第四十六話 帰還後の隠しごと②
ステラが……確実に、何かを隠している。
俺の娘は、嘘をつくのが下手だ。
本人は巧妙に誤魔化しているつもりかもしれないが、少し引き攣ったような笑みは、父親の目にはあまりにも分かりやすい。それはもう、微笑ましいくらいに。
だが、その愛らしさに心を許してばかりではいられない。
俺は怒るつもりなんてない。嘘をついたことも、誤魔化されたことも、咎めるつもりは毛頭ない。
自分が父親として、娘にとってどれほど重く、強すぎる存在であるかは分かっているつもりだ。
……そして、理解しているからこそ、その重さを取り除くこともできない。
「嘘をつくな」「誤魔化すな」──そんな言葉で縛ってしまえば、ステラが遠ざかってしまう気がした。
嫌われたくない。それだけだ。
だから、俺は俺なりのやり方で真実を探ることにした。
娘が隠していることを、無理に引き出すのではなく、周囲からじわりと確かめていく。それが、今の俺にできる精一杯だった。
「……ステラと一緒にいたいんじゃねぇのか?」
俺の目の前に立つのは、義理の息子──いや、娘を誰よりもそばで見守っている少年、アレスだ。
彼もまた、確実に何かを隠している。
「お前、嘘が下手だな」
「は!?なんだよ、急に!」
「そんなんじゃ、将来、足元をすくわれるぞ」
「だから、なんの話だっての……」
領地の話をすると言って彼を連れ出したのに、実際のところ領地の話なんて微塵もする気になれない。
俺の頭の中にあるのは、ただ一つ。
──世界一、大切なステラのことだけだった。
「なぁ、ステラは何を隠してる?お前から見て……ステラは……恋をしてるように見えるか?」
「……別に、特別なことは何もねぇよ。ステラの恋愛事情なんて、知らねぇし」
アレスは頑なに俺の目を見ようとしなかった。
その目が泳いでいる時点で、確信は深まる。
「お前がステラを好いているのは、知っている。そのうえで、彼女の恋路が気にならないってのは無理があるだろう?」
「は!?なっ、なんでそれ──」
「カマをかけただけだ」
アレスの目が見開かれ、露骨に顔が強張る。
俺は深く、重たいため息を吐いた。
「ステラに手を出したら……分かっているな?」
「……わかんねぇよ……」
「もちろん、殺す」
その瞬間、自分の表情がぞっとするほど冷たく、狂気じみていたことに気づいた。
だが、感情の制御は利かない。
それほどまでに、俺にとってステラは──すべてだった。
「……はぁ、あのさ。ステラだって人間なんだぜ? ディルだってさ、人様の娘と恋をして、だからステラが生まれたんだろ?」
「……わかっている」
「出産で亡くなった夫人と同じ道を、ステラに辿らせたくないなら……やり方、考えた方がいいんじゃねぇの? このまま押さえつけ続けたら、いつか反動で全部が爆発するぞ」
アレスの目は真剣だった。
かつてのような無邪気さではなく、慎重で、まるで俺と対等に言葉を交わそうとする意志があった。
……こいつも、変わったんだな。
俺が不在だった一年の間に、何かを経て成長したのかもしれない。
「……娘の扱いってのは、世界中のどんな仕事よりも難しいな」
思わず口からこぼれた言葉だった。
俺はこれまで、どれだけの敵を斬り伏せても、どんな任務でも一度たりともミスをしなかった。
けれど──
「家族を守ることだけは、ずっと……ミスばかりだ」
セレーナを、あのガルシア侯爵家という地獄から救い出せなかった。
自分の知識不足のせいで、彼女の体に無理をさせ、命を奪ってしまった。
その罪悪感から、娘を避け、六年間もまともに向き合おうとしなかった。
ようやく向き合い始めた今でさえ、こうして重すぎる愛情で押さえつけて、彼女の自由を奪おうとしている。
全部……全部、間違っていた。
それなのに──どう正せばいいのかも分からない。
「……そんな怖ぇ顔すんなよ」
アレスが気まずそうに視線を逸らしながら呟いた。
「とりあえず、俺が様子見ておくから。ディルがあんまりしつこくすると……ステラ、マジで嫌がると思うぞ……」
「……嫌われるのは、御免だ」
ぽつりと呟いた言葉が、妙に胸に刺さった。
たったそれだけの言葉が、なぜか喉の奥を焼くように熱かった。
心配するな──アレスのその目は、そう語っていた。
だからこそ、俺は黙っているしかなかった。
それでも、胸の奥にうずくまるこの不安と焦燥は、簡単には消えてくれそうにない。
それほどまでに、娘という存在は──愛しくすぎて、怖いものだった。




