アフリカ 4
鹿屋航空隊伊集院支隊が、ンジャメナを爆撃してから2週間が経ち、7月に入った。
早いもので、北アフリカに来て、もう1か月だ。
伊集院中佐率いる1式陸攻の編隊は、暁闇に沈むカッターラ盆地の上空にさしかかった。
この盆地は、サハラ砂漠の中でも特にやっかいな地形で、乾けば流砂となって戦車のカタピラを沈め、湿気を含めばトラックの車輪を滑らせ、いかなる車両の走行をも拒む。
左手には、地中海が微睡んでいた。
北の海岸と南の盆地の間隔は、わずか60キロしかない。
海岸の漁港のそばに、海沿いを走る鉄道の駅がある。
イギリス軍は、その駅の周辺に野戦陣地を築き、そこからカッターラ盆地まで、南北に切れ目のない防衛線を敷いていた。
空から見下ろすと、布陣が一目瞭然だ。
地雷を並べた中央にインド第18旅団、防衛線南端の盆地近くにはインド第5師団、北隣にニュージーランド師団、その後方にイギリス第7機甲師団を配置している。
ドイツ軍が主力の戦車部隊を南に迂回させると読んで、そこに重点配備した布陣だ。
第2線の丘の上では、激戦のマルサ・マトルーから敗走してきたイギリス第1機甲師団が傷を癒し、周辺には補給物資が山と積まれ、新品とおぼしき戦車や装甲車が並んでいる。
伊集院支隊の今回の任務は、その手負いのイギリス第1機甲師団にとどめを刺すことだ。
旋回し、太陽が昇り始めた東から爆撃針路に入る。
左右に小刻みにコースを調整していると、叫び声がした。
「後方に敵機!」
機内に緊張が走る。
イギリス空軍のホーカー・ハリケーン戦闘機だ。
ここはドイツ空軍の戦闘機の航続距離を超えた空域、直掩機はいない。
伊集院中佐が命じた。
「編隊を崩すな」
水平爆撃では、指揮官機が照準して投下のタイミングを計り、列機はそれに従う。
爆弾投下が終わるまで、回避運動はできない。
尾部銃座の99式1号20ミリ旋回機銃が、唸りを上げた。
零式艦上戦闘機の翼内機銃を旋回機銃にしたもので、当たり所さえよければ、数発で戦闘機を撃墜できる。
ハリケーン戦闘機の銃弾が脇をかすめた。
「3番機被弾!」
噴出する燃料の霧を白い筋のように引きながら、3番機がゆっくりと高度を下げていく。
曳光弾を浴びて、見る間に炎が機体全体に燃え広がった。
「ようそろう、ようそろう」
「てっ!」
0.5秒間隔で12発の爆弾を投下する。
これから6秒間は、何があっても直進を保たなければならない。
秒針の動きが、やけに遅い。
今にも背後から弾丸が迫ってくるような恐怖を、必死にかみ殺す。
投下が完了すると、一気に急降下し、右旋回して海岸へ向かった。
後続機が、また炎を吐きながら墜ちていく。
地上へ視線を走らせると、砂漠に爆煙が並んでいた。
弾薬が誘爆し、ドラム缶が炎を上げ、黒煙が周囲を覆う。
作戦成功だ。
前方に、芥子粒のような黒い点が見えた。
ドイツ空軍のBf109だ。
地獄に仏とはこのことだ。
あともう少しで、ドイツ軍の空域にたどり着く。




