俺が君の目になる。
幻に話しかけてからまあまあ日にちが経った。
最初の頃に比べれば、俺の話に興味を持ってくれたような気がする。
なにより、俺の方を向いてくれる回数も増えた気もする。
そんな日が、続いていた。
「へぇ、なかなかうまくいってるじゃないですか」
「兄さんにしては良いペースじゃない?」
「俺にしてはって何だよ」
「細かいことは気にするなよ」
「それにしても、幻さんがお姉さん達以外に心を開こうとするだなんて……」
「幻も誰かと話したかったんだろう」
「兄さんが圧かけてるだけなんじゃないの〜?」
「ぶっ飛ばすぞ」
「にひひっ、兄さんをからかうのは楽しいなぁ」
「幻さんだけではありません、貴方にも変化が見られますよ」
「俺に?」
「ええ。転校初日に比べれば、だいぶリラックスできてるんじゃないんですか?」
「そりゃまぁ…一ヶ月は経ったし……」
「それじゃ、僕たちここのクラスだから」
「おう、またな」
「幻さんとの良い報告、期待していますよ」
「ああ、任せとけ」
俺は数歩歩いて
「………ん、良い報告?」
次の日。
「お、エルドラドじゃん。今日も登校できたね偉い偉い」
「バカにしてんのか。っと、お前らはお前らでなんか話してたってわけか。初めましてな人もいるわけだが」
「そうですね、こうして話すのは初めてですね。私は朝霧 神居と言います」
「エルドラドだ。まぁあの時自己紹介したから知ってると思うが、ふぃーーーー」
俺は全体重を椅子にかける。
「だらしないね、何かあった?」
「おれはいつもこうだぜ。な、幻?」
「………(首を縦に振る)」
「ほー、流石隣に座ってるだけはあるじゃん。まぁ貴方がだらしないとかはどうでもいいんだ」
「なんだ?」
「幻が、貴方と話したいんだってさ」
「マジで!!?」
せっかく座ったというのに、俺は勢いよく立ち上がっていた。
「…………(首を縦に振る)」
「本当に珍しいことですよ、幻さんから話したいと申し出てきたんですよ」
「というわけだから、休み時間でも放課後でも…好きな時間使って話すといいよ。二人きりになれる場所、でね」
「ああ、じゃあ放課後屋上で………」
「そっか、じゃあ私が幻を屋上に連れて行くよ」
幻が自分から話したいこと………何なんだろうな。さっきの空気からして……重い話なんだろうか。幻は楽しそうな素振りを見せないし、やっぱ重いのかな。
放課後、俺は約束通り屋上へ。
「来たね」
「まあな」
「それじゃあ、とりあえず私は姉さんのところに行こうかな。幻のこと頼んだよ」
「任せとけ」
「………それで、話っていうのは?」
「…………貴方になら、話しても大丈夫な気がしてさ」
俺は、初めて彼女の声を聞いた。見た目通りの声というか、愛らしい声の持ち主だった。
「目が見えない私を………姉さん達以外で構ってくれたのは貴方だけだったよ。だから、話してもいいかなって」
「なるほどな」
「近くに居るんだよね?隣に座りなよ」
「! わかった……」
……なんで今更緊張してるんだ俺は。
「……これでいいのか」
「ありがと」
にこ、と幻は笑みを浮かべた。
幻が笑っただとーーー!!!?落ち着け、落ち着くんだ俺。
「それじゃあ………私が入学した頃から話そうか………」
入学した時から、周りの男子からたくさん告白されたんだよ。あまりの人気っぷりに私も有頂天だったんだろうね。それで……他の女子達はそれが気に食わなかったらしくてね。人気のない場所に呼ばれては、いじめられたんだ。それだけならまだマシだったんだ、知ってるでしょ?いじめっていうのはエスカレートするんだ。やがて、みんな武器を持ってさ…思いつくようなことは全部されたと思うよ。でも、姉さん達が居てくれたからなんとか我慢できたんだ。
……もう、あの時何をされたのかあんまり思い出せないけどさ……カッターで目をグシャグシャにされたんだ。一瞬で何も見えなくなったんだ。覚えてるのは……死ぬほどの苦痛で……悶絶して地面を転げ回ったくらい………強い血の匂いがたくさんしたよ……目が潰されたんだなって感じたよ………
「ちょっと待って聞いただけで目が痛くなってきた……」
「それが普通の反応だよ。それから、私は学校に行かなくなった。楽しいものが見えなくなったから。もう……姉さん達の顔が見えなくなったから」
「………幻」
「でもね、姉さん達のおかげでまた私は学校に来てるんだ。これが、私の目が見えない理由だよ」
「……幻」
俺は立ち上がって訴えるように
「幻、俺は一度きりの高校生活をお前に楽しんでほしいんだ。だからさ、俺はお前が学校が楽しいと思えるように努力する。俺がお前の『目』になるよ」
「かっこいいこと言うんだね、容姿が気になるなぁ」
「そんなに期待しないでくれ、俺はどこにでも居るただのドラゴンさ」
「ドラゴン、か。聞いたことないな…」
「マジか、俺の居た場所はたくさん居たんだぜ」
