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東京 4

 久しぶりに満州から自宅に戻り、浴衣に着替えてくつろいだ梅津美治郎は、家族にふと本音を漏らした。

「また、後始末をすることになってしまったよ」


 一度目は陸軍次官として、二二六事件を、

 二度目は関東軍司令官として、ノモンハン事件を、

 そして今回、参謀総長として大東亜戦争を。


 さすがに三度目ともなれば、ぼやいてもバチは当たるまい。


 幸いなことに、海軍の米内光政や山本五十六とは、気心が知れていた。

 盧溝橋事件から支那事変へと戦火が広がる中、陸軍次官として全面戦争を回避しようと奔走していた頃、海軍大臣の米内、次官の山本と協議を重ねた間柄だからだ。


 だが、上海の治安に当たる海軍陸戦隊4千が、蔣介石政権軍3万の包囲攻撃を受けると、それまで戦火の拡大に反対していた海軍が、部隊を救出すべく強硬策に転じる。

 そして止め役が誰もいなくなり、坂道を転がり落ちるように全面戦争へ突入してしまった。


 同じメンバーで今度こそ、この戦争を終わらせなければならない。


 梅津大将は、関東軍総参謀長に内定していたロシア通の高山中将を参謀本部次長に、昭南特務機関の白石大佐を次長付きに引き抜くとともに、作戦部長には、第3飛行団長から陸軍航空士官学校幹事に転属したばかりの百川少将を呼び寄せた。


 百川少将は、陸軍幼年学校、陸軍士官学校、陸軍大学校を、すべてトップクラスで通した指折りの秀才で、ノモンハン事件末期、関東軍の参謀副長に就任すると、雪辱戦を求める陸軍首脳部の意を受け派遣された、大本営参謀を前に図上演習を実施、敗北の原因は砲と砲弾の質と量の不足にあり、その点を改善しない限り損害が増すばかりと、不都合な現実を突きつけた。


 それが陸軍首脳部の不興を買い、「消極退嬰恐露病」と謗られ、左遷された。

 当時、関東軍司令官として赴任したばかりの梅津には、その人事を覆す力はなかったが、彼の分析は理にかなっているとして、関東軍の戦略を攻勢から守勢に転換したのだ。


 さらに梅津大将は、退役した三池中将を現役に復帰させ、参謀総長付として海上輸送態勢の一新を託すことにした。


 開戦前の陸軍の目論見では、南方資源地帯の攻略に成功した暁には、少数の治安部隊を残して占領地から全軍を撤収し、輸送船を民間に戻すことになっていたが、いざ戦争が始まってみると、そんなものは机上の空論にすぎないことがすぐに明らかとなった。


 といって、もともと船腹量に限りのある日本で、いつまでも軍が徴傭を続ければ、民間の船舶需給の逼迫を招き、兵器製造に不可欠な鉄や、航空機に必要なアルミニウムの生産すら、ままならない状況に陥りかねない。


 この難問を解かない限り、講和に持ち込む前に、日本経済が破綻してしまう。


 三池中将は、第1船舶輸送司令官として支那事変の兵站を担った際、軍需物資を揚陸して空になった徴傭船に民需物資を積み込み、日本本土へ運んで民間の船舶不足を補った実績がある。


 その経験から、軍需、民需を総合し、日本全体の船舶輸送力を最大化する策を具申したが、軍需輸送の極大化しか眼中にない陸軍首脳部に異を唱えるものと疎まれ、早期退役に追い込まれた。


 だが、梅津大将は、彼のアイデアを大東亜共栄圏全体に拡大しようと考えていた。

 シンガポールを南方で産する物資の集積拠点とし、徴傭船の復路をシンガポール経由と定め、空になった船倉に民需物資を積み込んで日本へ運ぶのだ。


 民需物資は、ただ運べばよいというものではない。

 民間の物流網に乗せなければ、港で山積みになったまま、宝の持ち腐れになってしまう。

 軍人でその荷捌きのノウハウを持っているのは、三池中将とその門下生だけなのだった。


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