ミッドウェー 1
1942年6月5日 ミッドウェー
「敵らしきもの見ゆ」
ミッドウェー島を空襲中の第1航空艦隊に、偵察機から第1報が入った。
第1航空艦隊は、南雲忠一中将を司令長官とし、第1航空戦隊の空母「赤城」、「加賀」、第2航空戦隊の空母「飛龍」、「蒼龍」を基幹とする機動部隊だ。
連合艦隊司令部の指示に従い、敵空母の出現に備えて、対艦装備の第2次攻撃隊を用意していたが、報告の入るタイミングが悪かった。
次々と来襲するアメリカ軍の爆撃機や雷撃機を、零式艦上戦闘機隊が総力を挙げて迎え撃ち、ことごとく撃墜あるいは撃破したものの、そのために戦闘機を使い切っていたのだ。
攻撃隊を出そうにも、直掩する戦闘機が足りない。
米軍機が、1発の爆弾も魚雷も当てられないままに終わったのは、爆撃機や雷撃機と、それらを直掩する戦闘機との連携がとれておらず、バラバラに飛来したため、各個撃破されたからだ。
戦闘機の直掩をつけずに攻撃隊を出撃させれば、同じ間違いを犯すことになる。
艦隊司令部は、まず戦闘機に燃料と銃弾を補給することにして、第2次攻撃隊には、魚雷や爆弾を抱き、燃料を満載したまま、格納庫で待機するように命じた。
だが、その選択が裏目に出る。
突如として雲間から現れた米軍機の急降下爆撃を受け、「赤城」、「加賀」、「蒼龍」が被弾し、格納庫で火災が発生した。
燃料タンクのガソリンに引火、爆発的に広がった炎に焙られて、魚雷や爆弾が次々と誘爆し、手の施しようのない猛火に襲われたのだ。
第2航空戦隊司令官山口多聞少将は、ただ1隻残った「飛龍」艦橋で唇を噛んでいた。
山口少将は、敵発見の報告を受けるとすぐに、艦隊司令部に意見を具申した。
「こちらの位置は、既に敵の知るところとなっている。
万一、敵艦隊が空母を伴っているなら、事は一刻を争う。
発進可能な部隊は直ちに離艦させるべきだ」
ミッドウェー島のアメリカ軍は、こちらが爆撃を始める前に全機が離陸し、空中待機することで、損害を最小限に食い止めた。
その例に倣い、こちらも攻撃隊を急ぎ離艦させ、空中待機させれば、最悪の場合でも、母艦もろとも海底に沈んでしまうことは避けられる。
だが、司令部から何の返事も返って来ないうちに、最悪の事態を招いてしまった。
戦場においては、一瞬の逡巡が勝敗を分ける。
これ以上、時間を空費してはならない。
山口少将は意を決し、掌航海長の畑山兵曹長に電文の発信を命じた。
「第1航空艦隊全艦に告ぐ。
我、ただいまより航空戦の指揮を執る。
飛行中の全機は飛龍に着艦せよ。
残る全力をもって敵空母を撃滅せんとす」
「飛龍」艦長の加来止男大佐は、ちらりと山口司令官の顔を見た。
山口少将のやろうとしていることが、独断専行の越権行為だからだ。
艦隊司令長官の南雲中将は、炎上する「赤城」から退艦中で、その間、指揮権を引き継いでいるのは、艦隊次席の第8戦隊司令官重野少将だ。
だが重野少将は、ウェーク島作戦で航空戦に不慣れなことを露呈していた。
この危機的な状況を打開する策があるとは思えない。
敵に一矢を報いんとすれば、まず味方の右顧左眄を封じるのが先決だった。
航空参謀の中田少佐が、報告した。
「第1次攻撃隊、指揮官知久大尉、99式艦上爆撃機18、零式艦上戦闘機5、発進準備完了」
山口少将は、あらためて命じた。
「再び全艦に告ぐ。
第1次攻撃隊、これより発進す。
飛龍は、損害機を収容しつつ、敵に接近す」
加来艦長が命じた。
「風上に向かって最大戦速」