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第四十七話 帰還後の隠しごと③



「はぁぁぁぁぁああ……」


思わず漏れた溜め息は、自分でも驚くほど情けない声だった。


部屋の扉を閉めた瞬間、背中を押しつけるようにして壁に崩れ落ちる。ぜぇぜぇと、目に見えない圧力から解放された肺が呼吸を取り戻すたび、今の自分がどれだけ無理をしていたのかがよく分かった。


──嘘をつくの、無理すぎる。

心臓、何回止まりかけたよ俺……。


ディルと話していた時間は、ほんの数十分だったはずなのに、感覚としては一日分の精神力を使い果たしたようだった。


(まさかあの人相手に嘘つくことになるとは……)


昔の俺なら、もっと平然とこなせた。口先だけで人を欺くなんて、慣れてたはずだった。でも今は違う。


ディルは、ステラの父親で──そして、俺が心から尊敬する人だ。


信頼出来る、家族。そして恩人だ。

俺にとっては、それがどれだけ貴重か、自分でも分かっている。


だからこそ。隠さなきゃいけない。



◇◇◇



帰還して一週間が過ぎた。


相変わらず、ステラは無邪気に笑って俺に話しかけてくる。その笑顔を見るたびに、苦しくなった。嬉しくて、幸せで、そして怖くなる。


……ディルの目がある。

いつ、あの人が背後から現れて、俺の首をはねにくるか分かったもんじゃない。


「アレス、お父様は表では言わないけど、領地の管理よくできてたって。……すごいね」


ふわりと微笑むステラの顔が、俺の目の前にある。


その顔を、まともに見られなかった。


「……ああ」


そう言って、わざと目をそらす。

視界の端で、ステラの表情が曇ったのが分かった。


「……アレス?」


小さく呼ばれた名前に、喉が痛む。

その声すらも、愛おしいのに。


「……そういえば、ディルは? くっついてないなんて珍しいじゃん。ここ一週間ほぼステラの隣にいたのに」


「……王宮に行った。終戦後だし、内政も外交もごたついてるらしいの。……取り敢えず、一週間のお休みは終了だってよ」


「そっか……」


ちょっと寂しそうな、そんな表情。


俺は、見ないふりをした。

そのまま、見つめていたら顔が緩んでしまうから。

今は、我慢をする時期だ。


義姉弟だった関係から、恋人に変わったんだ。

それだけで今は満足だ。


「俺らも明日からまた学校だな」

「うん。二年生になろうが研究クラスの私たちは、相変わらずだけどね」


たしかに、担任もクラスもやる事さえも、何も変わりばえない。


だけど、俺にとってはそんなことよりも、ステラとすれ違っていく方がよっぽど辛い。


──俺、今すごく間違ってる気がする。


だけど、正解なんて分からない。



◇◇◇



次の日、俺はいつものようにステラの部屋へ向かおうとした。


扉に手をかけた瞬間──。


「……は?」


身体が弾かれた。


バチッと音がして、指先に軽い痺れが走る。


結界だ。

しかも、かなり強い。二重構造……いや、内側はディルの魔力。間違いない。


「ちょっと待てよ……」


今まで自由に出入りできていたステラの部屋に、急に結界?

理由は明白すぎて、思わず苦笑いが漏れた。


(……ディル……マジかよ)


扉を見つめたまま立ち尽くす。


これじゃあ、もう──ステラと、二人きりになることもできない。


扉一枚の距離なのに、ひどく遠く感じた。

まるで、目の前に透明な壁があって、そこから先に進むことを「大人の理屈」で止められた気分だった。


いや、止められたんだ。

ディルという父親の手によって。


「……さすが、この世界最強の魔法レベル保持者。抜かりねぇな」


わざと皮肉を込めて呟いても、虚しさしか残らなかった。


ステラの声が聞こえない。

中にいるのかすら、分からない。


こんなふうに距離を置けば、俺たちは何でもなかったことになってしまうんじゃないかと思った。


そうして──彼女の手を、心を、誰かに奪われるかもしれない。


(それでも……俺は、自分の身を守るために隠し続けるのか?)


あまり、意味がない気がする。

素直に言って、ボコボコにでもされて堂々と説得し続ける方がよっぽど生きやすいのではないか?


ステラと触れ合いたいとか、そんな不純なことは……

最悪、なくてもいい。


ただ、そばにいたい。

俺がこの手で幸せにしたいと思った。


──ステラの未来を、誰にも渡したくない。

それはディルであっても……


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