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アフリカ 1

1942年6月7日 マダガスカル島 アンツィラナナ


 南国の空に曙光が射す頃、アフリカ大陸の東南に位置するマダガスカル島の北端、アンツィラナナにあるフランス・ヴィシー政府軍基地から、1機の1式陸上攻撃機が飛び立った。


 過荷重の限界まで燃料を積み込んだ機体は重く、普段よりもかなり長い距離を滑走して、ようやく離陸した。


 海はまだ仄暗い濃紺に沈み、翼は朝日を浴びて朱鷺色に輝く。

 高度が3000メートルに達したところで、自動操縦に切り替えた。


 若い電信員が席を立ち、大きな保温ポットからカップに熱いコーヒーを注いで回る。

 操縦席の鹿屋航空隊飛行長、伊集院中佐がつぶやいた。

「フランス軍のコーヒーは、苦みが強いな」


 副操縦員が応えた。

「豆が違うんですかね。フランス軍の料理は抜群にうまいんですが」


「文句を言ったらバチが当たるがな。これが戦闘機乗りだったら、飛行中にできることといえば、凍りついた巻き寿司をかじるくらいだ。熱いコーヒーが飲めるだけでも、陸攻は天国だ」


 副操縦員が言った。

「フランス料理といえば、空母『蒼龍』飛行隊長の江草少佐の結婚式は、銀座のフランス料理店だったそうですね」


「奥さんは、第12航空隊飛行隊長の山城中佐の妹さんじゃなかったかな。銀座のフランス料理店とは、さすがに洒落ている。しかし、山城中佐は高知の出身だし、江草少佐の実家は広島の旧家のはずだ。本人たちはナイフもフォークもお手の物だろうが、親戚一同となるとフランス料理は初めてという人だっていたんじゃないか?」


「ナイフとフォークだけじゃなく、箸も用意してあったそうですよ」

「なるほど、箸でも食べられるフランス料理店か。日本に帰ったら、家族を連れて行ってみよう」


 セイシェル諸島の上空で偏流を測定する。

 南東のモンスーンにうまく乗れば、燃料が節約できそうだ。


 今回の任務は、長大な航続距離を誇る1式陸攻でも、限界まで燃料を積んでやっとという長距離を無着陸で飛行するというものだ。


 平時でも容易ではないというのに、ケニアから敵地上空に入り、スーダンを飛び越えて、リビアのサハラ砂漠にあるイタリア軍の基地に着陸せよというのだから、「陸攻の神様」と称される伊集院中佐にとっても至難の業、無理難題にもほどがある。


 中佐が、思い出したように言った。

「海上の小舟の扇を、馬に乗った若武者が弓矢で射抜くという話があったな」


「平家物語ですか?」

「そうだ、その時の矢にでもなった気分だ」


「那須の与一とかいいましたね」

「もし的に当たらなかったら、与一は腹を切るつもりだったらしい。我々も、似たようなものだ。航続距離ギリギリの片道飛行、たどり着けなければ砂漠のど真ん中、まず助からない」


 それを聞いていた搭乗員たちが、次々に口をはさんだ。


「サン・テグジュペリという、フランス軍のパイロットが書いた本によると、サハラ砂漠からの風はとても乾いていて、19時間で人間の命を奪うそうです」


「砂嵐に巻き込まれた生き物は、カラカラに乾き切っていて、触ると崩れてしまうとか」


「そういえば、しばらく前にフランス軍の輸送機が砂漠に不時着して、全員が行方不明になる事件があったらしいです」


 伊集院中佐が応えた。

「なかなか面白いが、我々がいつも飛んでいる海だって、それ以上に危険じゃないか。不時着水した飛行機はすぐ沈むし、鮫に襲われることもある。少なくとも、砂漠に鮫はいないからな」

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