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20 ふたりの関係

「はーい、みんな! 今日は召喚魔法と契約のお話をするよ!」

 幼い少女のごとく高い声が、教室内に明るく響く。それは扉を突き抜けて廊下にまで漏れ、心地よい静寂を容赦なく打ち破った。

 室内でそれを聞いた生徒の一人――マルセルが、おずおずと手を挙げる。

「魔法生物学なのに……?」

「ふっふっふ……魔法生物学と召喚学は切っても切れない関係なのですよ」

 小柄な女性教師、アストリア・カマリがちっちっと指を振る。マルセルはすっきりしない表情で首をひねっていたが、それ以上追及はしなかった。

 今〈鍵の教室〉の面々がいるのは、よく座学を行うのとは別の教室だ。小規模の魔法を使うことを想定されたその部屋は、いつものところより少し広く、教壇がない。生徒たちは円形に机を並べ、その中心に教師が立つ、という形で授業が行われていた。

「そもそも召喚魔法とは! この世界のありとあらゆるところから、あるいは恐ろしーい異界から、魔族を一時的に呼び出す魔法のこと!」

 カマリは、まっすぐに立てた人差し指で天井を指さす。その場で躍るように半回転し、一人の生徒に目を留めた。

「ではでは、その魔族とは? ティエラさん!」

「は、はい! 精霊が変質し、周囲のアエラを乱す体質となった種族です」

 大声で指名されたティエラが、やや上ずった声で答える。カマリは「そのとーりっ!」と指を鳴らした。

「こう聞くと危ない種族のようだし、過去の大戦の影響で悪い印象が根付いてるけど、魔族にも個性がある! 性格もアエラへの影響力も種族によって違ってて、うまく付き合えば全然怖くない魔族もいるのよ! このチェロちゃんみたいに!」

 そう言ってカマリが示したのは、そばを飛んでいるオウムのような鳥だ。体毛は全体的に昼間の空のような青色だが、目の周りだけが白い。そして、くちばしは鮮やかな赤だった。チェロは主人に呼ばれると、嬉しそうに鳴いて腕にとまった。

 身を乗り出して話を聞く生徒がほとんどの中、メルクリオだけはいつも通りだった。教科書で顔を隠したエステルが、しきりにうなずいているのを見つける。

「そして、大抵の場合、召喚した魔族とは魔法的な契約を結ぶの。そうすることで、互いのアエラや意識の一部が繋がって、私達魔法使いはいつでも相手を呼び出せるようになるのよ。便利でしょ!」

「便利だけど、アエラの一部が繋がるって……なーんか怖いな」

 双子の片割れ、ポルックスがぽつりと呟く。それをすかさず拾ったカマリが、口もとに指を当てた。

「そうねえ。こればっかりは、経験しないとわからない感覚だけど……正式な手順を踏めば、危険はないから安心して!」

 笑うカマリのかたわらでチェロが鳴く。この鳥のまわりのアエラは彼にまとわりつくようにぐるぐると動いているが、その範囲はとても狭い。あるじの言う「怖くない魔族」の部類なのは間違いない。

「あっ。でもでも、契約する相手次第では、ちょーっと危険になっちゃうかも」

「やっぱり危険なんじゃないですかー」

 ポルックスが不安そうな声を上げて、机に突っ伏す。カマリは軽やかな笑声を立てた。

「だーいじょうぶ! 相手次第って言っても、大図書館に封じられているような魔族とか、すっごい強い精霊とか、そういう『相手』だから! そんなのと契約できる魔法使いは、百年に一人いるかいないかだよ!」

 再びその場で回ったカマリは、チェロを飛ばして人差し指を立てた。

「――という話が出たので、ついでに『精霊契約』の話もしとこうか! これは文字通り、精霊と契約することだよー! 精霊は召喚魔法で呼び出せる相手じゃないから、自然と引きあって一緒にいきましょーってなる感じらしいねー」

 そう語った瞬間、カマリの瞳がちらりとメルクリオの方へ動く。メルクリオは、逆に視線を逸らして教科書を見た。

「さっき、すっごく強い精霊と契約する人はほとんどいないって言ったけど、そもそも精霊と契約する魔法使い自体が少ないんだ。さてさて、なんでだと思うー? ちょっと考えてみよう!」

 そう言われた少年少女は、それぞれに困った顔を見合わせる。

 カマリは――というより、彼女のように実践的な内容を取り扱う教師は、こうして頻繁に生徒たちへ問いを投げかける。当然だが、それを楽しいと感じる生徒もいれば、苦手に思う生徒もいた。

