ミッドウェー 5
伊号第168潜水艦の艦長、畠山少佐は艦橋に立っていた。
風速は2メートルだが、わずかにうねりがある。
望遠鏡で周囲を見渡していると、水平線に黒煙が現れた。
接近するにしたがって、船らしい姿も見えてくる。
「急速潜航!」
畠山少佐は素早く艦内に入り、慣れた手つきでハッチを閉めた。
潜水艦はたちまちその姿を水面下に没する。
ゆっくりと近づいてゆく。
距離が1000メートルまで縮んだところで、潜望鏡を上げた。
目に飛び込んできたのは、アメリカ軍の空母だ。
畠山少佐は、思わず笑みを浮かべた。
こんな大物を狙えるチャンスなど、そうそうあるものではない。
針路と速度を素早く見極め、すぐに潜望鏡を下した。
予想未来位置を計算して、また潜望鏡を上げる。
畠山艦長はつぶやいた。
「変だな、計算と実測が合わない。敵艦の針路や速度が不安定なようだ。遠くから眺めているだけでは、埒が明かない。もっと近づこう」
思い切って、敵の駆逐艦の真下を通過し、目標に接近することにした。
駆逐艦を天敵とする潜水艦にとっては自殺行為にも等しいが、ほかに選択の余地がない。
神経を張り詰めたまま慎重に進み、覚悟を決めて潜望鏡を上げた。
目と鼻の先の500メートル先に、大きく傾いた空母が浮かんでいる。
どうやら、自力航行できなくなって、漂流しているようだ。
とはいえこの距離は、潜水艦が雷撃するには近すぎる。
一旦深く潜ってUターンし、音を出さないように静かに引き返した。
もう一度潜望鏡を上げると、距離は1200メートルに開いていた。
「これならいける」
魚雷発射管のある船首を目標に向けるため、もう一度Uターンする。
「発射用意、てっ!」
まず2本、2秒後にまた2本の魚雷を発射した。
1本が手前の駆逐艦「ハンマン」に当たり、爆雷が誘爆したのか船体が2つに折れ轟沈する。
残った3本のうちの2本が、「ヨークタウン」に命中し、総員退去後もなお水上に浮かんでいた頑健な空母も、ついに波間へとその姿を消した。
目の前で「ヨークタウン」と「ハンマン」を沈められ、怒り狂った駆逐艦「ダーウィン」、「ヒューズ」、「モナガン」は、13時間にもわたって執拗に爆雷投下と砲撃を繰り返す。
だが、なんとかその猛攻を生き延びた伊号第168潜水艦は、撃ち疲れた米軍の隙を突き、闇に紛れて戦場を離脱した。
他方、「飛龍」は、最大戦速で残る2隻の米空母に接近していた。
山口少将が中田航空参謀に尋ねた。
「第3次攻撃隊は編成できるか?」
中田参謀は答えた。
「攻撃隊の稼働機は、第1次攻撃から戻った艦爆5機、第2次攻撃から帰還した艦攻4機です。零戦は、艦隊の直衛が5機、艦上待機8機として、10機を攻撃隊の直掩に回せます」
「いつ発進できる?」
言いよどんだ中田参謀に、航空畑のベテランの加来艦長が助け舟を出した。
「第3次攻撃隊で、中隊以上の指揮経験があるのは、第2次攻撃から戻ったばかりの川端中尉一人だけです。艦攻と艦爆では巡航速度に差がある上、指揮官が足りないとなると、打ち合わせをよほど入念にしないと、途中で離れ離れになり、各個撃破され、突入する前に全滅するおそれがあります」
「そうか」
「いっそのこと、薄暮まで待ってはどうでしょうか?敵に発見されにくくなりますし、それまでの間に修理を進めれば、飛べる機体も少しは増えるかもしれません」
加来艦長の説明に頷いて、山口少将は各艦への連絡を命じた。
「偵察機により接触を確保したる後、残存全兵力をもって、薄暮、敵空母を撃滅せんとす」
加来艦長は命じた。
「敵空母からの攻撃を避けるため、一旦針路を北西にとる。速度28ノット」
「飛龍」を中心に輪形陣を敷いていた、戦艦「榛名」、「霧島」、重巡「利根」、「筑摩」などの護衛艦艇は、一斉に針路を北西に転じた。