東京 7
時を少し遡る。
軍令部総長と連合艦隊司令長官を兼任する、米内光政大将が体調を崩した。
高齢にもかかわらず、激務を続けたためだ。
そこで、連合艦隊司令長官のポストを、小沢治三郎中将に譲ることになった。
第3艦隊の新たな司令長官には、第1航空戦隊司令官の山口多聞少将が抜擢される。
海軍省3階の連合艦隊司令部に入った小沢中将は、さっそく、海軍の諮問機関である「ブレーン・トラスト」の大学教授から、今次大戦の現況についてブリーフィングを受けることになった。
教授は、陸軍省のシンクタンク、「戦争経済研究班」のメンバーでもあり、陸海軍双方の戦況分析に通じている。
「連合国の弱点は、イギリスです。戦争継続に必要な物資が15%不足し、それをアメリカからの支援物資でなんとかしのいでいるのが現状で、大西洋の補給線を断たれたら力尽きます。
ドイツもそれは十分承知していて、Uボートが毎月65万トンの輸送船を沈めていますが、敵もさるもの新造船を続々と竣工させ、船腹量の増減は拮抗し、顕著な影響が出るにはいたっておりません。
このままでは膠着状態が続いてしまいますし、今後、イギリスが独航船方式から、護送船団方式に切り替えた場合、Uボートだけでは対処しきれなくなる懸念もあります。
ドイツ軍のイギリス本土上陸作戦に期待する向きもありますが、ロシアとの戦いが正念場を迎えている今、その余力はないでしょう。
それに対してアメリカは、不景気で遊休設備と失業者が有り余っており、それを稼働させるだけで生産を大幅に増やすことができます。
来年になれば、米国の造船所から新型輸送船が続々と進水すると見込まれ、そうなってしまっては、もはや手の施しようがありません。
速やかにイギリスの戦意を挫き、講和のテーブルに着かせる必要があります。
そのためには、有力な水上艦をもって大西洋に進出し、膠着状態のバランスを崩すとともに、護送船団の芽を摘むというのも、一案ではありますまいか。
そうなれば、英国は選択の余地を失うと思われます」
連合艦隊司令長官を拝命するに当たり、天皇から「年内に戦争を終結せよ」との厳命を受けた小沢中将は、熟慮の末、水上部隊による大西洋通商破壊戦を決意した。
小沢自身、インド洋で水上部隊を率い、通商破壊戦に従事した経験もある。
だが問題は、誰に任せるかだ。
インド洋で痛感したのは、海軍の指揮官の多くが、艦隊決戦こそ武人の本懐と思い込み、輸送船への攻撃など命を懸けるには値しないと感じていることだ。
そんな連中に委ねたりしたら、通商破壊の任務をそっちのけにして、主力艦を血眼になって追い回しかねない。
自ら陣頭指揮を執れるならまだしも、連合艦隊司令長官が太平洋を留守にして大西洋まで出張るわけにもいかないとなると、戦略眼、戦術眼ともに全幅の信頼を置ける司令官を選び、気心の知れた参謀にサポートさせる必要がある。
そう考えると、その条件を満たすのは、第3艦隊しかなかった。
小沢中将の後任である山口多聞少将は、海軍兵学校では1期先輩に当たる角田覚治少将をして、「彼の指揮下でなら、喜んで一武将として戦ってみたい」と言わしめるほどの逸材だ。
とはいえ、第3艦隊は日本海軍の切り札だ。
大西洋進出を敵に悟られてはならない。
小沢中将は、連合艦隊首席参謀の竹内大佐に対策を命じた。
竹内大佐は、大掛かりな謀略策を立案する。
まずインド方面に、日本軍がインパールに続いて、セイロン島へ上陸するというデマを流し、第4航空戦隊の空母「飛龍」、「雲鷹」、「大鷹」に、コロンボやトリンコマリーなど、主要都市への空襲を繰り返させる。
スエズ運河方面には、燃料不足に苦しむドイツ軍を助けるため、インドネシアの石油を満載した大型タンカーの船団が地中海に向かっているという偽情報を拡散する。
その上で、第3艦隊の空母「翔鶴」、「瑞鶴」、「隼鷹」、「飛鷹」、「瑞鳳」に、遠目にはタンカーに見えるような擬装を施す。
珊瑚海海戦で、日本の艦爆隊が米国のタンカー「ネオショー」を空母と誤認したことからヒントを得た、逆転の発想だ。
ロンドンの連合参謀本部の情報にあった、「巡洋艦に護衛された大型タンカーの船団」とは、実は第3艦隊の仮の姿だった。
この大遠征は、瓢箪から駒のような幸運にも恵まれた。
第3艦隊が地中海に入ると、独伊の海軍から空母機動部隊を見学させてほしいという要請があり、就役したばかりの最新鋭空母「飛鷹」の視察を許可したのだが、ドイツの技術将校がコンデンサーの不調箇所を発見し、火災を未然に防ぐことができたのだ。




