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第十話 たすけて



少し前のこと──

一つの恋愛小説と出会った。


完璧な公爵令嬢が好きになったのは、没落寸前の子爵家の次男。

身分差や家同士の確執、未来の保証のなさ。それらすべてを跳ね除けて、彼女は愛を選んだ。


反対を押し切って突き進む大恋愛。

久しぶりに、胸が高鳴った。


そして、私は思った。


(……私も、こんな恋がしてみたい)


それがきっと、やりたいことだと思った。


(もう、それくらいしか思い浮かばない……)


「よし、恋愛しよう!原作に出てこないモブキャラと!!」


原作の流れに逆らって、大恋愛してみせる。

そうすれば、リナのお遊戯みたいな婚約劇に巻き込まれずに済むし、

なにより、ちゃんと“自分の意志”で歩んだ道にできる。


「真面目に、大恋愛するわよ……! そしたらきっと、この人を残して死ねない~ってなるはず!!」


そんなふうに未来を想像するだけ、少しだけ生きたいという意思が強まった気がした。


◇◇◇


「わぁぁあ!!夜の皇都って、こんなに綺麗なのね……!」


夜風を切って、ガーロの背に乗って飛ぶ空中散歩。

暗く深い空に、まるで星のように煌めく皇都の灯り。

魔法の結界に守られた街並みが、まるで宝石のように輝いていた。


「なぁ、俺も久々に見たなぁ……。塔にいたときは嫌ってほど見てたけど、やっぱりたまに見ると感動するな」


アレスが風に髪を揺らしながら、穏やかに笑った。


そのまま、皇都でも高い建物の屋根の上にガーロが着地すると、私たちはその上に腰を下ろした。


「……ステラは、なんでディルと喧嘩したんだ?」


ふとアレスが問いかけてきた。


夜風が頬を撫でる中、私は空を見上げたまま静かに答えた。


「……お父様がね、私を一生嫁に行かせないって言いだしたの。“お母様みたいにさせない”って」

「ステラの母さんって……」

「うん。私を産んだときに死んじゃったの」


少しだけ、喉が詰まった。

だけど、アレスには嘘はつきたくなかったから、ちゃんと伝えた。


「……じゃあ、俺と同じだな」


アレスはそう言って、少し無理に笑ってみせた。


母親のことを、私もアレスもほとんど知らない。

ただ、彼にとってもぽっかりと空いた空白のような存在なのだと、わかる気がした。


「……ステラは、結婚したいの?」

「うーん……まだわかんない。でも、お父様に“やりたいことを見つけろ”って言われて……いろいろ考えてたら、恋愛がしてみたいなって思ったの。ちゃんと、自分の意志で誰かを好きになってみたい」