「なんで、って言われてもな……」

「精霊、精霊……自我と顕現体を持つアエラ、という定義だよね」

 マルセルが腕を組んでうなる。それを一瞥したユラナスが、淡々と言った。

「そもそもさ。けんげんたいって具体的にはなんなんだろうなー。まだ授業でやったことないよな?」

「はい。でも、先日読んだ本には、『アエラが集まって形を成したもの』『“体”と呼ぶもののなかで、もっとも純然たるアエラに近いもの』と書かれていました」

 足をぶらぶらさせているカストルの問いに、ティエラがおずおずと答える。それを聞いたマルセルが、眉根を寄せた。

「つまり、どういうことだ? アエラってことか?」

「多分……ほぼアエラそのもの、と考えていいんじゃないでしょうか」

 考え込む同級生たちを見て、ヴィーナが眉を寄せる。

「アエラそのものと魔法的な契約を結ぶ……なんか嫌じゃない? そんなことして、魔法使いは大丈夫なの?」

「実際危険なのかもね。それが、契約者が少ない理由かな」

 呟いたユラナスが、ちらりとカマリをうかがう。生徒たちを楽しげに見守っていた彼女は、そこで手を叩いた。

「うんうん。みんな、いいところまでいったねー」

 満足そうな教師を見て、マルセルが話し合いの内容をざっくりとまとめる。

「契約者があんまりいないのは、危険だから? ってことすか?」

「大雑把に言えばそういうこと! 精霊契約は、ちょっと特殊なの」

 カマリは、指をくるりと回して、小さな円を描いた。

「みんなが気づいたように、精霊はとっても濃ゆいアエラの集合体。ほぼアエラそのものなのね。しかもそのアエラを留める肉体が曖昧だから、魔法使いと繋がりができると、その魔法使いのアエラに精霊のアエラが混ざっちゃうらしいの。その結果、術者の体にいろんな影響が出る」

 混ざる、という一言で何を想像したのか、マルセルとカストルが青ざめる。「例えば……?」と尋ねたカストルに向けて、カマリが両手を広げた。

「よく聞くのは、体の成長が止まる、って話だね。あとは人によって、目が見えなくなる、耳が聞こえなくなる、逆に見えすぎたり聞こえすぎたりする。魔族の言葉がわかるようになる……なんて話もあるね」

 その指を一本ずつ曲げながら、事例を挙げていく。興味深そうに聞く子もいれば、身震いする子もいた。メルクリオはそのどちらでもなかった。

「精霊と契約できるほどの力を持った魔法使いでも、どんな危険があるかわからないから、すすんで契約することは少ないのね。だから、人数もあまりいないってわけ!」

 カマリは明るく締めくくる。しかし、生徒たちの間に漂う空気は重い。

 話の切れ間。ほとんどの生徒が無言になる中、カストルが静かに挙手をした。

「先生。ちょっと気になったんですけど」

「おお! 何かな、カストルさん」

「ええと。精霊と契約する人って、あんまりいないんっすよね? 百年に一人……いない?」

「うんうん。まあ、とりあえずはそう考えてもらっていいよ」

「なのに、なんでそんなにいろんなことがわかってるんすか?」

 彼の言葉に、女子たちがはっと息をのむ。そして、カマリは瞳をきらりと光らせた。

「いい質問だねー。せっかくだし、それもみんなで考えてみようか。精霊契約者が少ないにもかかわらず、これだけのことがわかってるのは、なーぜだ?」

 少女のような教師の声がけに合わせ、空色の鳥が歌うように鳴く。

 生徒たちは腕を組んでうなり、低い声を交わした。

「こっちの方が難問だろー……。実際に契約してみた奴がいた、とかか?」

「試しでできることじゃないでしょ。契約者に会って聞いた、って方があり得るわ」

「でも、会うっていうのもそんなたくさん会えないよね? そもそも人数少ないし」

「その人自身が、精霊と契約してることを隠してる可能性もあるしね」

 色々な意見は出る。けれど、いまいちまとまらない。そんな様子を見て、カマリが「そうだねえ」とわざとらしく呟いた。

「ちょっとヒントをあげちゃおうか」

 楽しげな教師に、八人分の視線が集中する。カマリは胸を張り、最初のように指を振った。

「精霊契約について、詳しい研究や分析がされるようになったのは、割と最近のことなのよ。そのきっかけは、()()()()()()()()()()先生が発表した論文や、卒業生が書いた本だったの。これがヒント!」

「グリムアル魔法学校の……?」

 強調された言葉を、ティエラがひっそりと繰り返す。それまで黙っていたメルクリオは、そこで一言呟いた。

「この学校に、精霊と契約した魔法使いか、その人をよく知る人がいたんじゃないか?」

 同級生のほとんどが首をひねるが、ユラナスが「あり得るね」と呟く。けれどその後、顔をしかめた。

「けど、それだけだとこんなにたくさんの『事例』は集まらないよね。もっとこう、脈々と受け継がれていることがあるのかも」

「受け継がれてる……この学校で、か……?」

 男子たちが頭を抱えてうなり、ティエラやヴィーナなどは顔を見合わせる。

 誰もが考え込む中で――ふいに、エステルが目を見開いた。その視線がメルクリオに、彼と、彼のそばにいる存在に向く。メルクリオは、牽制の意味も込めて見つめ返した。しかし、その一語は少女の口からこぼれ落ちる。

