ソロモン 6
「翔鶴」を飛び立った村田少佐は、すぐに水平線にたなびく黒い煙に気が付いた。
黒煙を上げていたのは「サラトガ」だ。
村田少佐は、大破した「サラトガ」ではなく、もう一隻の無傷の空母を狙うことにした。
南部飛行兵曹に命じる。
「ト連送!全軍突撃!」
上空で零戦12機とF4F 20機が、入り乱れて空中戦を始めた。
たちまち4機が炎をあげて落ちていったが、どちらがどちらか見極めている余裕はない。
その間を縫って、艦爆が高空から急降下に入る。
零戦と艦爆でF4Fを上空に引きつけておいて、その間に低空から雷撃するという村田少佐の目論見通りに戦況が進んでいる。
村田少佐が第1中隊、鳥居大尉が第2中隊を率いる20機の艦攻は、緩降下から海面すれすれまで降下し、水平飛行に移った。
目標の空母は、対空砲火の弾幕を張りながら全速で回避運動を繰り返している。
一見無傷に見えるその空母は、実は、高田少尉率いる第2航空隊の急降下爆撃を受けながら、応急処置で30ノットの高速を取り戻した、強靭な「エンタープライズ」だった。
村田機が海面を這うように飛ぶうちに、船体がみるみる大きくなる。
突然、後方席から声が響いた。
「第2中隊長機、被弾!」
村田少佐が慌てて視線を向けると、炎に包まれた鳥居大尉機が、今まさに海面に激突しようとするところだった。
視線を前に戻す間もなく、今度は右側を飛ぶ2番機の翼が焔を吐く。
「2番機、自爆!」
「後続はどうだ?」
「右後方2機、突進中です」
「左後方、あっ!松本機、火災!」
もう射点は目前だ。
真珠湾以来の僚機である3番機と翼を連ね、目標へ直進する。
「用意、テーッ!」
飛沫を上げて沈み込んだ魚雷は、やがて空母めがけて走り出した。
その直後、村田機が対空機関銃の集中砲火を浴びた。
たちまち炎に包まれる。
村田少佐は、後続機に向かって叫んだ。
「俺たちに構うな!突っ込め!」
放たれた魚雷は一直線に「エンタープライズ」に向かい、大音響とともに巨大な水柱を上げた。
さらに3本の魚雷が命中してボイラー室と配電盤を破壊、動力を失った巨大な船体は大きく傾き、その動きを止める。
だがその時、村田機の姿はもはやどこを探しても見つからなかった。
その頃、村田の自宅では、当時まだ珍しい自慢の電気式レコードプレーヤーから、ラヴェルの「ボレロ」が流れていた。
村田少佐が愛してやまない曲だ。
壁際には、絹の布に描かれた美人画が架けられている。
村田自身が妻をモデルに描いたその絵は、素人とは思えないほどの巧みな筆使いで、そこだけが別世界のように美しい。
傍らの、華奢な作りの仏壇には、村田の愛娘の位牌が安置されていた。




