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シンガポール 3

 町の治安が回復すると、マレーシア人やインド人は、すぐにアロルスターに戻ってきたが、華僑はなかなか帰ってこなかった。

 華僑がいなくては、経済活動を元の水準に戻すことは難しい。


 そこで福沢少佐は、青天白日旗に「和平建国」と書いたリボンをつけることで、汪精衛政府への支持とみなすというアイデアを思いついた。


 親日的な汪精衛政府こそが、中華民国を代表する唯一の合法政権なのだから、青天白日旗を掲げることに何の問題もないという理屈だ。


 そして、「リボンを付けた青天白日旗を掲げれば、日本軍が生命、財産、自由を保障する」ことを宣言し、布告した。


 それを信じた華僑達が避難先から戻り、家々に旗が翻るようになると、ようやく市民生活が正常に回り始めた。


 この宣言を出すにあたっては、あらかじめ第25軍司令部の了承を得ていたが、後になって一部の参謀が騒ぎ始める。


「反日意識の強い中国人が、敵国の旗である青天白日旗を掲揚することは許し難い」と、横やりを入れてきたのだ。


 その時、特務機関長の宮崎少将が激怒した。

 普段は温和だが、ノモンハン事件で唯一、ロシア軍戦車部隊を撃破した猛将だ。


 宮崎少将は、セクショナリズムで怒ったのではない。

 手のひらを返すように国旗の掲揚を禁止すれば、華僑は裏切られたと思うだろう。


 そうなれば、福沢少佐が「インド独立運動の旗」を掲げてイギリス軍を切り崩し、インド人将兵をインド国民軍に参加させたように、イギリスの諜報機関が「青天白日旗」を掲げて華僑を抗日義勇軍に誘い、スパイ活動や後方撹乱に参加させようとするはずだ。


 青天白日旗掲揚の禁止は、敵に格好の口実を与えるだけで、百害あって一利もない。

 謀略の機微を知らない素人の感情論に流されたら、それこそイギリスの思う壺なのだ。


 インド人将兵の投降はその後も続き、クアラルンプールに入る頃には、同行する者だけでも1000名、マレーシア全土では2500名を数えるまでに膨らんだ。


 インド国民軍は、現地のインド人社会から熱狂的な歓迎を受ける。

 有力者から驚くほど寄付が集まり、当面、食料や資金の心配をする必要はなくなった。


 とはいえ、これだけの数の兵士を収容する場所を探すのは、容易ではない。

 すると今度は第25軍が、接収したイギリス軍施設の使用を認めてくれた。


 インド国民軍と聞くといかにも勇ましいが、武装は2個中隊分の軽火器だけと、いささか名前倒れのきらいはあったものの、日本軍がシンガポールへの進撃を再開すると、クアラルンプールにおける唯一の軍事力となる。


 インド国民軍の初仕事は軍事行動ではなく、土木工事だった。

 イギリス軍が日本軍の使用を妨害しようと穴だらけにした飛行場を、進出してきた陸軍第3飛行団のために修復する作業だ。


 炎天下、毎日1000名のインド兵が、日本兵と一緒に汗まみれとなって工事に取り組み、1週間で滑走路を使用可能にした。


 第3飛行団司令官の百川少将は感激した。


 百川少将は、元々砲兵の出身で、参謀本部作戦課からフランスに留学したエリートだ。


 第3飛行団を率い参加した重慶爆撃では、海軍支那方面艦隊参謀長井上成美中将が、事変の早期終結を焦り、無差別絨毯爆撃の拡大を主張したのに対し、爆撃機に同乗して戦況を実地に検分、民間施設への爆撃は国際法違反の疑いがあり、効果も限定的と反対して中止に追い込んだ。


 その一方で人情家の一面もあり、今回のインド人将兵の誠意には心を打たれ、食料や日用品、資金を寄贈した。

 インド国民軍は、返礼として日本陸軍の様式に倣った分列行進を行い、謝意を表した。

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