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影狼の契り 〜月夜に交わす誓い〜

王都ヴァルディアでは、間もなく開催される剣技大会に向け、熱気が高まっていた。第三王子アレクサンドルとアシュレイは、鍛錬の一環として、ルシアの提案により、神秘の森へと足を踏み入れることとなる。しかし、ルシアの真の目的は、アレクサンドルの内に秘められた力を見極めることであった。未知なる森の中で、彼らを待ち受ける新たな出会いと、運命を共にする仲間。それは、彼らの未来を大きく変える始まりでもあった。


王都を抜け出し、森へと続く道を進むにつれて、空気が徐々に変わっていった。


 馬の(ひづめ)が大地を踏みしめるたび、地面に染み込んだ魔力がわずかに波紋を広げるような感覚が伝わる。


 風はただ吹くのではなく、森の秘密を(ささや)くように木々を揺らし、その言葉にならない声が耳の奥に響く。


 どこか遠く、鳥の鳴き声がした。だが、それは単なる鳴き声ではない。

 警告なのか、歓迎なのかすら判別できない、不思議な響きを帯びていた。


 ——まるで、何かがこちらの存在を見定めているような。


 アレクサンドルは、無意識に手を剣の柄に伸ばしながら、唇をきゅっと結んだ。

 まるで、未知の力の前で(おび)えを悟られまいとする子供のように。


 隣を並走するアシュレイも、目を細めながら耳を澄ませている。


 「……やはり、この森は、ただの森ではないな。」


 そうつぶやいたのは、後方で馬を進めるルシアだった。


 彼女の黄金の瞳は、遠く過去を見つめるようで、その横顔には微かな緊張がにじんでいた。


 「神秘の森は生きている。意志を持ち、選ばれし者のみを迎え入れる。」


 その言葉とともに、アレクサンドルの脳裏に、ある人物の言葉が(よみがえ)る。


 王室図書館の学者、エドワード・ファーヴェル——知識の海を渡る者。


 彼が、旅立つ前に告げた言葉。


 「その森では、木々が囁き、霧が歩む者の行く手を(はば)む。

  精霊と魔物が同じ空間に息づき、強き意志を持つ者だけが生き残ることを許される——。」


 それは、伝承か、それとも警告か。


 王家の文献にも、神秘の森についてはわずかに記されていた。

 だが、それはただの言い伝えか、あるいは真実か——確かめた者はいない。


 この森の奥には、まだ誰も知らぬ秘密が眠っている。


 そして今、アレクサンドルたちはその未知なる領域へと足を踏み入れようとしていた。


 森の入り口に差し掛かった瞬間、世界の色が変わった。


 空気が沈黙し、霧が足元をはうように広がる。


 昼間にも関わらず、森の奥は影に包まれ、まるで陽の光さえも拒むかのようだった。


 湿った土の感触が靴の裏に絡みつき、冷たい風が頬を撫でる。

 それは、ただの自然の冷たさではなかった。


 まるで何かが、彼らを試すように——。


 見上げれば、巨大な樹々が空を覆い、その枝葉はまるで絡み合う指のように形を変えていた。

 樹々が、意思を持っているように見える。


 葉の隙間から漏れる淡い光は、まるで精霊の灯火のようだった。


 その光は(はかな)く揺らめき、闇へと溶け込んでいく。


 「……息をするだけで、体の中に魔力が流れ込んでくる感じがする。」


 アシュレイが小さな声でつぶやいた。


 その言葉通り、アレクサンドルの体にも何か見えない力が満ちていく感覚があった。


 冷たいはずの風が、肌を刺すのではなく、どこか温かく、重い。

 まるで、この森の息吹そのものが、彼の中に流れ込んでくるようだった。


 この森には確かに、"異質な力"が宿っている。


 そして、それは歓迎の印ではない。


「ここに入った瞬間から、俺たちは試されている……」


 アレクサンドルは剣の柄を握り直し、森の奥へと歩みを進めた。


 一歩、一歩、足を踏み入れるごとに、森の奥深くへと引き込まれていく感覚が彼を包む。


 葉が擦れ合う音が静寂の中に響き、まるで森自体が囁いているかのようだった。


 どこか遠くで小川のせせらぎが聞こえるが、それが本当に水の流れなのか、それとも何か別の存在の気配なのかは分からない。


 「止まれ」


 ルシアの低い声が響く。


 その瞬間——


 ザザッ——


 どこからか、乾いた葉を踏む音がした。


 音の主は見えない。だが、確かに"何か"がこちらをうかがっている。


 アレクサンドルは息を潜め、周囲を見渡した。


 「……気のせい、じゃないな。」


 アシュレイが弓を握りしめながら小声で言う。彼の耳は、微かに動く影を捉えていた。


 ——ガサッ。


 再び、別の場所で葉が揺れる音。


 「囲まれているな。」


 ルシアが静かに言う。その声音には動揺はなく、むしろ微笑すら浮かべていた。


 「どうやら、歓迎されているみたいね。」


 その言葉の直後——


 突如、森の奥から響いた遠吠えが、静寂を切り裂いた。


 それは、夜の支配者たちの咆哮(ほうこう)


