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ミッドウェー 6

 太陽はだいぶ傾いていたが、日暮れまでにはまだ時間があった。

 今日は、一日中戦闘に次ぐ戦闘で、ろくに食事もできていない。

 一段落ついたところで、空腹をいやそうと、「飛龍」艦上では握り飯が配給された。


 空はよく晴れて、上空にわずかに白く薄靄がかかっている。

 握り飯をかじりながら、見るともなく空を見上げていると、塵のようなものが動いた気がした。

 見つめると消え、瞬きするとまた現れる。


 見張りを命じられた空域とは離れていて、休憩時間でなければ眺めることもないだろう。

 やがて、それがはっきり見えてきた。


 間違いない。

 敵機だ。


 かじりかけの握り飯を放り出して叫んだ。

「敵機、本艦の真上!急降下!」


「打ち方はじめ!」

 高射砲と機関砲が唸りをあげる。


 加来艦長の指示が飛んだ。

「面舵一杯、最大戦速」


 対空監視員が叫ぶ。

「爆弾投下!」


 加来艦長は、敵機の爆撃コースを冷静に読み切り、巧みな操艦で回避した。

 爆弾はすべて後方に落下し、次々と巨大な水柱を上げる。


 狙いを外したのは、「エンタープライズ」のSBDドーントレス隊で、それを見て狂喜乱舞したのは、撃沈された「ヨークタウン」の急降下爆撃隊だ。


 母艦の仇を取りたい一心で、艦隊司令部に「飛龍」への復讐を懇願したが、無情にも却下、戦艦や巡洋艦を目標とするよう指示され、ふてくされた彼らは、お手並み拝見とばかりに高みの見物を決め込んでいたのだ。


「エンタープライズ」隊の攻撃が全て失敗に終わったことを見て取ると、「ヨークタウン」のSBDドーントレス隊は、無断で目標を「飛龍」に変更、太陽を背に南西方向から単縦陣で急降下した。


 それに対しても、加来艦長は水際立った操艦でかわし続ける。

 4機目までは。


 5機目のSBDドーントレスが、空中分解も覚悟の急旋回で、背面飛行のまま爆弾を放つという、決死の離れ業を演じた。


 その爆弾は、「飛龍」の前部エレベーターを直撃する。

 爆発の衝撃で、エレベーターがスローモーションのように浮き上がり、艦橋に激突した。


 艦橋が地震に襲われたように揺れ、窓ガラスが粉々になって飛び散った。

 山口少将も破片を浴び、顔面から鮮血が滴り落ちる。


 続いて3発の爆弾が、艦橋から前部飛行甲板にかけて着弾し、衝撃波に弾き飛ばされた鋭利な刃物のような金属破片が、周囲の乗組員をなぎ倒した。


 だが、艦橋に倒れかかったエレベーターが、偶然にも盾のようになって、山口少将以下の艦橋スタッフを破片の嵐から守った。


 空襲が終わり、米軍機が去ったところで、加来艦長が指摘した。

「艦が旋回している。回避運動はもういい。直進に戻せ」


 機関参謀の永山少佐が答えた。

「発電機が被弾して、電動の操舵装置が動かなくなったようです。バッテリーに切り替えます」


 舵が利き始めると、「飛龍」は再び30ノットの高速を取り戻した。


 ところが、かえって困ったことになった。

 速度を出せば出すほど、火が風に煽られて燃え広がり、消火作業が一向に進まないのだ。


 加来艦長は主機を止め、停船するよう命じた。


 飛行甲板の消防ポンプの多くは電動式で、電源喪失のため無用の長物と化していた。

 蒸気式の消防ポンプもあるにはあるものの、それだけでは水量が不足する。


 結局、石油缶を切って作ったバケツで海水を汲み上げ、リレーして火にかけては、濡れたマントレットで叩くという、前時代的な人海戦術に頼るしかなくなった。


 だが、砲弾が山積みにされた高射砲台周辺では、火に焙られて次々と誘爆が起こり、そのたびに赤熱した破片が周囲にまき散らされ、近寄ることもままならない。


 軍艦でありながら、発電機の被弾と火災が同時に発生するケースを想定していないという、リスク管理の甘さが露呈していた。


 鉄板が焼けて温度が上がると、塗料が溶け、気化して泡ができる。

 その泡の1つが発火するやいなや、瞬く間に火が走り、周囲へと燃え広がる。


 この現象はすでに珊瑚海海戦で報告され、海戦に先立って塗装を剥がすことが望ましいと通達されていたが、実際には何の手も打たれていなかった。


 必死の消火活動にもかかわらず、火勢は衰えを見せるどころか、飛行甲板から格納庫甲板へと燃え広がって、1時間半も経つ頃には弾薬庫にまで火が迫り、あわや爆沈という危機に陥った。

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