アフリカ 3
2週間後、鹿屋航空隊伊集院支隊は、1式陸上攻撃機16機を数えるまでに増強され、カンポ・ウノに戻ってきた。
今回の任務は、リビアの南、チャドのンジャメナにある、イギリス軍の物資集積所への夜間爆撃だ。
日本軍がアッズ環礁とマダガスカル島に陸攻と潜水艦を配備し、通商破壊戦を開始したため、インド洋を経由しエジプトのイギリス軍へ軍需物資を送る補給線が絶たれた。
イギリス軍は、やむなく、アフリカ大陸西岸に揚陸した軍需物資を陸路、ナイル川まで運び、船に積み替えてエジプトへ川を下るようになる。
今回の作戦の狙いは、その輸送ルートの中継地である、ンジャメナの物資集積所を爆撃で破壊し、エジプトのイギリス軍を干上がらせることだ。
1式陸攻は、夜の砂漠の飛行場を飛び立ち、さざめく星の海へと浮かび上がった。
砂漠の夜空はおびただしい星々に覆いつくされ、人家一つ無い砂漠は漆黒に沈む。
伊集院中佐は、どこか見覚えのある光景だと思った。
そうだ、夜間飛行訓練で目にした、市街の煌めく灯火だ。
懐かしい記憶が蘇る。
一瞬、明るい方が地上で、暗闇が夜空のような錯覚に陥った。
平衡感覚が崩れる。
どちらが上で、どちらが下か、判然としない。
数多くのパイロットを死に至らしめてきた、空間識失調だ。
「砂漠の夜空は星が多すぎて、どの星が何の星座か、見分けるのに苦労しますね」
副操縦員の声で我に返った。
こんなことでは、星の光を町の灯と見間違えて、墜落したパイロットのことを笑えない。
伊集院中佐は、気を取り直して応えた。
「そういえば、南米のアンデスの先住民の星座は、我々のものとは違うらしいぞ。
高地の砂漠地帯に住む彼らにとって、今、我々が見ているような夜空が日常だ。星の数が多過ぎて、点や線ではなく光の面に見えてしまうんだ。そこで逆に、星のない暗い部分に名前をつける。リャマとか羊飼いに見立ててな」
「そうなんですか。でもこうしていると、地中海のマルタ島の夜間爆撃に向かう途中で、敵の輸送船を沈めた時のことを思い出します」
「輸送船団が触雷して、機雷原で立ち往生していたんだったな」
「駆逐艦が1隻、爆雷に誘爆したのか、派手に光と音を出してくれたおかげで気が付きました。あれがなければ、通り過ぎていたでしょう」
「敵さんは、轟沈した駆逐艦の乗組員の救助に必死で、我々が見えていなかったんだろう。船団が停まったままだったから、うまく爆弾を命中させることができた」
「ドイツ軍の話だと、あれはマルタ島へ軍需物資を運び入れる、ハープーンとかいう輸送作戦で、沈めた輸送船はトロイラスとオラリイという名前だったそうです」
「後から知ったが、近くに巡洋艦もいたそうじゃないか。あんな幸運は、そうそうあるものじゃない。油断大敵だ」
伊集院中佐は、高度を上げ始めた。
標高3000メートルのティベスティ山地が近づいている。
その麓には自由フランス軍の基地があるはずで、見つかって通報されると面倒だと思ったが、こればかりは幸運を祈るしかない。
山岳地帯を越えるとまた砂漠の暗闇が続き、やがてほんのりと薄明るいものが見えてきた。
下弦の月の光を集める、チャド湖だ。
それを横目に、一旦南へ出て北に変針する。
ンジャメナの市街が目に入る。
灯火管制を敷いてはいないようだ。
道路や街並みが、はっきりとわかる。
飛行場も、明るく照らされている。
伊集院中佐が指示した。
「先ず、滑走路を爆撃する」
滑走路の向きに進路を合わせた。
サーチライトの歓迎も、対空砲の出迎えもない。
夜襲成功だ。
爆弾投下命令が下る。
「てっ!」
弾倉を離れた爆弾が、滑走路に2列の光の帯を描いた。
もし夜間戦闘機が配備されていたとしても、これでしばらくは飛び立てないだろう。
次の旋回で、格納庫と燃料貯蔵所に爆弾を投下する。
光が炸裂し、紅蓮の火柱が上がった。
そのころになって、漸く灯火が消され始めたものの、燃えさかる炎が攻撃目標を照らし出すので、狙いを定めるのに困ることはない。
点灯したサーチライトが夜空を右へ左へと動き、高射砲が火を噴く。
だが、まるで見当違いの方向を撃っている。
猛火に目がくらんで、空を覆う煙と闇に潜む我々を見つけられないようだ。
編隊は、巨大な物資集積所に向かった。
爆弾が投下されると、至る所で閃光が煌めき、砲弾、爆弾、地雷が次々と誘爆した。
戦車や装甲車、トラックなど、あらゆる車両が炎に包まれる。
やがて、何に引火したのか、上空の機体が激しく揺さぶられるほどの大爆発が起こった。
火はいつまでも夜空を焦がし、爆撃を終えた編隊が北へ向かって30分以上飛び続けても、なお後方に燃え盛る炎を見ることができた。