 人狼族の存在を知らせる狼煙だった。


 その遠吠えは、ただの警戒ではない。

 まるで、大地そのものが応じるかのように、森の奥から幾つもの影が(うごめ)き始める。


 アレクサンドルは鋭く視線を向け、剣の柄に手をかけた。


 「……来るぞ」


 静寂の中、彼の声が淡く響く。


 次の瞬間——


 風を裂くように、獣の気配が迫る。


 その足音は、疾風のように軽く、それでいて確かな重みを持っていた。

 低いうなり声が木々の間をはい、黄金の瞳が闇の中で煌めく。


 アレクサンドルが剣を抜こうとした瞬間——


 「剣を使うな!」


 鋭い声が、その場の空気を切り裂いた。


 アシュレイの叫びに、アレクサンドルは思わず動きを止めた。


 「……何?」


 アシュレイは弓を軽く構えながら、周囲に視線を走らせる。


 彼の目は、既にすべてを見抜いていた。


 「……七体だ。」


 静かな声が告げる。


 「円を描くように囲んでいる。まだ攻撃の意思はない……おそらく、これは試されている。」


 アレクサンドルは意味深な顔をした。


 「試されている……?」


 「この森は、侵入者を決して無造作には迎え入れない。」


 アシュレイは少し呼吸を整え、話を続けた。


 「剣を抜けば、それは"敵意"と見なされる。……だが、今のところ、奴らは"見極めようとしている"。」


 木々の間に光るいくつもの瞳——それらが、まるで意思を持つように彼らを値踏みしている。


 敵か、試練の挑戦者か。


 それを決めるのは、これからの立ち振る舞い次第だった。


 「ここでは、力で示すことがすべてじゃない。下手に剣を抜けば、無益な戦いになる。」


 アシュレイは弓を下げ、わずかに肩の力を抜いた。


 「この試練を乗り越えた者だけが、"森の意志"に触れることができるんだ。」


 その言葉に、アレクサンドルは静かに息を整えた。


 ——これは、ただの戦いではない。


 森の守護者である人狼たちが、何を見極めようとしているのか。


 そして、自分はその"答え"を導き出せるのか——。


 風が止んだ。


 黄金の瞳が揺らぐ。


 次の瞬間、暗闇の中から、白銀の毛並みを持つ影が一歩前へと進み出た。


 その男こそ——人狼族の戦士、ゼファル・ルガードだった。


 彼らは人の姿を持ちつつも、狼の耳と尾を持ち、瞳は夜の闇に光る鋭い金色の輝きを放っている。


 一歩、一歩、確実に距離を詰めてくる彼らの動きには、迷いがなかった。彼らは獲物を追うような獰猛(どうもう)な気配を発しているが、同時にどこか誇り高い威厳も感じられた。


