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インパール 10

 第15師団兵器部の諏訪大尉は、山岳地帯の曲がりくねり、登り下りする道を、必死に急いだ。

 峠道には、空襲で焼け焦げた輜重兵連隊のトラックが何台も残骸を晒し、ジャングルに入れば、一歩踏み外しただけで谷底に滑落しかねないような急坂を、道が蛇行しながら延びている。


 険しい山道を何日もかけて踏破し、ようやく砲兵隊と兵器勤務隊に辿り着いた。

 榴弾砲がどこにあるのか尋ねると、谷川を越せないので対岸に置いてきたとの返事だ。


 確かに砲架の車輪では難しいが、それほど深い川ではなく、トラックなら浅瀬を渡れそうだ。

 渡河地点に見張りの2名を残し、5名が2台のトラックに分乗して浅瀬を走り抜け、2時間ほどで榴弾砲を持ち帰ってきた。


 こうして、荷台に1門ずつ榴弾砲を載せた2台のトラックが、ジープの先導で帰路につくことになった。


 急坂を登り、鞍部を越えては下り、それを気が遠くなるほど繰り返す。

 3日目には、これまでにない険しい坂に差し掛かった。


 4輪駆動のジープは登坂できるが、トラックはスリップして、どうしても登ることができない。


 ジープは1トンまで貨物を載せられる。

 榴弾砲の重量は1.5トンあり、そのままでは無理だが、砲身だけなら0.4トンなので、分解してジープに積み替えて運び上げることにした。


 砲身で1回、砲架と車軸で1回、前車と両脚で1回、空いた場所に砲弾を積み込んで登る。

 急勾配を乗り越えて平らな地点に達すると、積み荷を降ろして再度組み立てた。


 トラックは、荷台を空にしても坂を登りきれないので、ジープで牽引して引っ張り上げる。

 登り終えた2台のトラックに榴弾砲を積み直すまで、3時間を要した。


 翌日には、また別の難所が待ち構えていた。


 道が狭く、ぎりぎりまで路肩に寄せても、谷底がのぞく道の端までわずか10センチしかない。

 しかも道路の3分の1は、むき出しの丸太が清水寺の舞台のように空中に突き出ている。

 その下は断崖絶壁だから、運転する武田上等兵を残し全員が降車、トラックを慎重に進めた。


 前輪が無事通過し、後輪もあと一息というところだった。

 突然、1本の丸太が音を立てて外れた。


 周囲の丸太も次々と外れ、トラックはゆっくりと傾き、横転しながら谷底へ落ちて行く。


 木の幹に当たる音、折れた枝が弾け飛ぶ音、重量物の転がり落ちる音がしばらく続き、やがて何も聞こえなくなった。


「武田上等兵!」

 諏訪大尉は、運転していた兵士の名前を叫んだ。

 だが、ただ木霊が返るだけで、何の応答もなかった。

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