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シンガポール 2

 特務機関の福沢少佐がマレーシアのアロースターに戻ると、すぐ治安問題に直面した。

 警察官がひとり残らず逃げ去り、警察署がもぬけの殻になっていたからだ。

 といって、現地を統治する特務機関は、まだ緒についたばかりで、とても手が回らない。


 福沢少佐は、インド独立連盟のプリタム・シン書記長に相談した。

「ここは、インド人将兵の力を借りてはどうかと思う」


 書記長は、驚いた。

「投降したばかりの捕虜に、警察活動を任せるのか?古今東西、そんな話は聞いたことがない。いくら人手が足りないといっても、それはないだろう」


 だが、モハン・シン大尉は快諾した。

 性格温厚で人当たりの良いアグナム大尉をリーダーに選び、警察署に残っていた警棒と手錠を使い、インド兵80名を率いて市内の治安回復に当たるように手配する。


 すると1時間も経たないうちに、市街が平穏を取り戻した。

 あまりの手際の良さに、今度は日本軍の方が驚いた。


 警察活動への協力こそ即座に応じたモハン・シン大尉だったが、インド独立を目指し、日本軍に協力する義勇軍として、インド国民軍を創設するという提案には難色を示した。


 昨日まで戦友だった同僚に、銃口を向けることになるのだから当然だ。

 だが、民族自決は、与えられるものではなく、自らの手で勝ち取ってこそ実現するという福沢少佐の説得を受けて、承諾する。


 とはいえ、泥棒や強盗相手ならともかく、最新鋭の兵器を装備し、経験豊富な指揮官に率いられたイギリスの正規軍と戦うとなると、素人をいくら集めたところで埒が開かない。

 兵器を扱う兵士や、それを指揮する士官は、一朝一夕に養成できるものではないからだ。


 イギリス軍から引き抜くのが現実的だ。

 モハン・シン大尉は、早速、インド人将兵の投降を呼びかける準備を始めた。


 まず、最精鋭の部下を選び、敗残兵や一般市民に変装させた。

 日本軍の支配地域を無事に通過できるように、F機関の証明書と徽章を持たせ、潜入後に着用する、イギリス軍の軍服も用意した。


 投降工作の要領も定めた。

・潜入したら、イギリス人のいない、インド人だけの部隊を

捜す

・見つけたら、自分が所属していた部隊の兵士を捜す

・信頼できるインド人兵士を見つけて、インド国民軍に誘う

・誘いに応じたら、戦友も誘うように奨める

・イギリス軍の戦線が混乱するまで待つ

・退却の命令が出たら、部隊から離れ、付近の密林に潜伏

する

・日本軍の第一線部隊は、殺気立っていて危険なのでやり

過ごす

・第二線部隊が来たら、武器を捨て、白旗を掲げ、投降勧告

文書を示しながら投降する

 というものだ。


 この辺りは、ゴムの樹の畑を除けば鬱蒼とした密林が続き、道は1本で迂回路はない。

 工作員をイギリス軍陣地に潜入させるには、砲弾と銃弾が飛び交う最前線を通り抜ける必要がある。


 もっとも、つい先日まで反対側に従軍していたインド兵は、英軍の戦闘マニュアルや歩哨のスケジュールに精通しており、すぐに隙を見つけて潜入に成功した。


 この工作により、インド人兵士の宣撫は順調に進んだ。

 陸軍第3飛行団が降伏を勧告するビラを空中から撒布すると、それまでの4倍の兵士が続々と投降してきた。


 クアラルンプールの主要防衛線の1つ、スリム橋梁の攻防戦に至っては、300名ものインド人兵士が纏まって降伏したのだ。


 しかも驚いたことに、福沢少佐が顔を見せると、彼らは一斉に直立し敬礼した。


 捕虜になったとはいえ、誇り高き大英帝国の将兵であることに変わりはない。

 敵軍の将校に敬礼するなど言語道断だ。


 彼らの意識が、既に「降伏したイギリス軍兵士」から、「民族独立に立ち上がったインド国民軍兵士」に切り替わっていて、上官である福沢少佐に敬礼したとしか考えられない。


 軍人の世界の常識からすれば、信じがたいその光景に、同席していた第25軍の参謀達は、目を疑い言葉を失うしかなかった。

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