 「……守護者、か」


 アレクサンドルの脳裏に、王室図書館で見た記述が蘇る。


 「神秘の森の奥には、太古より精霊たちが()む。

精霊たちはこの世界の均衡を司り、世界が崩れる時、森の深奥に刻まれた叡智(えいち)が目覚める。

しかし、それを外の世界が知ることはない。なぜなら、"守護者"がこの森をまもっているからだ」


 「人狼族……まさか、あいつらが"守護者"だというのか?」


ゼファル・ルガードが、アレクサンドルを鋭く見つめながら尋ねた。


「お前たち……何者だ?」


 低く響く声が、まるで森の木々と共鳴するかのように振動する。


 アレクサンドルは、一歩前へと踏み出し、まっすぐにゼファルを見つめた。


 「王国の第三王子、アレクサンドル・ヴァルディアだ」


 名乗った瞬間、周囲の人狼たちが(わず)かに動きを見せる。


 「王族……か」


 ゼファルは目を細めた。その視線には、測りかねる何かがあった。


 次の瞬間——アレクサンドルは剣を抜こうとした。


 だが——


 「やめろ、アレクサンドル!」


 アシュレイがすぐ制止した。


 彼の表情は、ただの警戒ではなかった。その瞳には、"(おそ)れ"すら滲んでいる。


 「ここでは、剣は必要ない……!」


 アシュレイの言葉に、アレクサンドルは一瞬、動きを止めた。


 「……どういう意味だ?」


 「お前はまだ何も分かっていない。人狼族は、ただの戦士じゃない。この森の本質を知る者たちだ」


 アシュレイは静かに周囲を見渡しながら、さらに続ける。


 「この神秘の森は、ただの森じゃない。これは、この世界の"核"だ」


 「核……?」


 「……神秘の森は、大精霊の森を守るために存在している。この森こそが、精霊たちの住処であり、"世界を繋ぐ場所"なんだ」


 アレクサンドルの中に、今までの価値観が崩れる感覚が広がった。


 王国の記録では、この森はただの未知の領域にすぎなかった。だが、それは違った。


 これは、この世界の均衡を維持する場所——世界の崩壊を防ぐ最後の(とりで)なのだ。


 「……この世界は、すでに危機に(ひん)している」


 アシュレイの言葉が、森の静寂に溶け込むように響いた。


 「この森の精霊たちは、滅びし未来を見た。もしこの森が失われれば、世界は本当に滅ぶ」


 アレクサンドルは、思わず息をのんだ。


 「そんなことが……あり得るのか?」


 「あり得るとも。人間は知らないだろうが、森は知っている。世界の終焉(しゅうえん)を」


 ゼファルが、低い声で告げる。


 「我ら人狼族は、その滅びを防ぐためにここにいる。大精霊と共に、この森を守るためにな」


 その言葉には、揺るぎない信念が宿っていた。


 「……お前は、この森を守る者なのか?」


 「そうだ。お前たちのような人間が簡単に踏み入れていい場所ではない」


 ゼファルは鋭く(にら)む。


 「王族がこの森に来る理由は何だ?」


 その問いに、アレクサンドルは静かに答えた。


 「俺は……この世界を守る力が欲しい。そのために、この森の真実を知りたかった」


 しばしの沈黙。


 やがて、ゼファルはゆっくりとうなずいた。


 「ならば、お前がその資格を持つかどうか——試させてもらう」


 彼の言葉と同時に、周囲の人狼たちがさらにアレクサンドルたちを囲む。


 「我らの掟に従え。試練を乗り越えた者のみが、この森の秘密に触れることを許される」


 アレクサンドルは、静かに息を整えた。


 「……いいだろう。その試練、受けてやる」


 その瞬間——森の奥から、一層濃い魔力が広がった。


 試練の幕が、今、開かれる。


空気が変わった。


 人狼たちに囲まれたまま、アレクサンドルはわずかに剣を握る手に力を込めた。試練を受けるとは言え、それがどんなものなのかはまだ分からない。


 「試練とは、一体……?」


 そう問いかけると、ゼファルはしっかりとした声で答えた。


 「この森の本質を知ること。それができぬ者に、この地の守護を語る資格はない。」


 彼の言葉が静かに響くと、人狼たちは道を開いた。その先には、まるで霧に包まれたような神秘的な空間が広がっていた。


 「ルーナの湖へ向かえ。」


 ゼファルが指し示した先にある湖——それこそが試練の舞台なのだ。


月に照らされる湖畔

 アレクサンドルとアシュレイ、そして数人の人狼たちがルーナの湖へと向かう。

道すがら、周囲には精霊の囁きが満ちていた。

風が木々を撫でる音さえも、どこか生き物の呼吸のように聞こえる。


 やがて、視界が開けた。


 眼前に広がるのは、静寂に包まれた神秘的な湖。

月光が水面を照らし、微かに波紋が広がるたびに光が揺らめく。


 まるで別世界に迷い込んだような景色だった。


 「この湖には、ルナティスと呼ばれる神狼が住んでいる。」


 ゼファルが静かに告げた。


 「そやつの試練を乗り越えた者のみが、森の守護者として認められる。我らがこの森をまもる存在であるように、この湖もまた、精霊と共に生きる場所なのだ。」


 アレクサンドルは湖の中央を見つめた。


 霧が薄く漂い、その奥には——紅い瞳の輝きがあった。


 静かに、水面が揺れる。


そして、霧を切り裂くように、巨大な影が姿を現した。


それは、ルナティス——神狼の精霊だった。


アレクサンドルは、その威厳に満ちた存在を前に、深く息を吸い、意を決して目を閉じた。


彼の内に秘められた魔力——それは、これまで隠されてきた"調和の魔法"。


静寂の中、彼はその封印を解き放った。


周囲の空気が変わる。精霊たちの囁きが一層鮮明に聞こえ、森全体が彼の存在に応えるかのように震えた。


ルナティスの瞳が驚きに見開かれる。


「……まさか、この時代に"調和の魔法"を持つ者が現れるとは……」


その声には、驚愕と期待が入り混じっていた。


アレクサンドルは静かに目を開け、ルナティスと視線を交わす。


「お前のその力……そして、その心。試練は、今始まったばかりだ。」


ルナティスの言葉が、次なる試練の幕開けを告げていた。





アレクサンドルは、神秘の森の奥深くで、人狼のゼファルに導かれ、試練の湖へと足を踏み入れました。そこで彼を待ち受けていたのは、この森を守護し、世界の未来を見通す存在でした。未知なる力と対峙する中で、アレクサンドルは自身の使命と向き合うこととなります。

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