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第三十七話 友達と意識



「あのっ!! アルジェラン公爵令嬢!!」


 アレスとマティアス様の魔法対決の中継が始まるのを待っている時、少し離れた場所から、一人の女子生徒が勢いよく私に声をかけてきた。


(制服の色が赤……ってことは、平民クラスの子ね)


 まるで決心を固めたかのように、真っ直ぐにこちらを見てくるその瞳。今まで一度も話したことがないのに、明らかに緊張している様子だった。おそらく「公爵令嬢」に話しかけるということが、彼女にとってどれほどの勇気だったか、すぐに伝わってきた。


「どうかされましたか?」


 威圧感を与えないよう、できるだけ柔らかく微笑みながら応じた。


「わ、わたし……アルジェラン公爵令嬢の……その……ファ、ファンです!!」


 はきはきとした声だった。震えているのに、それでも真剣で、本気で。


(……今、ファンって言った? 私の?)


「……ファン、ですか?」


 思わず聞き返すと、彼女は大きく頷いてから、まるで堰を切ったように話し始めた。


「はいっ!! アルジェラン公爵家のご姉弟は、平民クラスの憧れなんです!」


 そこからの彼女は饒舌だった。まるで頭の中にずっと溜めていた気持ちを一気に吐き出すように、嬉しそうに──そして、誇らしげに語ってくれた。


「公爵家という、最高位の貴族に生まれながら、傲慢な態度を一切取らず……それどころか、ご姉弟揃っての美貌と、国家高技術魔法使いレベルの才能……!」


「私たち平民クラスとは校舎も違いますが、共用の校門や庭園で見かけても、いつも優しくて……まったく嫌な顔ひとつなさらないんです!!」


 どこか夢見るように目を細めて、彼女は語り続ける。


「私は一度、庭園でアルジェラン公爵令嬢にハンカチを拾っていただいたことがあって……その時、わたしの刺繍を見て、“自分で刺繍したの? とても素敵だわ”って……それはそれは美しい笑顔を向けてくださって……っ」


 顔を少し赤らめながら、心の底から感動したように言う。


「その日から、わたし……アルジェラン公爵令嬢にずっと憧れていました! あの時は、本当にありがとうございました!」


(な、なんだか……普通にしていただけなのに、こんなふうに思ってもらえていたなんて……。他の貴族はどれほど傲慢な態度をとっているのかしら)


 私としては、ただ当然のことをしているだけなのに。それでも、こんなふうに真っ直ぐに言葉を向けてくれるなんて──


 なにより、勇気を出して話しかけてくれたこの子のまっすぐな想いが、胸にじんわりと響いた。


「……ありがとう。そんなふうに言ってもらえて、すごく嬉しいわ」


 私はそっと微笑んで、少しだけ身をかがめるようにして尋ねる。


「それで……お名前を聞いてもいいかしら?」


「はいっ!! 二年のマリー・ロウリです!」


「あら、先輩じゃないですか」


 思わず、少し微笑むと、彼女は慌てて首を振った。


「せ、先輩だなんて……! たった一つ歳を重ねているだけで、すべてにおいてステ──いえ、アルジェラン公爵令嬢の方が上です!」


「……では、もし良かったら“ステラ”と呼んでいただけませんか? 私も“マリー”ってお呼びしたいです。それに、もっと気楽にお話しできたら嬉しいな」


「そ、それは……恐れ多いです……っ」


 さっきまで堂々と語っていたのに、急にしゅんとしてしまった彼女。まるで猫のように目を伏せて、そわそわと落ち着かなくなってしまっている。


(ああ、もう……この子かわいい)


「ねぇ、マリー。お願い。私、あなたとお友達になりたいの」


 少しだけ甘えるように、父様におねだりする時の“必殺”上目遣いでそう言うと──


「……ず、ずるいです。ス、ステラ様……わたしも、本当は……お友達になりたいです……っ」


 彼女は小さな声でそう答えた。その様子がさらに私を笑顔にさせた。


「うん! これからよろしくね、マリー」


「はい!! こちらこそ、よろしくお願いします!」


 笑顔で言い合ったその瞬間、心がふっとあたたかくなった。


「ねえ、よかったらこのまま、マティアス様とアレスの中継……一緒に観ない?」


 私がそう提案すると、マリーはぱあっと顔を明るくして、力強く頷いた。


「ぜひっ!」


 私はそっと彼女の腕を取り、自然な流れで組むようにして歩き出す。中継が映し出される魔法のスクリーンの前へと、マリーと並んで向かっていった。



◇◇◇



「殿下、負けてしまわれましたね……でも、お二人ともとってもかっこよかったです!!」


「そうね、ヒヤヒヤしたけれど、すごく見応えがあったわ」


(アレスが本気になって怒りでもしたらどうしよう……って少し心配だったけど、杞憂だったわね。お父様と特訓していた時の十分の一程度の力しか出していなかった)


