第4話 帰結
パペルステラの宇宙船はパミクステラに引き寄せられる形となり、地表へと落下を始めた。宇宙船の外装には宇宙塵や星の破片などが付着し、内側から外側を見ることが出来なくなっていた為、パペルステラの者たちは状況を把握することが不可能であった。それでも宇宙船は激しく揺れていた為、船員たちは恐怖を感じており、それぞれ何かを祈るような素振りを見せていた。
彼らの宇宙船は傍目には巨大な隕石のようであり、パミクステラから見れば危険な物体であったが、近くに動物の姿は見られなかった。そうして宇宙船はパミクステラの地表へと衝突し、衝突面では激しい衝撃が発生した。衝突により、大きなクレーターが形成され、その中心には宇宙船があった。宇宙船は衝突により前方の部分がへこんでいたが、どうやら内部には被害が殆ど無かったようであった。宇宙船内にいた者たちは衝撃の強さから、何処かの星に衝突したと考え、宇宙船の外へ出て状況確認をしようとした。
普段の出入り口が使用不可となってしまったので、モノゴリウスたちは兵士たちに命令し、宇宙船に穴をあけ、外に出た。彼らは戦闘の用意を整えており、星に住む者たちと戦う気満々であった。コミュルドはそれを見て嫌な顔をして、彼らに聞こえるように言葉を発した。
「そんな姿を見せれば、誰も協力してくれない。まずは私が交渉するから」
「あなたに何が出来るのですか?邪魔です、下がっていて下さい」
兵士たちの言葉はそれなりに丁寧であったが、態度は悪く、明らかにコミュルドを見下していた。コミュルドは静かにモノゴリウスへ視線を移したが、モノゴリウスはじっと兵士たちの作業を見ており、コミュルドへ目線を向けることは無かった。兵士たちが宇宙船に穴をあけ終えるとモノゴリウスは一番に外に出て、それに続いてダリヌメアや兵士たちも続々と外の世界へと足を踏み入れた。
彼らが外に出て一番に見たものは青々とした空であった。彼らは普通の空ですら、久しぶりであったが、この時の空は彼らが見たものの中で一番美しかった。彼らは空をしばらく眺めると視線を下に落とした。衝突により地面はボコボコで、周囲はクレーターとなっていた為、彼らはこの星がどのような所なのかわからずにいた。しかし、巨大な宇宙船が衝突したというのにクレーターは小さく、被害も殆ど無かったので、彼らは不思議そうにしていた。
モノゴリウスは周囲の探索を開始し、クレーターの外へと移動した。彼らはそこで果てしなく続く、緑の大地を見ることになった。その木々の多さは彼らがこれまで訪れたどの星よりも優れ、近くにあった湖や川の水は底がはっきりと見えるほど透き通っていた。それらの光景を目にしたモノゴリウスたちは呆気に取られており、後から来たコミュルドたちも同じ様に驚いた。彼らの目の前には豊かな大地が広がっていたが、何故か生物の姿は見当たらなかった。コミュルドはそれまで見せたことも無い程、喜びに満ち溢れた顔をしていたが、モノゴリウスはただ驚いているばかりであった。コミュルドはモノゴリウスに駆け寄り、うれしそうに話しかけてきた。
「この光景、君にも見えているだろ」
「あぁ……」
「良かった、幻じゃない。きっと私たちの願いが通じたんだ」
「この星は何だ?これ程豊かであるのに誰も居ないのか?」
「そんなことはどうだっていいじゃないか。これで君たちも無茶な真似をせずに済む。やっと、私たちが住めそうな星を見つけたんだ」
そう言いながらコミュルドは涙を流していた。そこでモノゴリウスは久しぶりにコミュルドへ目を向けることになった。彼は申し訳なさそうな顔をして彼女に言葉を投げかけた。
「今まですまなかった。俺は皆を生かすことに集中し過ぎて、君に酷い事をしてしまった」
「いいんだよ、そんなこと。……だから昔みたいに皆で一緒に仲良くしていこうよ」
「そうだな、君が良ければ……」
「これで決まりだね。……これからはずっと一緒にいようね」
二人は見つめ合って互いに優しく微笑み、抱擁を交わした。それに倣ってこれまで考えを異にしていた者たちも抱擁を交わし、仲直りをした。しかし、ダリヌメアや一部の者たちは形だけの仲直りをしただけであり、彼女らは何かまだ企んでいるようであった。それでも宇宙船の者たちは表面的には一致団結し、モノゴリウスの一派であった者たちは武器を放棄し、皆で周囲の調査を開始した。
とは言え夜が近かったので、調査は殆ど行われず、彼らは久しぶりに大地の上で夜を過ごすことになった。皆が地面に寝転がり、いびきをかいている中、コミュルドはモノゴリウスと二人で会話をしていた。
「ここには本当に生物がいないのだろうか?」
「もしも生物たちがいたらどうする気なのさ?」
コミュルドは何だか悲しげな顔で質問を返してきたが、モノゴリウスは彼女の不安を打ち消すような笑顔で返答した。
「話し合うだけだ。武力を用いて奪い合いの戦をするつもりは全くない」
その答えを聞いたコミュルドは再び明るい顔になったが、なら何故宇宙船内であんな事をしていたのか気になったようで彼に質問した。
「あれか……正直あの時の俺たちの状況は最悪だった。それをそのまま放置しておけば、俺たち同士で争いが起こりそうだったからな。取りあえず、張りぼての目標を持たせて彼らの軽挙妄動を抑え込もうとした。君にも酷い事を言ってしまったが、あれも本心では無かった。どうか許してくれ」
「いいよ。その言葉を聞いて安心したよ。それよりも、こんな豊かな星があるなんて夢みたいだ」
「俺もだ。これだけ豊かな星なら、きっと俺たちを受け入れてくれるはずだ」
