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16 妖精の悪戯(2)

 ルーナの案内に従って、エステルは悪戯魔族を追い続けた。姿を捉えることは何度もあったが、捕まえることはできない。エステルの手が自分の体をかすめるたび、ボーグルはあざ笑うように飛び跳ねて逃げていく。

「うええええ。授業が、授業が始まっちゃううう」

 無人の教室の前で膝に手をついて、エステルは嘆いた。

 ルーナが補助をしてくれるので体の方は無傷だが、心の方はぼろぼろだ。

『すみません……』

「いや、まあ、ルーナのせいじゃないし」

 斜め後ろからしおれた声が聞こえてくる。それでいくばくか冷静になったエステルは、息を整えて起き上がった。

『いえ、大半は私の責任です。大図書館に魔族を留めておくのは、館長の仕事ですから……』

 グリムアル大図書館の館長は、本気で落ち込んでいるらしい。やはり姿は見えないが、左右の薄羽が下がっている様子がありありと目に浮かんだ。

『合流前に、コルヌとリアンには事情を話しておきました。何らかの対応はしてくれるはずです』

「うっ……いきなり学長先生との約束を破っちゃう……」

 安心させようとしてくれたのだろう、精霊の発言。それがまたエステルの心をえぐった。眉間を押さえる少女に、しかしルーナは力強く言い募る。

『今回のことは心配しなくて大丈夫ですよ。エステルのせいではありません、我々の落ち度です。ついでに言うと、この異常事態のさなかに納期ぎりぎりの復元依頼を持ち込んできた学校側にも責任があります』

「……ルーナ、怒ってる?」

 エステルは、恐る恐る問うていた。彼女の声がいつもより刺々しく、また早口に聞こえたからだ。ルーナは少女の問いに答えず、ただ続けた。

『“本来対処に当たるべき番人が身動きを取れないのは、あなたたちのせいです”と、リアンに伝えておきましたので。エステルが責められることはありませんよ』

「そ、そっか……ありがとう……」

 ――やはり怒っている。それも、ヴェルジネ・リアンに対して。

 あの学長先生にそれを言ったのか、とエステルは慄いたが、ルーナは少しも動じていない。さすが精霊、というべきかどうか。

 ルーナの怒気にややひるんでいたエステルだが、魔族の周囲でよく感じるアエラの動きを感知し、気を取り直す。先生たちに状況が伝わっているならなおさら、早くボーグルを捕まえなければ。

『行けますか?』

「……うん。急いで終わらせよう、ルーナ!」

『はい。もうひと踏ん張り、よろしくお願いします』

 精霊にうなずきかけて、エステルはまたボーグルの足跡そくせきを追った。

 廊下を突っ切り、短い階段を上って『関係者以外立ち入り禁止』の扉の前を通り過ぎる。ルーナの案内を聞きながら走り続けたエステルは、『ここですね』という声がけで足を止めた。

 そこで、重大な問題にぶち当たる。

「え……ここ?」

『はい。この先でアエラが激しく動いています。ボーくんのアエラも微弱ながら感じますね』

 エステルが行き着いたのは、片開の扉の前。扉の横には『演習準備室・東』と刻まれた板が打ち付けられている。

「鍵がないと入れないんじゃないかな、ここ」

 試しに扉を押したり引いたりしてみた。案の定、ガタガタいうばかりで開かない。エステルは、扉にすがってへたり込んだ。

「どうやって入ったのおおおお」

『この隙間でしょうね』

 細かく散った光が、エステルの足もとで弾ける。ルーナが示したのは、扉と床の間にあるわずかな隙間だ。なるほど、埃にまぎれこめるほど小さな体なら、扉の下をすり抜けることなど造作もないだろう。

