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ソロモン 8

「翔鶴」運用長の都留少佐は、伝声管から響く艦長の声を聞いて思わず叫んだ。

「取舵はまずい!」


 珊瑚海海戦の光景がよみがえった。

 敵機から少しでも距離をとりたい気持ちはわかるが、それでは同航戦になり、爆撃機が狙いを合わせやすくなってしまう。


 万事心得た航海長の楠中佐は、平然と命じた。

「面舵いっぱい!」

 だが、命令を言い直した分だけ、タイミングが遅れた。


 2発の直撃弾が、後部エレベーターと中部エレベーターの間の左舷側を貫く。

 さらに右舷側にも1発、中部エレベーターの左に1発と、合計4発の爆弾が命中した。


 都留少佐が艦橋から飛行甲板をのぞき込むと、後部の左舷側が陥没して巨大な破孔を作り、その手前は反動で隆起して小山のように盛り上がっている。


 穿たれた裂け目から、炎と黒煙が渦を巻いて噴き出す。

 動きを止めた高射砲や対空機銃の傍らには、多数の兵士が折り重なって倒れていた。


 都留少佐は、艦橋を飛び出し、走りながらこれまでの防火対策を反芻した。


 珊瑚海海戦では、ガソリン庫に引火して、消火に苦労させられた。

 その経験を生かして、今回は対策を徹底的に強化した。


 まず、電源を喪失しても消火活動を続けられるように、廃車寸前の中古自動車のエンジンを集め、それを動力とする消防ポンプを多数設置した。


 また「翔鶴」の煙突には、高温の排煙を冷却する目的で、シャワーのように海水を吹き出す冷煙装置があったので、それを消防ホースにも繋げられるように改造した。


 艦内の塗料は全て剥ぎ落とし、二酸化炭素ガスによる自動消火装置も増設した。

 木製の短艇は出港前に陸揚げし、内火艇の燃料や、艦内の畳、木製品、紙、さらには宴会の余興に使う女物のかつらや着物まで、可燃物はすべて投棄した。

 その成果が今、問われる。


 艦橋の外では、爆発音が立て続けに響いていた。

 高射砲台に山積みされた砲弾が、火災で熱せられて誘爆しているのだ。

 爆発のたびに、赤熱した破片が四方八方に飛び散り、危険なため消火作業に入れない。


 飛行甲板の消火栓と、煙突の冷煙装置を改造した消火栓の、17本のホースで海水をかけた。

 最初のうちこそ、文字通りの「焼け石に水」で、目に見える効果はほとんど無かったが、続けるうちに温度が下がり始め、爆発の間隔が徐々に空き、やがて静かになった。


 安全が確保できると、乗員総出で消火作業に取り掛かり、1時間後には鎮火に成功する。

 飛行甲板が大きく陥没しているので、艦載機の発着は無理だが、全速航行に支障はない。


「瑞鳳」も飛行甲板の後端に直撃弾を受け、直径15メートルの穴が空いていた。

 こちらは幸い当たり所がよく、発艦はもちろん、着艦もベテランならなんとか可能だったが、大事をとって全機を他の空母に避難させた。


 だが、アメリカ軍の攻撃が集中した「龍驤」は、爆弾4発と魚雷2本を受け、大きく傾いたまま航行不能に陥る。


 第3艦隊は、戦艦「霧島」、空母「瑞鶴」を先頭に、全速で米艦隊を追った。

 第2航空戦隊の「隼鷹」も、動きを止めた「龍驤」を後に残して続く。


「翔鶴」は、一時は通信機能を喪失したものの、必死の作業で復旧し、進撃を再開した。

 だが、急追にもかかわらず、第3艦隊が米艦隊を再度捕捉することはできなかった。


「エンタープライズ」を沈め、「サラトガ」を大破したものの、こちらも「龍驤」を失い、「翔鶴」と「瑞鳳」が大破した。


「ミッドウェーの仇を討つ」

「肉を切らせて骨を断つ」

 と意気込んだ割には、相打ちにも等しい結果で、勝利というにはほど遠い。


 しかも、航空機搭乗員の戦死者数は、ミッドウェー海戦の2倍以上におよび、その中には村田重治少佐や関衛少佐など、歴戦の勇士が多数含まれていた。

 その影響は計り知れず、これ以降、日本海軍は、航空戦力の練度の大幅な低下に悩まされることになる。


 とはいえ、米軍の上陸を阻止できたことは、せめてもの慰めだった。


 朗報は、意外なところからやってきた。


 2週間後、伊号第26潜水艦が、修理のためハワイに回航中の「サラトガ」に遭遇、雷撃して撃沈、さらにその2週間後、伊号第19潜水艦が哨戒中の「ワスプ」を待ち伏せて沈めたのだ。


 アメリカ海軍が太平洋に展開する空母は、真珠湾で訓練中のため海戦に参加していなかった「ホーネット」ただ1隻になった。

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