黄昏の再会 〜運命が交差する刻〜
運命は偶然なのか、それとも必然なのか——。
春の祭りの喧騒の中、アレクサンドルとエレオノーラは、導かれるように再び巡り合った。
花舞う広場、温かな灯火、祭りを彩る音楽——しかし、彼の胸に去来するのは喜びではなく、言い知れぬ疑念と希望の入り混じった感情だった。
——この少女は、本当に"彼"なのか?
懐かしさを覚える仕草、どこか遠い記憶を呼び起こす微笑み。
だが、確かめようとすればするほど、現実は霧のように手からこぼれ落ちていく。
夜空に響く鐘の音が、新たな歯車が動き出したことを告げる。
偶然の再会か、それとも運命の必然か。
◇
春の訪れを祝う祭りが、王都の片隅で華やかに執り行われていた。
空には色とりどりの花びらが舞い、人々は華やかな衣装をまとい、踊り、歌い、笑い合っている。広場の中央には大きなかがり火が焚かれ、火の粉が夜空へと昇っていく。その様子は、まるで運命の炎が燃え上がる前触れのようにも見えた。
アレクサンドル・ヴァルディアは、王族の一員としてこの村を視察していた。
幼いながらも、王としての振る舞いを求められる。しかし、彼の心は別のところにあった。
彼は、人々の波の中に**"探している存在"**がいるのではないかと、ずっと目を凝らしていた。
いつものように、無能な王子を演じながら——
◇
ふと、胸がざわついた。
何かが引っかかる。
視線の先、人混みの中に金色の髪を揺らし、微笑む少女がいた。
アレクサンドルの目が、彼女の存在を捉えた瞬間、胸の奥で何かが震えた。
(——直樹?)
一瞬、息が止まる。
彼は祭りの喧騒の中で、その名を口にしそうになった。しかし、その声は歓声と音楽にかき消される。
そして、少女は人混みに紛れ、消えていった。
「……っ!」
思わず足を踏み出そうとする。だが、その瞬間、彼の肩を王の側近が掴んだ。
「王子様、視察の続きを——」
「……分かってる。」
王族としての役目を果たすべきだ。
それは理解している。
だが、心のざわめきは消えなかった。
あれは、彼だったのか?
それとも、ただの幻想なのか——。
◇
祭りも終わりに近づいていた。
朱に染まった空は、まるで燃え尽きる前の炎のように揺れている。
その時——
「王子様。」
ふと、背後から優しい声がした。
振り返ると、そこに彼女がいた。
金色の髪を持つ少女が、そっと小さな器を手にし、恥ずかしそうに差し出している。
「これ、ハーバルポリッジです。どうぞ。」
それは、春の祭りで振る舞われる、野菜とハーブをたっぷり使った粥だった。
アレクサンドルは器の中身を覗き込み、驚いた。
(……これは)
スプーンをすくい、一口食べる。
懐かしい味がした。
七草粥に似ている——。
記憶が蘇る。
日本で、美咲が語った「七草粥」の思い出。
(直樹なら……この味に気づくはずだ)
ふと、アレクサンドルは問いかけた。
「ねえ。君の名前を聞いてもいいかい?」
少女は頬を染めながら、恥ずかしそうに答えた。
「エレオノーラ・ヴァレンティーナと申します。」
その瞬間、胸の奥に淡い希望が広がる。
◇
「七草のようで、好きだな。」
思わずつぶやく。
だが——
「……七草?」
少女はきょとんとした表情を浮かべた。
(——反応が、ない。)
彼女の中に、その記憶が存在しない。
もし本当に直樹なら、七草粥の話を覚えているはず。
「……そうか。」
アレクサンドルは微笑みながら器を少女に返した。
だが、その瞳の奥には、僅かに悲しみが滲んでいた。
◇
王たちの視察も終わりに近づいていた。
従者がアレクサンドルに声をかける。
「王子様、王都に戻る支度を。」
アレクサンドルは静かにうなずく。
その時——
「王子様、またこの村には来られますか?」
エレオノーラが、期待を込めた眼差しで問いかけた。
アレクサンドルは、彼女の瞳をじっと見つめる。
(もし、本当に直樹ではなかったら——)
だが、それでも。
「もちろん。また春の訪れを一緒に祝おう。」
柔らかく微笑みながら、そう答えた。
それは、淡い希望を残したままの、儚い約束だった。
◇
夜空に星が瞬く頃、アレクサンドルは馬車の中で目を閉じた。
だが、心の中には未だ拭えぬ疑問が残っている。
(もし、彼女が本当に直樹ではなかったら?)
王子としての再会——。
それが、彼の運命をどう変えていくのか、まだ誰も知らない。
だが、確かなことが一つあった。
「——もう一度、確かめる。」
その決意を胸に、アレクサンドルは静かに目を開けた。
◇
翌日、王族の視察は市場へと移された。
異国の品々が並び、商人たちの声が飛び交う中、一角に異様な空気を放つ場所があった。
奴隷市場。
初めて足を踏み入れたアレクサンドルは、その場の空気に飲まれそうになる。
視線の先に、鎖に繋がれた幼い少年がいた。
その瞳は、冷たく、それでいて燃えるような意志を秘めていた。
「……誰だ?」
その視線が、アレクサンドルをじっと見つめた瞬間、彼の胸に言い知れぬ感覚が走った。
まるで、抗えない運命がそこに待ち受けていたかのように——。
これが、彼の"初めての友"となる存在との衝撃の出会いだった。
物語は、さらなる交錯へと向かっていく——。
春の祭りの黄昏の中、アレクサンドルとエレオノーラは運命に導かれるように巡り合った。
胸の奥で微かに響く懐かしさ。しかし、それが確信に変わることはなかった。
そして、運命はさらに試練を用意していた。
翌日の視察先——王都の市場。
活気あふれる商人たちの声、色とりどりの異国の品々が並ぶ中、彼が足を踏み入れたのは、決して目を逸らしてはならない場所だった。
奴隷市場。
そこで出会った少年は、誰よりも冷たい瞳を持ちながら、燃え盛るような意志を宿していた。
鎖につながれた少年とアレクサンドルの視線が交錯する瞬間、彼の胸に言葉にできない感覚が走る。
それは、抗えぬ運命か、あるいは未来を切り開く出会いか——。
王子としての人生を大きく変える、衝撃の出会いが始まる。