第三十八話 私の名前を呼んだのは
(少しだけ体が重くなってきた……)
アレスに「もう帰ろう」と言われたのを、私は首を振って断った。
せっかくの魔法対決祭。
自分の体調不良なんて一切感じなかったし、ただアレスを意識して体が熱いのだとばかり思っていたから。
さっきまでは確かに元気だったはずなのに、今は体の芯からじわじわと熱が上がってきているのがわかる。
アレスの言った通りだった。
彼は私よりも私の体調を正確に見抜いていた。
「大丈夫か? やっぱり帰って休んだ方が……」
心配そうな声がして顔を上げると、隣の席にいたマティアス様がこちらを覗き込んでいた。
その眉間にはほんの少し皺が寄っていて、気遣いの色がにじんでいる。
「大丈夫です!! 今日は楽しんで、明日はゆっくり休みますので」
無理やり笑顔を作って、明るく返した。
心配させたくない一心で、いつものようににっこりと。
そのとき、上空に浮かぶ魔法のスクリーンが音を立てて切り替わり、次の競技と出場者の名前が映し出された。
「……そろそろ私の番みたいなので、行ってきますね」
マティアス様には深く頭を下げて、私は小走りに席を離れた。
心配される前に、とにかく戦闘場に向かいたかった。
魔造対決の会場へ続く回廊に入り、ひと気のない場所で立ち止まって、胸の前でそっと手を重ねる。
(大丈夫、きっと大丈夫……)
今日の対戦相手のレベルは43。数値上では私よりも下。
それに魔造の技術なら自信がある。毎日、お父様に送る手紙に添えて魔造の小鳥を生み出してきた――その経験が、きっと私の武器になる。
団体戦だからこそ、みんなの力になれるように勝ちたい。
(落ち着いて、いつも通りにやれば……きっと勝てる)
ゆっくりと大きく深呼吸してから、会場の入口をくぐった。
対戦相手と二人きりの場内の空気がぴんと張りつめる。
そして、魔法の拡声音声が響き渡った。
『これより、魔造対決をはじめます。出場者は、造形魔法を用いて生み出した魔力動物同士を戦わせ、勝敗を決します。闘いが始まってからの主人による指示は禁止とします』
(さあ……集中して)
『まずは、魔造を開始してください』
指示が下ると同時に、私は目を閉じ、ありったけの魔力を両手に込めた。
そして──地面に魔法陣を描くように手を動かした。
ゴゴゴッ……!という地鳴りとともに、場内の土がせり上がり、やがて人の背丈をゆうに越える大きな「岩の熊」が姿を現した。ごつごつとした身体に、鋭い鉱石の牙。重たい足取りで、私の前に立ちはだかるように構える。
相手もまた、両手を広げて魔力を放ち、燃えさかる赤い魔力を具現化させていた。
出現したのは、大きな「炎の獅子」。
身体全体が燃え上がっているような威圧感を放ち、熱気がこちらまで届く。
(──いける。私は、私の魔造を信じる)
闘いの火蓋は、まもなく切って落とされる。
『──魔造対決、開始ッ!』
合図と同時に、両者の魔造動物が激しく地を蹴った。
「グランベア、あの獅子をやつけて」
私の声に反応するように、岩の熊──グランベアが重たい足取りで前進する。
地響きが響き、土煙が舞い上がる。両腕のように突き出た石の塊が、ごうん、と大地を叩くたびに観客がどよめいた。
対する炎の獅子は、軽やかで素早い動きでグランベアの間合いに入る。
爛々と燃えるたてがみが赤く揺れ、鋭い牙が閃いた。
(避けて──!)
私の叫びが届いたかのように、グランベアはぎりぎりで首を反らして炎の牙をかわす。
その勢いのまま、ぶ厚い前足を振り下ろした。
ズドォン!!
爆音が鳴り、獅子の肩に岩の拳が直撃。
火花が散り、少しだけ炎の輪郭が崩れた。
(よし、当たった……でも──)
しかし炎の獅子は怯まず、次の瞬間にはその傷口からさらに勢いを増した火炎を放出した。
グランベアの胸元にまともに直撃し、岩の表面がひび割れる。
(まだよ、踏みとどまって!)
グランベアはぐらつきながらも、前脚を踏ん張った。
その巨体が、地面に爪を突き刺し、ゆっくりと立て直される。
(……思ったより相手の魔力制御が上手い。油断はできない)
熱気が増す。体温も上がっている気がした。
だけどここで倒れるわけにはいかない。
(もう一度……)
グランベアが、唸るように前進し、炎の獅子を両前脚で挟み込むように動いた。
しかし──
「そこだ」
対戦相手の生徒が呟いた声が聞こえた。
炎の獅子の口から突如火球が三発、グランベアの顔面に放たれた。
直撃。
ごうっ!という音とともに、岩の顔が部分的に砕け、グランベアの片目が吹き飛んだ。
「……っ!」
「終わりだな!」とでもいいたげに相手の生徒の口が緩む。
しかし──
「まだ、終わってない。頑張れグランベア」
そう声をかけると、砕けた岩の顔が再構築され、残った片目が再び青く光る。
その瞬間、グランベアが咆哮を上げ──
ドォン!!!
体ごと突進した。真正面から、炎の獅子に。
真正面からぶつかった岩の体に、炎がまともに飲み込まれていく。
「あっ……!!」
対戦相手の声と同時に、激しい衝撃音。
岩と炎が衝突し、爆風が巻き起こった。
しばらくして、煙が晴れる。
中央に、ボロボロになりながらも立っていたのは──私のグランベアだった。
『──勝者、ステラ・アルジェラン!!』
「勝った……よかった……」
それでも私は、安堵の息を吐いた直後、ふらりと体の力が抜けて膝をついた。
(……勝った、でも……ちょっと……体が……)
視界が、にじむ。
「ステラ……!!」
──その瞬間、駆け寄ってきたのは……。