「ど、どうしよう……」

「――あれ? エステルじゃん」

 うなだれたエステルはしかし、覚えのある声を聞いて振り返った。今しがたここへやってきたらしい少年二人が、おそろいの琥珀色の瞳を丸くしてこちらを見ている。

「カストル、ポルックス」

「やっほー」

「やっほー。何やってるの、こんなところで」

 二人は、よく似た声で挨拶をしてくれた。

 彼らは本当にそっくりで、エステルにはまだまだ区別がつかないときがある。ただ、発言や振る舞いに注意していると、細かい違いがわかるのだ。今、何をしているかと訊いてきたのは、ポルックスだった。

「あ、あの……私は、どうしてもここに入りたくて……」

「演習準備室? なんで? 次の授業は魔法基礎だよ」

「う、うん。そうなんだけど」

 返答に窮したエステルは、しばしうなった後、双子にそそくさと近づいた。彼らを手招き、近づいてきたところに耳打ちする。

「さっき、ここに妖精が入り込んじゃって! 私、どうしてもその妖精を観察したいんだ」

「ほう?」

 双子の目がきらりと光った。兄のカストルが口の端を持ち上げる。

「それで鍵のかかった部屋に入りたいって? エステルも意外と悪いことが好きだねえ」

「い、いやあ。あはは……」

 エステルは頭をかいてごまかした。笑顔が引きつっていないことを祈るばかりだ。

 双子は顔を見合わせる。それから、揃ってうなずいた。

「よしわかった。この、ウィンクルムの双子が」

「ちょっと協力してあげるよ」

 カストルがローブをさばき、ポルックスが片目をつぶる。エステルはぽかんと口を開けた。隣からルーナの驚きも伝わってきた。

「本当? ありがたいけど……何するの?」

「まあ見てなって」

 得意げに言ったカストルが、扉の前に立ってポルックスを振り返る。

「ポルックス、あれをくれ」

「りょうかーい!」

 双子の弟が声を弾ませ、ローブの内側から何かを二本、取り出す。昼間の陽光を反射してきらりと光ったそれは、指より細い金属の棒だ。

 ポルックスから棒を受け取ったカストルが、それを扉の鍵穴に差し込む。そして、しばらく動かしていた。しばしの静寂ののち、がちゃん、と大きな金属音が響く。

 鍵穴から棒を抜いたカストルが、あっけらかんと振り返った。

「はい。開いた」

「え? え?」

 あまりにもからりとしていたので、エステルは困惑した。思わず双子を見比べてしまう。

『鍵開けですか……。恐ろしい子供がいたものです』

 耳元で、少女の声が低く呟く。エステルはそれを聞いて「はぇっ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。

「な、なんでそんなことできるの!?」

「ふっふっふ。なんてったっておれたち」

「昔はどろぼーだったからなー」

 双子は得意げに笑って髪をかき上げる。格好をつけたつもりらしい。

「って言っても、本物のどろぼーだったのは親の方でさ。俺たちは、よくわからんまま手伝わされてたんだ」

 唖然とするエステルに、弟に棒を返したカストルが補足した。棒を受け取ったポルックスも追随する。

「ウィンクルムに()()()からは、盗みなんてやってないからね。そこは安心して」

 エステルは息をのむ。

 彼らも、父と同じなのだ。家名を持たなかった者が、なんらかの理由で王国から名を与えられた。この双子の「理由」が何なのかはわからないが、グリムアル魔法学校に入ったことと関係があるのは確かだろう。

「ささ。妖精見にいきなよ」

 促す声で我に返ったエステルは、再び両頬を叩いてうなずいた。

 双子の事情は気になるが、部外者のエステルが気軽に踏み込んでいい領域ではない。それに、今はボーグルの方が重要だ。

 把手を握る。先ほどはびくともしなかった扉が、少し体重をかけただけであっさりと開いた。エステルは、なるべく息を殺してその先へ踏み込む。

 双子の視線を感じながらあたりを見回した。準備室というだけあって、室内には物がたくさん置いてある。奥側に箱が積み上がり、左側には棚が置かれていた。短剣や蝋燭などの使ったことがあるものから、よくわからない模様が刻まれた円盤などの使い道がわからないものまで、色々ある。

