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ミッドウェー 4

 第2次攻撃隊第2中隊を率いる川端中尉が断雲を抜けると、そこは敵の輪形陣の真上だった。

 旋回しながら、縦に1列となって緩降下に入る。


 2番機の電信員席で、97式艦上攻撃機の92式7.7ミリ旋回機銃を構えていた岸畑一等飛行兵が、大声を上げた。

「後方、グラマン!足をやられた!」


 偵察員席で、目標までの距離を測っていた中井一等飛行兵曹が慌てて後ろを向くと、手が届きそうなほど近くにF4Fが迫り、尾翼が穴だらけになっている。


 操縦性能が劣る上、魚雷を抱いたままの艦攻では、F4Fを振り切るのは不可能だ。

 相手の動きをぎりぎりまで見極め、狙いを定めた瞬間に、機体を右や左に滑らせるしかない。


 操縦員の池端一等飛行兵が巧みに機を操り、幾度となく攻撃をかわし続けたが、ついに主翼左の燃料タンクに被弾した。

 ガソリンが噴出し、糸のように細い霧が流れる。


 曳光弾が命中したら、友永機のように一瞬で火達磨だ。

 中井機は、高度5メートルを疾走した。


 空母の対空機関砲が射撃を始める。

 猛烈な銃撃は、超低空の中井機の頭上を素通りし、ちょうどF4Fが飛ぶ高度に集中した。

 敵機は慌てて反転する。


「ヨーソロー」

 中井機は、ようやく魚雷投下態勢に入ることができた。

 だが敵空母はもう目の前で、距離わずか300メートル、狙いを定める時間などない。


 中井一飛曹は、「てっ」と叫び、右手で投下索を引いた。


 魚雷は機体を離れ、水柱を上げて着水、一旦深く沈み込んでから、再び海面近くまで浮き上がり、目標に向かって走り出す。


 人事は尽くした。

 後は運を天に任せるしかない。


 次の問題は、どうやってここから離脱するかだ。


 正面には敵空母の船体が、巨大な壁のように迫る。

 旋回しようにも、高度が低すぎ、機体を傾けると主翼が海面に触れて、墜落してしまう。

 といって上昇すれば速度が落ち、対空砲火で木端微塵だ。


 中井一飛曹は叫ぶように言った。

「池端!全速でまっすぐ敵空母に向かえ!傾いた飛行甲板を駆け上がって脱出するんだ!」


「了解!」

 池端一飛は、スロットルを全開にした。


 傾いた「ヨークタウン」の飛行甲板を、高速で飛び抜ける。

 目前に艦橋が迫り、慌てて急旋回して、きわどくかわす。


 一瞬、艦橋の米軍兵士と目が合った。

 まだ幼さの残る若い兵士で、驚いたように目を見開いていた。


 91式航空魚雷の射程距離は、2000メートル。

 最大射程で投下すると、目標に到達するまで1分半ほどかかる。


 その間にも敵艦は移動するので、速度と時間から移動距離を計算して、予想未来位置を求め、そこを狙って投下する。


 攻撃対象を無傷の空母と考えた友永大尉は、目標の速度を30ノットとして計算するように指示していた。


 だが「ヨークタウン」は、第1次攻撃隊の爆撃で機関の出力が低下し、被弾直後の6ノットよりは回復したものの、15ノットを出すのがやっとだった。


 その結果、友永大尉をはじめ、第1中隊が投下した魚雷は、ことごとく前方に外れる。


 だが、300メートルという至近距離から投下された、第2中隊の中井機の魚雷は、一直線に船腹へ向かい、左舷中央で水柱をあげた。


 後続機の魚雷も、ほぼ同じ箇所に命中する。

 爆発は左舷を切り裂き、第2ボイラー室と第6ボイラー室の隔壁を破壊した。


 浸水で全てのボイラーが停止し、さらに電源室にも海水が流れ込んで管制盤がショート、動力と電源が同時に失われた。


「ヨークタウン」は、左に17度傾き、洋上に停止する。

 傾斜は10分後に26度に達し、17分後には「総員退去」が命じられた。


 他方、日本の攻撃隊はどうだったか。

 帰還したのは、第2中隊の艦攻5機と零戦4機だ。


 艦攻は半数が生き残り、零戦も7割が戻ってきた。

 それでも、友永大尉をはじめ第1中隊は全滅し、零戦隊長の林大尉も帰らなかった。


 友永大尉の死は、太平洋の戦場から遠く離れた日本本土に異例の速さで伝わり、多くの女性の眼を紅く腫れさせた。

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