そう呟いた私に、アレスは何かを決意したような表情で真っすぐこちらを向いた。


「……ディルは嫁に行って欲しくないんだろ?」

「うん……。私が離れるのが怖いんだって」

「じゃあさ!!」


アレスが急に身を乗り出して言った。


「俺と恋愛して、結婚すれば?」

「──えっ?」

「そしたら、ずっと公爵家に居られるじゃんか!」


彼はまっすぐに笑っていた。


冗談っぽいけど、どこか本気の響きを帯びたその提案に、私は言葉を失ってしまった。


「……ば、ばか。そんな簡単に言わないでよ……」

「簡単じゃないよ?でも、俺だったらステラがどこにいても守れるし、笑わせられるし……!それに、ずっとそばにいて欲しいって思ってる」

「…………」


胸の奥が、きゅっと鳴った。


夜風の音がやけに遠くに感じて、アレスの言葉だけが近く響いていた。


「でも……本気で恋愛するって、そうやって始めるものじゃないわ」

「じゃあ、頑張る。俺、ステラに好きになってもらえるように」


そう言って照れ笑いを浮かべるアレスを、私はしばらく見つめてしまった。


「考えておく……」


そういうと同時に顔を逸らした。

アレスの優しさが身に染みたけれど、彼の人生を私の事情に巻き込んで決めてしまうのは酷だと感じた。



せっかく、塔から出られて自由になったんだ。

アレスにはもっと広い世界を知って、他に好きな女性を見つけて……そして、ちゃんと幸せになってほしい。


そんなことをぼんやり考えながら、私は煌びやかに光る皇都を見下ろしていた。まるで宝石箱のように瞬く灯りが、夢の世界のようだった。


「……あれ。ねえ、アレス、あそこ人……倒れてない?」

「え?どこ?」

「ほら、あそこの通路の奥」


私が指さした先――少し暗がりになっている石畳の道の上に、ひとりの女性がぐったりと倒れていた。


「気を失ってるなら、助けないと!」

「いや……やめよう。なんか嫌な予感がする。それに、ディルに内緒で来たんだ。地上に降りるのは危険だよ」

「……じゃあ、私だけでも行ってくる!」

「ちょっ、ステラ!!」


アレスの声が背中に飛んできたけれど、もう遅かった。私は浮遊魔法で建物から地上へと降りる。結局アレスもすぐ後を追ってきた。


「大丈夫ですか!?」


倒れていたのは、黒髪の若い女性だった。近づいてみると、腰に矢が刺さっており、布を濡らして広がる血に私は息を呑んだ。


(血が……たくさん……このままじゃ、この人、死んじゃう)


私が咄嗟に治癒魔法の詠唱を思い出そうとした、その時だった。


「うわぁっ……!!」


振り返ると、アレスが小太りの男に押さえつけられていた。


「やーっと、チャンスができたぜ……!あのディルとかいう化け物のせいでみんな返り討ちだったからなぁ。俺ァラッキーだぜ!」

「アレス!!」


男の手には短剣が握られており、それがアレスの首に押し当てられていた。


(どうして……アレスが魔法を使わないの……!?)


そう思った瞬間、私は気づいた。アレスの手首に触れるように、魔道具がはめられていた。魔力封印具――。


「元皇子が魔法使えるって事前に知らされてたからなぁ。せいぜい大人しくしててもらおうか、むふふふ」


じわり、と短剣が肌を裂く。アレスの首から、赤い雫が垂れた。


(このままじゃ、アレスもこの女性も死んじゃう……!)


私は、震える手を男に向けて構えた。


「ダメだ!!ステラ!!なにもするな逃げろ!!」

「なんだぁ?嬢ちゃんも魔法使いか?へっ、可愛い顔してやる気だなぁ、むふふ」


私は一瞬、掌を見た。

そこには、お父様との契約で刻まれた魔法陣がかすかに光っている。


(お父様が言ってた……この契約魔法は、周囲の生き物を“全て”殺す可能性があるって……)


(ダメだ……!今ここで使えば、アレスも、この人も――)


魔力が暴れ出すのを必死で押さえながら、それでも私は魔力を集中させようとした。


「ダメだ!!ステラ!!魔法を使うな!!!」


その瞬間――


ボトッ


「え……?」


何かが地面に落ちた音。目を向けると、そこには……。


アレスの左腕が、転がっていた。


「ゔっ……ぐぁぁあ……っ!!」


彼の叫びが、夜の空気を裂いた。


焦った男がアレスから手を離す。その隙を、私は逃さなかった。


「──アレス離れて!!」


掌から放たれた光線が一直線に走り、男の胸を穿つ。

彼は一瞬で吹き飛び、その場に倒れた。もう、動かない。


私はすぐにアレスに駆け寄った。


「アレス……!!ごめっ……ぅぅ、ごめんなさい……っ、私が……っ」

「いや……俺が、しくっただけ……ゔっ……」


血が、止まらない。私は泣きながらアレスの身体を必死に支えた。


「助けて……誰か……っ、お願い……」


その時だった。


「助けてやろうか」


背後から、静かな声が響いた。


振り向くと、そこには黒い外套を着た若い男が立っていた。暗闇の中、整った顔立ちだけが不自然なほどはっきり見えた。


今は――誰でもいい。

アレスを助けてくれるなら、たとえそれが悪魔でも構わなかった。


「……助けてください……!!」


涙で顔がぐちゃぐちゃになりながらも、私は懇願した。


「わかった。いますぐアルジェラン公爵家に連れて帰る」

「ありがとうございます!!」

「この女は、どうする?」


男が親指で示したのは、矢を刺されたまま気を失っている女性。


「……連れて帰りたいです」

「わかった」


男が言葉を紡いだ瞬間、足元に巨大な魔法陣が展開される。

淡く、しかし確かな力を持つ光が私たちを包み――次の瞬間。


そこは、公爵家の執務室だった。


机に座っていたお父様が、顔を上げる。


私は、もう抑えきれなかった。


「おどうさまぁぁぁ!!たずげて……っ!!アレスが、アレスがぁっ!!」


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