カサブランカ沖 2
第3艦隊第2航空戦隊旗艦、空母「隼鷹」の搭乗員室で、谷飛行兵曹はうたた寝をしていた。
搭乗員整列の発令も知らずに眠り込んでいて、探しに来た整備員に起こされ、やっと目を覚ました。
慌てて飛行服をつかみ、袖を通しながら階段を駆け上がる。
飛行甲板に出た頃には、他の機の搭乗員達は皆、飛行機に乗り込んでいた。
99式艦上爆撃機の側で、谷飛曹を待ちかねていた偵察員の清原飛曹は、思わず声を荒らげた。
「こんな時に、一体どこで何をしてたんだ!」
「搭乗員室で休んでたら、ついうとうとしてしまったんだ。ところで、どこへ行くんだ?」
「敵機動部隊だ」
「それなら、指揮所に行って位置を聞かなきゃ」
「もう聞いてあるよ。敵と味方の位置を書いておいた」
清原飛曹は、そう言って図板を谷飛曹の手に押しつけた。
攻撃隊の出撃を前にした「隼鷹」艦長の訓示は、異例なものになった。
「この戦いは、今次世界大戦における空母対空母の最後の決戦になる。
戦史に残る海戦に参加できることは、本官の誇りとするところだ。
珊瑚海海戦をはじめとして、ミッドウェー海戦、ソロモン海戦、幾多の戦いで、歴戦の勇士が次々と斃れていった。
そして、彼等を継ぐべき諸君の訓練期間は、戦局の逼迫により大幅に短縮され、限られた時間に多くの課程を詰め込んだ、過酷なものとなった。
だが諸君は、よくそれに堪えた。
同じ条件の相手なら、間違いなく世界最強だ。
この隼鷹もまた、たとえ最後の一艦となっても敵艦隊に突入し、刺し違える覚悟だ。
諸君の武運を祈る」
谷飛曹は、艦長の心中がよくわかった。
普段なら、勇壮な言葉を連ねて鼓舞するはずの訓示の中で、あえて訓練の不足に触れたのは、我々ベテランの思いを汲んだものに違いない。
実戦に初めて参加する若い搭乗員たちは、連戦連勝だった先輩たちのような輝かしい戦果を、自分も挙げられると無邪気に思い込んでいる。
だが、空母航空戦は、そんなにたやすいものではない。
編隊飛行も覚束ないありさまで、そもそも敵艦隊上空まで辿りつけるのか。
戦闘機の迎撃や艦艇の対空砲火を突破できるか。
運良くそれを潜り抜け、攻撃を果たしたとしても、むしろそこからが難関だ。
激戦の最中でも機位を失わず、何の目印もない海の上を、風の影響も考慮しながら、コースを外れることなく、長時間飛び続けなければならない。
母艦までたどり着けずに海に落ちれば、それはすなわち死を意味する。
せめてあと数か月あれば、最低限の技量は身につけられただろう。
だが、切迫する戦局がそれを許さない。
彼らのうち、何人が生還できるだろうか。
谷飛曹にも、その答えは見つからなかった。
空母「隼鷹」を飛び立った艦爆隊は、「飛鷹」の部隊と合流し大西洋の空を一路南へ向かう。
偵察機から報告のあった海域に入り、わずかな雲の切れ間から下を覗き込んだ。
なんと、真下に敵の輪形陣が見えるではないか。
大きく迂回し、敵艦隊の進路や速度を確認する。
清原飛曹が、受信した命令を読み上げた。
「突撃準備隊形作れ」
編隊を解き、縦一列の単縦陣となる。
同じ方向から一列になって突入すれば、最近やけに正確になってきた敵の対空砲火に狙い撃ちにされる危険があるが、前方の機についていくのがやっとという、ひな鳥たちと一緒では、この戦法以外に選択肢はない。
谷飛曹は、膝頭の武者震いが止まらなくなり、大きく深呼吸して気を落ち着かせた。
「清原飛曹、目標を頼む」
「よし、行こう」
濃紺の海に、白い航跡がのたうち、うねっている。
清原飛曹が叫んだ。
「ト連送!突撃せよ!」
指揮官機が機首を下げて急降下に入る。
それと同時に、敵艦隊が対空砲を撃ち上げてきた。
鳥の大群が、物音に驚いて一斉に飛び立つようだ。
「清原飛曹、我々も急降下に入るぞ」
「高度5000」
爆撃照準器の中心に、空母の飛行甲板を捉えた。
「高度4000」
「高度3000」
転舵しようとする動きに合わせて、修正を加える。
「高度2000」
「高度1000」
「高度600、ヨーイ」
「高度400、テーッ!」