 ぱっと見、小さな魔族は見当たらない。しかし、すぐにルーナがささやいた。

『エステル、奥です。奥の床』

 うながされて、エステルは奥に目を凝らす。薄暗い部屋の床。箱の近くに、うっすら埃が積もっている。そこを見つめていると――すぐに、きょろきょろ動く目玉が見えた。

「え」

 視線がかち合う。

 その瞬間、積もっていた埃が盛大に舞い上がった。

 エステルは悲鳴を上げて、とっさに顔を覆う。背後から双子の声も聞こえた。

 目は守れたが、喉の奥がむずむずする。エステルは、咳き込みながらも先ほどと同じ場所をにらんだ。しかし、そこに黒い塊はいない。

「やられた……!」

 咳が落ち着いてから身をひるがえす。

 エステルが部屋から出るなり、待っていた双子が一斉に騒ぎ立てた。

「エステル、エステル! 今のが妖精か?」

「なんか、黒くて大きいのがびゅーんって飛んでった! びゅーんって!」

 興奮気味の二人に、エステルも興奮して指を向け、「それ!」と答える。

「その妖精、どっちに行った?」

「あっち!」

「中庭への出口がある方!」

 そっくりな少年たちは、まったく同じ動作で道のむこう――自分たちが通ってきたのとは反対方向――を指さす。エステルはローブの裾を持ち上げ、指さされた方へ駆けだした。

「ありがとう、二人とも!」

「あ、エステル、そろそろ授業始まるぞ」

「妖精捕まえたら戻るから!」

「捕まえたら? 観察じゃなくて?」

 少年の声が追ってくる。しかしエステルは構わない。

「妖精、見せてなー」と言う二人に「見せられたらね!」と答え、中庭への出口とやらを目指した。


 双子が言っていた出口はすぐに見つかった。ほんの少し開きかけた扉。それを思いっきり開け放ち、肌寒い外へ飛び出す。

 グリムアル魔法学校にいくつかある中庭のひとつ。木々の狭間に花々が植えられた、芸術品のような空間だ。今は実りの季節ゆえか、色とりどりの花弁ではなく、黄緑色の草葉が隠れた楽園を彩っている。

 草地へ下りるなり、エステルは中庭を見渡す。自然の色彩の中に潜む黒色は、すぐに見つけることができた。

「いた、ボーグル!」

 しかし、エステルが駆けていくと、ボーグルは逃げてしまう。エステルはすかさず方向転換し、木陰へ飛んでいった魔族の方へ走る。伸ばした手が毛の端をかすめた瞬間、彼はまた飛んでいく。

 そんなことを何度か繰り返して。とうとうエステルは頭を抱えた。

「ああああもおおおおお」

 頭をかきむしった少女は、遠くの花壇の陰からのぞく黒をにらみつける。ボーグルは相変わらず、ぴょんぴょんと跳ねながらその場に浮いていた。

 どうやって捕まえてやろうか、と相手の挙動を観察し――その途中、エステルは目をしばたたく。

 じっとこちらをうかがう瞳。それは幼い子供のように無邪気だ。

 こちらをあざ笑っているのだと、ずっと思っていた。けれど、本当にそうだろうか。

「ボーグル……ボーくん」

 声を張って、名を呼ぶ。ルーナが口にしていた、おそらくはあだ名であろうそれを。

「あなた、遊んでほしかったの?」

 小さく飛び跳ねてまばたきした魔族に、問いかけた。

 冷たい風が、ふたりの間を吹き抜ける。

 ボーグルは、しばらくその場で静止していた。しかしあるとき、黒いからだを震わせると、風のような勢いでエステルの方へ飛んできた。

「うわあっ!?」

 エステルはひっくり返った声を上げてのけぞる。その拍子に体勢を崩して、尻餅をついた。おしりをさすって顔を上げたエステルは、眼前に大きな埃の塊が浮いているのを見る。もちろん、ただの埃でないことは、大きな目玉ですぐにわかった。

