呼びでしょうか、旦那様」


「お前は魔力を辿れると言っていたな。ステラの魔力、追えるか?」


レッドは返答せず、ただ静かに目を伏せた。


ほんのわずかに、眉が寄る。


それだけで、答えは理解できた。すでに彼女は、魔力の痕跡を探っていたのだろう。言葉にせずとも、その誠実な態度と、ステラ中心の生活を送っていたことを知っているからこそ、痛いほど伝わる。


「……力及ばず。申し訳ございません」


「いや、いい。今回は“移動”じゃなく“転移”だ。魔力の残留も薄い」


ステラが俺の刻印──手首の紋章──を使えば、たとえ世界の果てにいたとしても位置は特定できる。だが──


アレスが一緒なら、きっとそれを使うことはない。


あの力は周りの全ての命を奪う様な力だ。

例え身が危険でも、アレスが傍にいればステラは使わない。



胸の奥に、焦燥と後悔が重くのしかかる。


どうか、無事でいてくれ。


ステラ──アレス──。


 


(……必ず、見つけ出す)

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