王族の決断と鎖の断絶
王族としての務め——それは、国を知ること。
王都の市場へと足を運んだアレクサンドル・ヴァルディア。
そこには活気と繁栄が広がる一方で、王国の"影"とも言える場所があった。
奴隷市場。
そこにいたのは、鎖につながれた銀髪のハーフエルフの少年。
彼の瞳には、諦めとも抗いともつかない感情が揺れていた。
「……俺を買うのか?」
幼いながらも、"運命"を悟ったかのような静かな声。
「異種族の混血は不要」「処分すべきだ」
貴族たちは冷酷な言葉を浴びせる。
しかし、アレクサンドルの心には、幼いながらも確かな**"怒り"**が芽生えていた。
「この国の在り方は、間違っている。」
そして、彼は決断する——この少年を救うと。
この選択が未来に何をもたらすのか。
この瞬間、運命の歯車が回り始めた。
◇◇◇
市場への視察——王族の歩む道
王宮の石畳を踏みしめながら、アレクサンドルは黙って馬車へと向かっていた。
昨夜の祭りの余韻がまだ王都には漂い、人々の活気が戻りつつある。
早朝にもかかわらず、通りには笑い声が響き、窓辺には色とりどりの花々が揺れていた。
今日の視察先は、王都最大の市場。
「王子様、準備は整いました」
淡々とした口調で告げるのは、側近のレオネル。
冷静で生真面目な男であり、無駄な言葉を発することはない。
「市場の管理も王族の務めでございます。民の営みを知ることは、王子としての心得の一つかと」
アレクサンドルは視察の目的を理解していた。
しかし、それ以上に——
(王宮の外の世界……何か見つかるだろうか?)
そう期待する気持ちがあった。
彼は表情には出さず、あくまで"無能な王子"を演じる仮面をかぶりながら、退屈そうな素振りで馬車に乗り込んだ。
◇◇◇
王都の市場——熱と鼓動の交錯
馬車が王宮を離れ、大通りを進むと、次第に市場の喧騒が近づいてきた。
人々の活気ある声、売り手の呼び声、陽気な吟遊詩人の歌。
王都の市場——それは、この国の心臓部。
貴族のための高級品から庶民の生活を支える食材まで、あらゆる物が取引される場所。
「新鮮な果物はいかがですか!」
「異国のスパイス! 他では手に入りませんよ!」
陽の光を浴び、色鮮やかな布が風に揺れ、香辛料の香りが辺りに満ちる。
馬車の窓越しに見える景色は、王宮とはまるで別世界だった。
(これが、俺が生きるべき世界だったなら——)
そんな考えが、一瞬脳裏をよぎる。
馬車が市場の中央に停まると、兵士たちが迅速に周囲を警戒し、視察団の準備を整えた。
馬車の扉が開く。
◇◇◇
王族の視察——市場の影
アレクサンドルが馬車を降りると、瞬間、周囲の空気が僅かに張り詰めた。
「王子様が視察に来たらしい」
「でも、どうせ見るだけだろ」
庶民たちは遠巻きに視線を向けながらも、すぐに商いを再開する。
王族が市場を訪れるのは珍しくない。
"彼らは見るだけ"——それが、この国の常識だった。
レオネルが一歩前に進み、淡々と説明を始める。
「王子様、この市場は王国最大の交易拠点であり、財政の要となる場です。王族がその状況を把握することは不可欠でございます」
「……ふむ」
アレクサンドルは興味なさそうに答えたが、内心では周囲を細かく観察していた。
しかし、その視線がふと、市場の奥に引き寄せられた。
そこだけが、異様に静かだった。
「……あそこは?」
アレクサンドルは、視察団の進行を止めて尋ねた。
レオネルが、一瞬言葉を選ぶように沈黙する。
そして、静かに告げた。
「——奴隷市場です」
◇◇◇
運命の出会い——鎖につながれた少年
市場の活気の裏にある、王国の影。
そこに足を踏み入れた瞬間、アレクサンドルの世界が変わった。
頭上に広がる空は、他の場所と同じはずなのに、ここだけはまるで色を失っていた。
そして——彼は見た。
鎖につながれた銀髪の少年を。
「……俺を買うのか?」
低く、静かな声。
その瞳には、"諦め"と"抗い"が同居していた。
「異種族の混血は不要」「処分すべきだ」
貴族たちは冷ややかに言い放つ。
アレクサンドルの胸に、小さな炎が灯った。
「この国の在り方は、間違っている」
そして、彼は決断した。
「この子を買う」
◇◇◇
未来を変える第一歩
貴族たちのあざ笑い、レオネルの忠告、商人の侮蔑。
すべてを無視して、アレクサンドルは少年を見つめた。
「……お前の名前は?」
少年の銀色の瞳が、わずかに揺れる。
「……アシュレイ。」
小さな声だった。だが、その響きは不思議とアレクサンドルの胸に刻まれた。
「アシュレイ・ロウフェル。」
その名を確かめるように呟きながら、アレクサンドルは手を伸ばした。
鎖が外されたその瞬間、少年の瞳に、微かな光が灯った。
——ここから、すべてが変わる。
これは、王族の王子と、奴隷の少年の運命が交錯する第一歩。
そして、この決断が、王国全体を揺るがす"反逆の序章"となることを、彼らはまだ知らない。
◇◇◇
アレクサンドルの決断は、王族にとっての"問題行動"だった。
「無能な王子が、異種族を救う?」
その事実だけで、彼はさらに軽んじられ、あざ笑われる。
だが、彼の心には迷いはなかった。
「お前には価値がある」
「お前をここに放っておく気はない」
この言葉が、アシュレイの心にどう響いたのか——。
この出会いが、王国の未来にどんな影響を与えるのか——。
次回、さらに運命が交錯する。