「そうなんだ。ふふふ、それじゃいつか……貴方の故郷に行こうかな」
「おう、いつでもウェルカムだぜ。その時は、案内するよ」
「うん……いつかね……」
「エルドラド、昨日はどうだった?」
寂滅が俺に話しかけてくる。
「幻のことを知れてよかった」
「そっか。あれは幻にしか理解できない苦痛だからさ」
「お前も姉ならちゃんと妹を労れよ、それに最後は雑談して盛り上がったしな」
「少しはやるってわけか……」
「お前俺のこと甘く見過ぎじゃね?」
「そう見られても仕方ありませんよ」
「か、神居まで…」
「頼り甲斐なさそうですし」
「そうそう!」
「俺もう泣いていいですか?」
昼休憩も終わりそうになり、午後の授業の準備をしていた。
「にしても、次は体育か」
「体育?やったー」
「寂滅さんは体育大好きでしたよね」
「狼のようにフィールドを駆け回るのだー!」
はしゃぐ寂滅の横で幻が言う。
「私も運動には興味あるんだけどね」
「幻には厳しいよな………」
「球技は好きな方なんだよ?」
ちょっと残念そうな表情を浮かべる。階段の前まで来て、寂滅が言った。
「それじゃ幻、今日も訓練しよっか!」
「訓練?」
「階段を一人で降りられるようにする訓練ですよ」
「本人ご所望の訓練なんだ」
「なるほどな」
幻がゆっくり一歩ずつ足を進める。
「………………」
「おっ、順調順調!」
順調ではあるが……ギリギリじゃないか。いつ躓いてもおかしくないぞ………
「…あ」
幻が足をひっかけて………
「危ない!!」
ドゴゴゴゴッ
「いって〜……ケツやったわ……おい幻、怪我はないか?」
「…………」
俺はとっさに幻を抱きしめてそのまま共に階段から落ちた。幻に怪我はないみたいだ、被害を受けたのは俺のケツだけってことだ。
「……どうした?どこかやったのか?」
「エルドラド〜、いくら幻が好きだからって抱きつくのはどうかと思うよ〜」
「いや、幻が階段から落ちそうに…!」
「これは……なんとも言えませんね〜…」
「……離して」
「お、おう…」
幻はよたよたと立ち上がると
「早くしないと授業に遅れちゃう……」
「ふふふ、そうだね」
「姉さん、お願い」
「お姉ちゃんに任せなさいっ!」
寂滅に担がれてそのまま校庭へ行ってしまった。
……俺は幻を助けたつもりだったんだがな………
「………来ましたね」
「来たね、変態兄貴」
「おいあのこと知ってるのかよ」
「当たり前だろ」
「なんでだよ、お前ら別クラスだろ」
「風の噂…ですかねぇ…」
「それに、僕達も彼女達と話すようになったしさ」
「そうなのか……あーあ、やってらんねぇよ……」
あんなのってアリかよ。
「まぁまぁ、そんなに気を落とさないでくださいよ。今日は別ルートから帰りましょう」
「それで気分が晴れると思ってるなら大間違いだからな」
「ぷくくくく、善意でやったのに勘違いされて可哀想な兄さんだこと」
「絶対可哀想だと思ってないだろ」
「お気になさらずに、今日この道で帰っているのも意味があるのですから」
「それじゃあ、目を瞑るんだ!」
「な、なんでだよ?」
「落ち着くためだ!」
「わかったよ、これでいいんだろ?」
俺は言われた通りに目を閉じる。
「僕らが良いって言うまで開けるなよ〜」
「なんで目を閉じるんだ……?」
「開けて良いよ〜」
アルカディアがそう言ったので、俺は目を開ける。
「ブフォッ!!!!????」
アルカディア達の代わりに居たのは幻だった。
「幻!?どうしてここに!!?」
「それじゃあごゆっくり〜」
「待てやお前らァ!」
二人が遠くでそんなことを抜かす。あいつら、あとで問答してやる。
「……………エルドラド」
「………なんだ」
「今日中に、どうしても言いたかった」
「何を…?」
「今日は、ありがとう。助かった」
「助けた……? ああ…階段の時か……被害受けたのが俺のケツだけでよかったよ。にしてもひどいよな、あの二人。俺はお前を助けたかっただけなのに」
「うん、わかってる。多分、あれは……」
「……?」
「……私ね、嬉しかったんだ。貴方に抱きしめられたことが」
「嬉しかった?」
「誰かの温もりを、久しぶりに感じたからさ……それにあの必死さ、貴方は本当に私を助けたかったんだなって。姉さん以外に抱きしめられたことなんてなかったし………だからお礼、言いたかったんだ」
「そうだったのか」
「それじゃあね……ありがとう……」
「……器用に、壁を伝って帰って行ったな。この辺りは慣れてるんだろうな。さて、気分も良いことだしなんか贅沢なもんでも食うとしますか!」
俺の高校生活は、まだ始まったばかりだぜ!
……次のニュースです。人妖会合学校にて女子生徒数名が目に重傷を負って病院に搬送されました。カッターのような刃物が凶器とされています。女子生徒は命に別状はないものの、視力が元に戻るのは致命的だとのこと。警察は犯人の行方を……
「……目玉抉りたかったな」