二人は同じ気持ちであったようで向かい合って微笑んだ。その後二人は今後について話し合いながら夜を過ごしたのであった。
翌日、コミュルドとモノゴリウスは二手に分かれて星の調査を始めた。彼らが元々住んでいた星パペルステラは神族の脚力ならば一日で赤道を一周することが出来たが、この星ではそうはいかなかった。彼らは行ける所まで行くと元来た道を戻り、宇宙船の落下地点へと戻った。彼らは合流後、情報を共有し、会議を開いた。
「この星の噴出口のエネルギーは途轍もないものです。ここに着いてから一日と少しですが、我々は皆元気いっぱいです。さらにあちこちに噴出口のエネルギーが結晶化した物質がありました。これは他の星では滅多に見られないものです」
「我々が今日移動した距離はこの星のほんの一部だと思われます。また、この星の環境はとても快適なもので、植物も見事な成長具合です」
「この周囲には動物が生息しておりませんが、宇宙船の衝突を受け、遠くに移動してしまった可能性があります。それでも星の広さの割には動物の数が少なすぎますね」
このように研究者たちが続々と発言した。彼らが最初に感じたようにこの星がとても豊かであることが確定したが、彼らの移動範囲が狭く、まだまだ情報を集める必要があった為、彼らは宇宙船の傍を離れ、遠出することになった。そして話し合いの結果、コミュルドが探索隊を率いることになり、モノゴリウスは宇宙船の近くで待機することになった。
コミュルドが捜索隊を率いて出発した後、モノゴリウスにダリヌメアが言い寄って来た。
「なぜ、コミュルドに従っているのですか?彼女は指導者に相応しくありません」
「彼女の希望に満ち溢れる姿を見ていなかったのか。あの姿こそ我らの指導者に相応しい」
「そうですか……」
モノゴリウスはコミュルドに賛辞を送っており、その時の彼の表情は明るく、目には光が宿っていた。ダリヌメアはその様子を見て、これは無理だと判断し、すぐにその場を立ち去った。
一方、探索隊を率いるコミュルドは未開の地を少しも恐れず、前進を続けていた。彼らは一夜を過ごした後、森の中を進み、生物の痕跡らしきものを発見した。それは巨大な足跡であり、彼らの足跡の十倍程の大きさであった。彼らは足跡の発見に驚いていたが、近くで巨大な排泄物も発見した。これによりこの星に彼ら以外の生物が存在している可能性が高まったが、中々姿を見せなかった。
その日、様々な発見があったが、夜が近くなってきた為、彼らは野宿の用意を始めた。その時、コミュルドは空を横切る巨大な黒い影を目撃した。彼女は1人でその影を追い始め、ある程度移動した影は飛行を止め、大地へと着地した。コミュルドは息を切らしながらも追いつき、影の正体を確かめようと目を凝らした。
その生物は短い爪を持った四本足で大地を踏みしめ、体には無数の鱗が生えていた。背中からは大きな翼が生えていたが、折りたたまれており、頭部は前方に突き出していた。その生物が欠伸のような事をした時に見せた口の中にはそれなりに鋭い歯が並んでいた。総じて体が大きく、どこか恐ろしげな様子であり、コミュルドは呆気にとられていた。
その生物はぼんやりとしていたが、やがてコミュルドに気付き、大きな緑色の眸を彼女に向けた。コミュルドはその生物と目が合ってしまったが、一歩も動けず、体は震えていた。その生物は体をコミュルドの方へ向け、彼女を食べてしまうのではないかという程の大口を開き、こう言った。
「わしの歯になんか挟まっておらんかの?」
コミュルドは恐怖によって動けなくなっていたが、思いがけない言葉に思わず驚いてしまい、変な声を上げた。
「えっ!?」
「聞いておるのか。そこの小さいの」
「……私ですか?」
「そうじゃ。わしの歯に何か挟まっているようなんじゃが、自分じゃよくわからなくての。ちょっと見てくれんか?」
言われるがままコミュルドはその生物の口の中を確認した。すると歯の間に金属のようなものが挟まっているのを発見した。彼女がそれを伝えるとその生物はそれを取ってほしいと言ってきたので、彼女は恐る恐るそれを引き抜いた。口の中の異物感が無くなったその生物は彼女に感謝し、すぐにその場を立ち去ろうとしたが、コミュルドはその生物を呼び止め質問した。
「君はなんて言う生物なんだ?」
「竜という生物じゃ。そしてわしの名はセレイドルムという」
「竜?……セレイドルム、君の仲間はたくさんいるのかな?」
「もちろんじゃ。あっちを進んで行くとわしらの住処があっての。おぬし、会いたいのか?」
「うん、ぜひ……」
「そうか。なら明日こちらから会いに行くわい。それじゃ、またの」
竜族のセレイドルムはそう言って遠くへ飛び去って行った。コミュルドは今の光景が現実であったのか疑っているようであったが、彼女の手には竜の歯の間から引き抜いた金属があった。彼女はそれを見た後で辺りをぐるりと見回し、今の出来事が現実であったことをようやく理解した。彼女はそれまで魂の抜けたような顔をしていたが、徐々に好奇心に満ち溢れた明るい顔となっていった。彼女は探索隊の元へ戻り、今自分が体験してきた事を聞かせた。皆半信半疑の反応であったが、翌日彼らの元にセレイドルムが姿を現し、皆を驚愕させた。セレイドルムは彼らの反応を見て、少し笑っており、コミュルドは探索隊の者たちの前でドヤ顔をしていた。彼らは彼女の言葉を疑った事を軽く謝罪していた。
そうして彼らはセレイドルムの案内によって竜たちが暮らす土地へと向かったのだった。