ミッドウェー 2
空母「飛龍」を発進した知久大尉は、第1次攻撃隊を率い、重巡洋艦「筑摩」の零式水上偵察機5号機が発信するビーコンを追って、断雲の下、高度800メートルを進んでいた。
直掩の零戦隊は、途中で敵機を発見すると、その後を追いかけていってしまった。
母艦の直衛を優先したわけだが、その結果、1機は被弾して不時着、1機は弾を撃ち尽くして「飛龍」に戻り、残った3機も大きく後方に遅れた。
これでは直掩の用をなさない。
知久大尉は、憤った。
「俺たちが、どういう思いで戦闘機隊の準備が終わるのを待っていたのか、わかっているのか。こんなことなら、もっと早く発進するんだった。やむを得ない。我々だけで突入する」
前方60キロに敵空母を確認した。
「高度4000メートルまで上昇、攻撃態勢をとれ」
その時、偵察員が叫んだ。
「高度3000メートルに敵機!」
10機を超えるF4Fワイルドキャットが目に入った。
直掩の戦闘機がいない以上、もはや陣形を整えている余裕はない。
「各機各個に突撃せよ。各員の成功を祈る」
F4Fが襲いかかってきた。
僚機が次々と撃墜される。
知久大尉が怒りに燃えて歯を食いしばっていると、追撃に夢中になったのか、勢い余ったF4Fが1機、目の前に滑ってきた。
「しめた。こちらには、まだ気がついていない。行きがけの駄賃だ。返り討ちにしてやる」
すかさず後方に回り込み、97式7.7ミリ固定機銃の銃弾を撃ち込む。
敵のパイロットは驚いて振り向き、知久大尉機の姿を見て、慌てて逃げ出した。
あらためて空母にコースを取り直し、降下を再開する。
18機いた艦爆は、F4Fに次々と撃墜され、急降下に入ったのは、わずか8機、半数以下だ。
F4Fが見えなくなったと思うと、今度は対空砲火が襲ってきた。
輪形陣を組んで護衛する、重巡2隻、駆逐艦6隻の弾幕だ。
至近距離で砲弾が炸裂し、さらに2機が消えた。
残るは、6機。
曳光弾が飛び交う中を突き抜け、高度が300メートルを切るやいなや、知久大尉は叫んだ。
「てーっ」
最初の爆弾は、空母「ヨークタウン」の艦橋後方28ミリ4連装機銃座を直撃し、飛行甲板を貫いて格納庫甲板で爆発、SBDドーントレス急降下爆撃機3機をなぎ倒した。
だが、燃料は抜かれ、爆弾も取り外されて弾薬庫に入っていたため、大事には至らない。
2発目は、飛行甲板の中央左舷に命中、右舷方向へ斜めに飛行甲板、格納庫甲板、下甲板を貫通して、艦底のボイラー室の排気管を打ち砕いた。
6基のボイラーのうち、5基までが使用不能になる。
ボイラー1基で出せる速度はわずか6ノット、機帆船並みの遅さだ。
さらに3発目は、前部エレベーターに着弾し、弾薬庫とガソリン庫の間で炸裂した。
日本の空母なら、弾薬庫かガソリン庫のいずれか、あるいは両方に引火して轟沈しただろう。
だが、「ヨークタウン」のバイタルパートの装甲は強靭で、この痛撃にも持ちこたえた。
むしろ、日本側の損害の方が甚大だった。
「飛龍」から18機で出撃した艦爆のうち、帰還したのはたった5機、しかもその中に指揮官の知久大尉の姿はない。
直掩の零式艦上戦闘機にいたっては、1機も戻っては来なかった。