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ミャンマー 5

 ホマリンからチンドウィン河を10キロほど遡上したところに、カウヤという村がある。

 川沿いの2キロにわたって、50戸ほどが並んでいた。

 丘陵に茶畑が広がる村で、平地は少なく、米はわずかしかとれない。


 対岸にはナンパン村があり、そちらは10軒くらいの小さな集落だ。

 長閑な山村に見えるものの、奥のチン丘陵にはイギリス軍が駐屯し、ナンパン村にも巡視隊が定期的に訪れる。

 チン丘陵からアラカン山脈を越えれば、インド北東部の要衝インパール、ここは最前線だ。


 カウヤ村では、従来、茶葉を売った金でナンパン村から米を買っていたが、イギリス軍が渡河を禁止したため、米が足りなくなった。


 他方、ナンパン村では米が余っている。

 日本軍とは違い、イギリス軍は米を食べないので、売り先がないのだ。


 カウヤ村とナンパン村は古くから交流が盛んで、親戚同士の家も多い。

 そこで、密かにナンパン村から知り合いを呼び、米を買い付けることにした。


 その村人が、坂上少尉に貴重な情報をもたらしてくれた。


 イギリス軍が駐屯しているのは、チン丘陵のコールタンサカン村で、ナンパン村を訪れる巡視隊の人数は20名程度、指揮官はイギリス人将校だが、それ以外は全員インド兵らしい。


 イギリス軍は、民間防衛組織「Vフォース」の要員を村ごとに雇い、銃を渡して他の村人を監視させ、日本軍の情報を入手次第、直ちに報告するよう命じていた。


 ナンパン村の「Vフォース」要員は、カウヤ村の村長の親戚だということだ。

 坂上少尉は、村長に頼んで、彼と話をすることにした。

 翌日やってきたのは、30歳手前の青年で、ポーカンと名乗った。


 缶詰の牛肉と唐辛子、塩を肴に、茶碗で地酒を酌み交わす。

 イギリス軍の将校と一緒に食事をしたことなど、一度もないポーカンは喜んだ。


 坂上少尉がミャンマーの独立を語り、イギリス軍が「Vフォース」の要員に渡すアヘンの害を説くと、明け方、村に戻る頃には、ポーカンはすっかり心を許し、仲間になっていた。


 もっともイギリス軍は、ポーカンにもチン丘陵に立ち入ることを禁じていたので、チン丘陵やインパールに関して、彼が持っている情報は乏しかった。


 だが、ある日ポーカンが、50歳くらいの痩せた背の高い男を連れてきた。

 コールタンサカン近郊の村の住民で、偶々、ナンパン村に雑貨を買いに来たらしい。


 坂上少尉が話を聞いてみると、コールタンサカンの村人たちは、ナンパン村との交流を禁じられたため、日用品を求めてインパールに通っているとのことだ。


 その男が、コールタンサカンの村長と顔見知りだというので、伝言を頼んだ。


「資金を出すので、インパールまで行って買物をしてきてほしい。買ったものは全部、村長にプレゼントする。その代わり、インパールに行った者の話を聞かせてもらいたい」

 そして、資金と贈り物を渡した。


 コールタンサカンの村長は喜び、村人全員の協力を約束してくれた。

 しばらくすると、袋に毛糸や布を詰め込んだ村人たちが次々と訪れ、坂上少尉にウクルル、コヒマ、インパールへの道路や周辺の情報を事細かに報告してくれるようになった。

 シャングシャックには工兵隊がいて、住民が工事に駆り出されていることも判明した。


 チン丘陵には、ミャンマー側にクキ族、インド側にはタウングホール族が住んでいる。

 いずれも純朴にして剽悍、狩猟が得意な山岳民族で、肉と唐辛子、酒を好み、畑では陸稲を栽培し、牛を最も大切な財産とする。


 彼らの村の多くは、3000メートル級の山々の中腹や山頂にある。

 標高の低い所には、マラリアを媒介する蚊が多いからだ。


 このことは、水が豊富な低地では、食糧が調達できない上に伝染病の危険があり、逆に食糧が手に入る高地の村には、水がないことを意味する。


 インパールへの進軍は、急峻な山道の登り下りを覚悟しなければならない。


 また、乾季ならば、女性や子供が牛車に乗って気軽に通れる谷間の道も、雨季には濁流が渦を巻き、屈強な男性でも命懸けの難所に変わる。


 乾季と雨季では天国と地獄、全く別の世界なのだ。

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