「ボーくん」

 うかがうように呼べば、魔族はぐるぐると彼女のまわりを飛びはじめる。唖然としたエステルの鼻先にとまったかと思えば、近くの木の上へ飛んでいき、また戻ってきた。

『これは、すっかり懐かれましたねえ』

「ルーナ」

 ボーグルの動きに注意しながらも、エステルは横を見る。いつの間にか、薄羽を持つ金色の光球が姿を現していた。彼女は、ボーグルに視線を移すなり、楕円形の目をすがめる。

『ボーくん。勝手に抜け出してはいけないと、いつも言っているでしょう。私もメルクリオも困ってしまいますよ』

 呆れながらも淡々と言い聞かせるルーナ。彼女に目を向けたボーグルは、心なしか縮んだようだ。さながら母と子である。

 ボーグルの体の端がもぞもぞと動く。少女の声が、つくりものめいたため息の音を紡いだ。

『そうですね。遊びたかったし、みんなに驚いてほしかったんですよね。でも、それは大図書館の中だけにしてください。外でやりすぎれば、あなたが傷つけられるかもしれませんから』

 ルーナの言葉に、ボーグルが再び縮む。両者を見比べていたエステルは、おずおずと精霊の前で視線を留めた。

「やっぱり、遊びたかったんだ」

『そうみたいです』

「でも……なんで私だったの?」

 学校内でも何やら悪戯をしたふうだったが、最初の「悪戯」はエステルの頭上に本を落とすことだった。

 ルーナはふむ、と呟いて、両目をボーグルの方へ動かした。黒い塊の端が細かく動く。そのたび、ルーナの薄羽が震えた。相槌を打っているようだ。

『エステルからほんのりと番人のアエラを感じたので、思わずちょっかいをかけてしまったそうです。いっぱい追いかけっこをしてくれて嬉しい、とも言っています』

「あ、あはは……」

 答えの後半を聞いて、エステルは乾いた笑いを漏らす。予定外の仕事を早く終わらせたかっただけなのだが、ボーグルにとっては遊びだったらしい。

「あれ? でも、番人のアエラってどういうこと?」

 答えの前半を噛みしめ、エステルは首をひねる。ルーナが彼女のまわりをひらりと舞った。

『グリムアル大図書館に出入りしているうちに、残り香のようなものが移ったんでしょうね。いつも彼が魔法を使っていますから』

 そういうこともあるものなのか。感心してうなずいていたエステルはけれど――自分のものではない足音を聞いて、顔を上げた。

「〈封印の書〉第千八百一番、『さびしがりやのボーグル』」

 同時、愛想に乏しい声が独特な呪文を紡ぐ。

 エステルとルーナは瞠目し、ボーグルが瞳を輝かせた。

 中庭と校舎を繋ぐ扉の方から、メルクリオが歩いてくる。彼の手には、小さな緑色の冊子があった。彼は全員の視線を受け止めると、あいた手で頭をかいた。やはり眠そうな表情である。

