カサブランカ沖 1
1942年11月8日 モロッコ カサブランカ沖
連合国が反攻の第2弾として選んだ舞台は、北アフリカのモロッコだった。
ドイツ・アフリカ軍団の背後を衝き、海上封鎖されているジブラルタルを解放しようとするもので、10万を超える上陸部隊と、4隻の戦艦、5隻の空母が投入された。
部隊を率いるのは米陸軍のドワイト・アイゼンハワー大将、護衛艦隊を指揮するのは、米海軍のヘンリー・ヒューイット少将だ。
旗艦、重巡洋艦「オーガスタ」の艦橋には、ロンドンの連合参謀本部から、情報が続々と舞い込んでいた。
「日本の空母機動部隊によるセイロン島への空襲が、連日にわたって続いている。
インパールに続き、セイロン島への上陸が間近に迫る公算大」
「巡洋艦に護衛された日本の大型タンカーの船団が、スエズ運河から地中海に入った。
燃料不足に苦しむドイツ軍に、インドネシアから石油を届けるものとみられる」
ヒューイット少将はスタッフに言った。
「地中海を、いつまでも枢軸国の自由にさせてなるものか。
ようやくドイツの勢いに陰りが見えてきたにもかかわらず、またぞろ息を吹き返してしまう。
ジブラルタルも、このままでは風前の燈火だ。モロッコ上陸は、プロローグでしかない。
速やかに北アフリカと地中海を奪還すること、それこそが我々の果たすべき使命だ」
その時、艦橋に声が響いた。
「距離150キロ、敵機多数接近中」
「Ju87スツーカと思われます。ドイツ軍戦闘機の航続距離からすれば、直掩はないでしょう」
ヒューイット少将は命じた。
「爆撃機だけで空母に挑んだら、どうなるかを見せてやろう。
ジブラルタルに向かったP-40が、ちょうどいい位置にいる。行き掛けの駄賃に迎撃させよ」
実をいえば、護衛艦隊の5隻の空母、「レンジャー」、「サンガモン」、「スワニー」、「シェナンゴ」、「サンティー」には、いささか気がかりな点があった。
「レンジャー」は、いまや連合国に残された唯一の正規空母だが、太平洋で空母対空母の激闘が続いているにもかかわらず、大西洋に存置されたままとなっていたのは、それなりの理由がある。
対空兵装が手動旋回砲座のMk10 5インチ砲8門のみと貧弱で装甲も薄く、日本の空母機動部隊を相手にするには力不足とみなされていたのだ。
残りの4隻の空母、「サンガモン」、「スワニー」、「シェナンゴ」、「サンティー」は、珊瑚海海戦で日本軍の急降下爆撃を受け、大破炎上し沈没したシマロン級タンカー「ネオショー」の姉妹艦を改造した護衛空母で、排水量は日本の正規空母に匹敵し、対空兵装も水力旋回砲座のMk14 5インチ砲2門、20ミリ単装機関砲12基、40ミリ4連装機関砲2基と充実しているものの、装甲は無いに等しい。
加えて、元がタンカーで油槽に余裕があるのをいいことに、他の艦艇に補給するための燃料を満載していた。
下手に攻撃を受けると、思わぬ災厄を招きかねない。
しばらくして、P-40戦闘機隊からの無線電話が、スピーカーから流れはじめた。
「敵機発見。これより上昇し、上空を占位する」
「やつらは、まだこちらに気がついていない」
「敵が降下に入った!今頃気づいて逃げてようとしても、もう遅い。一網打尽にしてやる」
「おや、逃げないぞ?こちらに向かってくる!」
「急降下爆撃機は、そこそこ運動性があるからな。逃げきれないとわかると、歯向かって来る奴が時々いるんだ。窮鼠、猫を噛むというやつだ」
「変だな?爆撃機にしては、動きがやけに軽くないか?」
「スツーカじゃない!なんてこった。戦闘機だ。敵は戦闘機!」
「こいつら何者だ?いったい、どこから来たんだ?」
「機体に赤い丸!日本機だ!ゼロファイターだ!なぜゼロがここにいる!」
欧州戦線で戦うP-40のパイロットが受けた訓練は、高速を誇るドイツ空軍機の一撃離脱戦法をかわして、低空の格闘戦に誘い込むというものだった。
P-40は、最高速度こそドイツ機に劣るものの、旋回性能では優位に立つからだ。
だが今回、P-40が格闘戦に入ろうとすると、敵機は瞬時に視界から消え、気が付けば背後を取られ、旋回して逃げようとしても、振り切ることができない。
そういえば緒戦のフィリピンで、ゼロファイターに格闘戦を挑んだ米軍機が、散々な目に遭わされたという話を思い出した。
「しまった!こいつらと格闘戦で組み合うんじゃなかった!」
P-40は、零戦に対しては速度で優位に立つ一方、旋回性能では劣る。
零戦と戦うなら、ドイツ機とは逆に、高速を生かした一撃離脱戦法を採るべきで、決して低空格闘戦に応じてはならない。
気が付いた時には、もう手遅れだった。