私は胸を撫で下ろした。


魔法学校の制服は、特殊な加工が施されていて、ある程度の魔法をはじく防御効果がある。

けれど、それはあくまで「ある程度」だ。


アレスのように、常識を超えた力を持つ者が全力を振るえば、制服が無事で済むとは限らない。

防げなければ、最悪の場合、大怪我すらあり得る。


……それでも、マティアス様の剣術は本当に見事だった。

無駄がなく、鋭く、美しくて、訓練と経験を積み重ねた人だけが持つ“強さ”があった。

もし魔法レベルがアレスと同等だったなら、勝っていたのはマティアス様の方だったかもしれない。


(まあ、なにより──やっぱり、可愛い義弟のアレスが勝ってくれると嬉しい)


(……義弟……)


その単語に引っかかり、ふと頭の中に数日前の出来事がよみがえってくる。


──あの夜。アレスの真っ直ぐな声。


「七歳のときにも言ったけど、俺は──今でもお前と俺が結婚するのが一番だと思ってる。……いや、“したい”と思ってる」


「恋愛結婚がしたいなら、俺とすればいいと思う。だから──これからは、俺を男として見てくれ」


……その言葉を思い出した瞬間、心臓が跳ね、じんわりと顔が熱を帯びていく。


だめ。

ちゃんと向き合わなきゃ。

アレスを“弟”じゃなく、“男の子”として見なくてはいけないんだから。


「ステラ様? 大丈夫ですか?? なんだか顔が赤いような……」


「ん? あ、ううん、大丈夫、大丈夫!!」


マリーの心配そうな声に、私は慌てて手で顔を仰いだ。ごまかすように笑う。


「そろそろ戻ろうか。マリーは、どの競技に出るの?」


「私は魔法球技です!! ステラ様は?」


「私は魔造対決に出るのよ」


「へぇ〜魔造……! ステラ様なら、きっとすっごいものができちゃいそうですね!」


マリーが目を輝かせて笑いかけてくれた、その時だった。


「ステラー!!」


明るい声が響き、そちらを振り返ると──


マティアス様が、少し不機嫌そうなアレスの腕をがっちりと引きながら、こちらへ歩いてきていた。

マティアス様は片手を大きく振って笑っていて、それはまるで憑き物が落ちたような、すっきりとした顔をしていた。


(一体、何があったの!? アレス、めちゃくちゃ嫌がってるのに……でも、逃げてはいない……)


「いやぁ、負けてしまったよ」


マティアス様は、そう言いながらも全然悔しそうじゃなかった。

むしろ、さっぱりとした笑顔で、勝負を心から楽しんだような顔だった。


「マティアス様、アレス、お疲れ様でした。本当にかっこよかったです」


「ありがとう、ステラ。こちらは……マリー・ロウリさん、だね」


「ま、マティアス殿下!! こ、こんにちは!!」


マリーが緊張した面持ちで深く頭を下げた。


「マリーと友達になりましたの。私のこと、前から慕ってくれていたそうで」


「そうか、それは良かったな」


にこりと笑うマティアス様。その横でアレスは黙ったまま、じっとこちらを見ていた。


そして──私の前に歩み寄ると、突然、私の手を取った。


「え、なに……?」


戸惑う私に、アレスは低い声で言った。


「ステラ、お前また熱があるだろ」


「え? 気のせいだと思うけど……?」


顔が赤いのはアレスのことを考えていたせいであって、別に体調が悪いわけじゃない。


「いや、ある。……今日はもう帰ろう。ひどくなる前に休んだ方がいい」


そう言うや否や、アレスは私の手を引いて、ずんずんと歩き出してしまう。


「ちょ、まって!! アレス、本当にどこも悪くないし! せっかく友達もできて、競技も楽しみにしてたの。お願い、今日は……許して!」


アレスの足がぴたりと止まった。

でも、私の手はまだ、しっかりと握ったまま。


「……顔が赤い。俺も傍についててやれないし、心配なんだ」


その声は驚くほど静かで、優しくて、私の胸にじんと染みこんだ。


私はほんの少し唇を噛んで、それでもしっかりと目を見て言った。


「ごめんね。でも今日は、頑張ってみたいの」


すこし、冷たい空気が流れた。


「……わかった。でも、絶対に無理はするな」


アレスは、少しだけ目を伏せてから、私の手をそっと離した。


その手のひらに残った温もりが、しばらく消えそうになかった。

胸の奥が、じんわりと温かくなっていく。



(アレスの手……いつの間に、こんなに大きくて、頼もしくなったんだろう)


アレスの真剣な心配をよそに、私の胸はドクン、と大きく脈を打っていた。


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