「メルク!?」

「おー。世話かけたな、エステル」

 いつもよりぼやけた声で答えた少年は、あくびをかみ殺した。

「それは全然気にしてないけど、仕事は?」

「終わった。というか終わらせた」

「お、終わらせたって……」

 メルクリオは、頬をひくつかせるエステルのそばを平然と通り過ぎる。そして、小さな魔族の前に立った。

「ボーグル」

 魔族の名を呼ぶその声は、いつもの彼と変わらない。

 黒いからだが小刻みに震える。エステルは思わず息をのんだ。

 張りつめた沈黙。その中で、灰青の瞳が細められた。

「ごめんな」

 静寂の中庭にこぼれ落ちた、かすかな謝罪。

 それを聞いて目をみはったのは、エステルだけではない。ボーグルも、元々大きな両目をさらに開いていた。

 ボーグルにほほ笑みかけた番人は、そのからだを受け止めるように、両手を揃えて差し出す。

「俺やルーナと遊びたかったんだよな。それなのに、ひと月もふた月もほったらかされたから……さみしくて飛び出しちゃったんだよな」

 ボーグルの両目がうるむ。彼が手に飛び乗ると、メルクリオは額を少し近づけて、悪かった、とささやいた。

「ちゃんと一緒にいる時間を作るよ。だからさ、さみしいときは大図書館を飛び出す前に教えてくれ。俺のところに来てくれ。な?」

 ボーグルの瞳が上下する。どうやら、うなずきの代わりらしい。「よし」とメルクリオが相好を崩した。

「学校に出てくるのはだめだからな。館長や新しい助手を困らせたくない」

 ボーグルが小さく跳ねる。大きな瞳が、きょろりと動いてエステルを見た。

「そう。この子は番人の助手、グリムアル大図書館の一員だ」

 どうやら「助手」の一言に反応したらしい。メルクリオが補足すれば、ボーグルは嬉しそうに跳ねた。その反応がなんだかこそばゆくて、エステルは頬をかく。

 メルクリオは少しの間、喜ぶボーグルを見つめていたが、彼の反応が落ち着くと抱えていた冊子を取り出した。

「大図書館に戻ったら、もう少し話をしよう。とりあえずは〈封印の書〉に入っててくれ。これ以上、誰かに見られたら大変だからな」

 メルクリオが冊子を開くと、ボーグルは両目を上下に動かし、自分から冊子の方へ飛び込んだ。古びたページが輝き、黒い塊を覆って吸い込む。

 ボーグルの姿が消えると、メルクリオは冊子を閉じて小脇に抱える。細長く息を吐き、エステルたちの方を見ようとしたらしい。けれど、その拍子にふらついて、目もとを押さえた。

「メルク!」

 エステルは、少年の方に駆け寄った。肩を支えて、のぞきこむ。メルクリオは、彼女の視線から逃れるように顔を背けた。

「へいき。ただの立ち眩みだ」

「それは平気じゃないよ! 休んで休んで!」

 エステルはぎょっとして、メルクリオを強引に座らせる。ぐいぐいと引っ張られた本人は、抗う力もないのか、されるがまま草地の上にへたり込んだ。

 うつむいてうなるメルクリオのもとへ、ルーナがすいすいと飛んできた。楕円形の目がいつもよりわずかにつり上がっている。

『メルク……。あなた、自力で転移魔法を使いましたね?』

 精霊の言葉に、顔を上げたメルクリオがうっとうめく。一方、エステルもつぶれかけたカエルのような声を上げてしまった。

「……なんでわかった……」

『大図書館からここまで、この短時間で歩いてこられるわけないでしょうが』

 言われてみればその通りだ。エステルは、番人と館長をおろおろと見比べる。館長が薄羽を張り、厳しく番人を見つめていた。

『寝てない体で魔法を使うこと自体危険なのに、よりにもよって転移魔法ですか。おばかさんですか。粉々になりたいんですか?』

「……悪かったよ」

『あなた、以前のエステルの無茶を怒れる立場じゃないですよ。頭を冷やしなさい。というか寝なさい』

「ハイ」

 お小言を浴びせられている少年は、すっかりしおれてしまっている。言い返す元気もないらしい。ルーナは目を思いっきり狭めてぼやいた。

『〈封印の書〉の魔族のこととなると、すぐ無茶するんですから』

 ぴんと張った薄羽で、黒い頭をぺしぺしと叩く。そうしてから、ルーナはエステルの方を見た。

『エステル。申し訳ないんですが、コルヌを呼んできていただけますか?』

「あ、う、うん」

 エステルはうなずいた。しかし、直後に授業のことを思い出してうろたえる。

「あ。でも次、タウリーズ先生の授業だ」

『あー……それなら、授業が終わってから連れてきてください。それまでメルクは私が見張っていますから』

「わかった」

 エステルは今度こそ力強く答えて、ローブの裾をひるがえす。その後ろから、小さくメルクリオたちの会話が聞こえてきたが、内容までは聞き取れなかった。

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