ソロモン 3
第2航空隊の高田大尉は、あきれたような表情になった。
「基地としての設備が何も無いのに、冷蔵庫や動物園があるとは、順序が逆ではありませんか?」
「安心しろ、ラバウルはもっとましだ」
水内少佐は、高田大尉の肩をたたいた。
高田大尉が質問した。
「ところで、海岸近くには、荷物が山積みになっていますが?」
「陸軍と海軍陸戦隊の物資だ。上陸して間もないから、まだ荷解きができていないんだ」
「米軍の空母が近くに来ているというのに、こんなことでいいんですかね」
「兵隊の頭数は揃っていても、武器は箱の中、陣地も作りかけ、急場には間に合いそうもない」
「敵は、どこにいるんでしょう?横浜航空隊は、見失ったんですか?」
水内少佐が答えた。
「数日前に、米軍が大規模な上陸演習を行っている。そこから、どこへ向かったかがわからない。ガダルカナル島の東方をツラギ島に向かって進んでいるのなら、いくら悪天候とはいえ、さすがに横浜空が発見するだろう。
まだ見つかっていないということは、ひょっとしてガダルカナル島の南を迂回して、西から回り込もうとしているのかもしれない。海が荒れると飛行艇は飛べないから、敵の発見は君たちの肩に掛かっている。よろしく頼むぞ」
翌日は、熱帯低気圧が接近して、朝から強い風雨になった。
飛行にはかなりの危険を伴う。
できれば避けたいところだが、豪雨を利用し気配を消して間近に迫り、今川義元を桶狭間で討ち取った織田信長の例もある。
墨を流したような空へ、第二航空隊の6機の艦爆が飛び立った。
扇型に展開して、偵察に入る。
第2小隊1番機の偵察員は、菊池飛行兵曹長だ。
大粒の雨が風防を叩き、筋を引いて流れる。
飛行を続けるうちに、天候はますます悪化し、稲妻が空を走り始めた。
垂れ下がるスコールの緞帳を、慎重に避けながら飛び続ける。
海面は泡立ち、波と波がぶつかりあって飛沫を上げていた。
船の航跡があったとしても、これではかき消されて何も見つけられない。
パイロットの武内飛行兵曹が声をかけてきた。
「そろそろ、燃料が限界です」
「まだ敵発見の通報がない。もう少し、あの雲の切れ間まで、行ってみよう」
黒雲と黒雲の間に、わずかな隙間があった。
飛び込むと、なぜかそこだけは平穏で穏やかな海が広がっている。
ふと、何かを見たような気がした。
「接近してくれ」
海面を覆う雨の柱から、かすかに覗いているものがある。
「回り込め」
スコールに隠れて、ゆっくりと旋回した。
目に飛び込んで来たのは、今まで見たこともないような大船団だった。
「敵輸送船団見ゆ。空母らしきもの伴う」
通報を受けた第2航空隊の高田大尉は、ルンガ飛行場の防空を台南空に任せ、9機の艦爆と15機の零戦を率いて空母攻撃に向かった。
林立する積乱雲の間を縫って艦爆の編隊が翼を連ね、その上空では零戦が周囲を警戒する。
南国とはいえ、高度8500メートルの気温は零下20度、酸素マスクなしでは呼吸もできない。
突然、零戦隊が一斉に増槽を落とし、急降下を始めた。
F4Fが現れたのだ。
たちまち、激しい空中戦が始まる。
その隙に、艦爆隊は断雲に身を隠し、真白な霧の中を進んだ。
それが途切れると、そこは敵艦隊の真上だった。
次の瞬間、猛烈な対空砲火が突き上げてきた。