「――グリムアル大図書館?」

 何人かが、えっ、と驚きの声を上げる。カマリが悪戯っぽくほほ笑み、メルクリオはため息をついた。

「な、なんでそこで大図書館が出てくんだ?」

「どうどう、座れ座れ」

 立ち上がりかけたマルセルが、カストルに引き留められている。一方のエステルは、慌てた様子で手を振って、視線をあちこちへ泳がせた。

「あー、えー、えと、ほら! 前に歴史の授業で言ってたじゃん! 初代番人が〈封印の書〉の見張りを精霊と一緒に引き受けた、って!」

 悲鳴じみた説明いいわけに、同級生たちはあっさり納得したようだ。ほとんどの人がうなずき、ヴィーナが不機嫌そうに「あったわね、そんな話」とうそぶく。

 またしても記憶を吹っ飛ばさずに済んだな、とメルクリオは胸中で呟いた。

「そーか。あれって、精霊と契約したって意味か」

「それなら納得だよね。大図書館は学校ができる前からあるんだし。番人さんに聞けば、そりゃ色々出てくるよ」

 マルセルとポルックスがしみじみと言ったところで、カマリが再び手を叩く。

「よーし。答えは出たかな? 聞かせてくれるかなー?」

「はーい」

 教師の声がけに、双子が元気よく返事をする。

「精霊契約者のことが詳しくわかっているのは――」

「大図書館の番人に話を聞いたから?」

 ユラナスの言葉に続ける形で、ほとんどの生徒が答えを唱和する。それを聞いたカマリが、高らかに拍手した。

「すばらしい! 今年の〈鍵の教室〉の一年生は、すんばらしいねえ!」

 芝居がかった口調で言って、カマリは生徒たちをほめたたえる。それから、チェロを腕にとまらせて、解説を始めた。

「みんなが考えた通りだよ。大図書館の番人は代々、大図書館を守護する精霊と契約するんだ。だから、全員が精霊契約者ってわけ。立ち入りが許された先生や過去の認可生が、番人さんから聞いた話を論文や本にまとめて世に出し、そこから精霊契約というものの研究が進んでいっている、って流れだよ!」

「一年生でこんなところに目をつけるなんてねえ、先生感動しちゃったよー!」と、カマリは体をくねらせる。大げさな反応を示す教師に、生徒たちは苦笑していた。メルクリオは、その様子を乾いた表情でながめる。視線が頬に当たるのを感じてはいたが、特に反応はしなかった。



     ※



 鐘の音を背に受けて、生徒たちが外へ飛び出す。エステルはその様子を横目に、ひとり敷地の外れに向かっていた。今日はいつもより早足だ。身を炙るような焦りが、足取りにも表れていた。

 魔法生物学の授業の内容が、頭にこびりついて離れない。

 あの話が本当で、メルクリオとルーナが契約関係にあるのなら、メルクリオの体にも何かしらの影響が出ているはずだ。

 そのことを確かめたい。知りたくてたまらなかった。

 草をかき分け、枝をくぐり、奥へ奥へと入っていく。無心で進んでいたエステルだが、途中でふっと振り返った。普段聞かない音を聞いた気がしたからだ。

 何も見えない。気のせいだろうか。そう思いかけたとき、細い枝を踏む音がした。

「……おや? そこにいるのは、学生か?」

 エステルが通ってきた道に、見知らぬ人物が分け入ってくる。まっすぐな金色の髪と冷たい緑色の瞳を持つ、背の高い男性。厚手のコートは枯れ木色、ズボンと靴は黒色で、全体的に落ち着いた印象の人だった。彼はエステルを見つめ、首をかしげる。

「なぜ学生がここに? この先は立ち入り禁止のはずだが」

 見た目の印象にたがわぬ、静かな声だ。だが、どこかで聞いたことがあるような気もする。エステルはとっさに背筋を伸ばした。

「わ、私は大丈夫です。その、お許しをもらっているので」

「お許し?」

 男性は怪訝そうに頭を傾け、しばし考えこむ。それから、得心したように手を叩いた。

「ああ、なるほど。あなたが『助手』か」

 エステルは一瞬息を詰めたが、すぐに力を抜いた。――この人は、グリムアル大図書館の関係者だ。

 そうとわかれば、やるべきこともすぐに見えた。小さくお辞儀をする。

「グリムアル魔法学校一年生、〈鍵の教室〉のエステル・ノルフィネスです。大図書館の番人の助手を、つ、務めさせていただいています」

 つっかえながらもなんとか挨拶を述べる。どきどきしながら顔を上げると、相手は「丁寧なご挨拶、どうもありがとう」と頭を下げ、手を胸に当てた。

「私はクロノス・タウリーズ。オロール王国から派遣された大図書館監査員だ。以後、お見知りおきを」

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