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イラク

 イギリス領イラクの首都バグダッドから西へ90キロのユーフラテス川河畔に、イギリス空軍のハバニヤー基地があり、第237ローデシア戦隊の20機ほどのハリケーン戦闘機と、第244戦隊のブレニム爆撃機、カタリナ飛行艇が配備されていた。


 バグダッドのイギリス中東軍司令部は、西のレバノン、ヨルダンから現れるドイツ空軍機を警戒する一方、東は、インド、アフガニスタン、イランと、大英帝国の植民地や友好国が連なることもあり、ほとんど注意を払っていなかった。


 しかし、ペルシア湾に侵入した第3艦隊を発進した零式艦上戦闘機が、その東方から現れた。


 虚を突かれたハリケーン戦闘機隊は、その多くが地上に駐機したまま機銃掃射を受けて炎上し、なんとか離陸できた数機も、十分な高度を取れないうちに撃墜されてしまう。

 爆撃機や飛行艇までもが破壊されると、飛行場には複葉機のビンセントしか残らなかった。


 同じ頃、イランとイラクの国境付近を飛ぶ、陸軍100式輸送機の中で、挺身第2連隊の前原中尉が降下装備を点検していた。


 中尉が前回、オランダ領インドネシアのパレンバンにパラシュート降下した時には、拳銃とわずかな手榴弾しか身につけておらず、陸軍兵士としては丸腰に近い軽武装だった。


 日本陸軍空挺部隊にとって初めての実戦で、当時のマニュアルでは、パラシュートに絡みつくリスクを最小限に抑えるため、小銃や擲弾筒は物料箱に入れ、別のパラシュートで投下すると定めていたからだ。


 しかしその結果、物料箱を回収するまでの間、敵の攻撃に一方的にさらされ、反撃らしい反撃もできないまま死傷者が続出することになった。


 それを教訓として、今回は、シンガポールで鹵獲したイギリス製のサブマシンガンを脇の下に抱え、予備パラシュートの袋には、代わりに手榴弾を詰め込んでいた。


 対空砲の砲弾が炸裂する中、着陸脚を出してフラップを下げた100式輸送機は、一気に速度を時速200キロまで落とした。


 高度200メートル。


 機内に、降下準備のブザー音が鳴り響く。

 降下扉が開き、まず前原中尉が空中に飛び出した。

 それに続いて、部下の兵士たちも次々に降下する。


 眼下に広がるのは、シャットルアラブ川とカールーン川に挟まれた、イランのアバダーン島だ。

 ペルシア湾から50キロ遡上したところにあり、世界有数の石油精製設備を持つ。


 目を転じると、空のあちこちに、ゴマ粒のような人影が浮かんでいた。

 猛スピードで落下しているはずだが、同じ速度で落ちている前原中尉からは、左右にゆっくりと滑っているようにしか見えない。


 やがて、蒼い空に純白の絹の大輪が次々と花開いた。

 それを押しのけるように黒い爆煙が広がり、鋭利な破片がパラシュートを切り裂く。


 地上に近づくと、今度は敵の機関銃や小銃の銃弾が耳元で唸りを上げ、パラシュートに無数の穴を穿った。


 白絹のパラシュートは、瀟洒な見かけによらず抗堪性があり、めったなことでは破れないのが頼みの綱だ。


 着地すると、すぐに小隊を集結させた。

 アバダーンを目指して進撃を開始する。


 しばらくして異変を感じ、動きを止めて耳を澄ました。

 微かにエンジン音が聞こえる。


 アスファルトで舗装された道路を、トラックが5台走ってきた。

 先回りして、待ち伏せすることにする。


 至近距離まで接近したところで、飛び出して襲いかかった。


 不意を突かれて先頭車が急停止し、それを避けようと慌てて急ハンドルを切った2台目が横転した。

 残った3台のトラックは、サブマシンガンで威嚇して停止を命じ、乗っていたイギリス兵を捕虜にする。


 前原中尉は、これまでの経験から、火力に劣る空挺部隊が地上の守備隊と互角以上に戦うには、相手が戦況を把握できないうちに先手を打つことが肝心だと考えていた。


 捕虜から指揮所の位置を聞き出すと、鹵獲した4台のトラックに小隊を分乗させ、直ちにアバダーンの港湾施設へ突入を命じる。


 アバダーン守備隊は、トラックが襲われたことにすら気が付いておらず、イギリス軍のトラックに乗り、正門から入ってきたのが日本軍だとは、想像もしていなかった。


 真っ先に指揮所を奇襲、制圧されて指揮系統が混乱し、続いて降下した挺進第1連隊と第2連隊に防衛拠点を次々と落とされ、守備隊は降伏に追い込まれる。


 時を同じくして、海軍の空挺部隊である横須賀第1特別陸戦隊と第3特別陸戦隊も、アバダーンの石油精製所に降下し、占領した。


 これまで、ドイツ軍との共同作戦に消極的だった海軍が、今回参加に応じたのは、オランダ領インドネシアの作戦で、陸軍の手中にした油田が、世界有数の産出量を誇り、日本全体の需要を賄えるほどの規模だったのに比べ、海軍が押さえた油田は、艦隊が1回の海戦で消費する量にも足りない小規模なもので、新たな権益の確保を迫られていたからだ。

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