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モルディブ 4

 空母「蒼龍」飛行隊長の江草隆繁少佐は、99式艦上爆撃機38機を率い、高度3000メートルで水平飛行に入った。


 座席を限界まで高く引き上げて風防を開き、野武士のように精悍な顔を突き出す。

 外気温は15度、風速は秒速90メートルに達する。


 息をするのもままならないが、風防を閉めていては、ガラスについた僅かな傷も、小さな機影や艦影を見逃す原因になりかねない。


 1000メートル上空では、零式艦上戦闘機36機が警戒態勢をとり、下方には97式艦上攻撃機54機が続く。

 総勢128機の大編隊だ。


 開戦劈頭のマレー沖海戦では、日本の攻撃機がイギリスの戦艦2隻を沈めるという、一方的な勝利に終わったが、それは、「戦闘行動中の戦艦が飛行機の攻撃で沈むことはない」という当時の常識に従い、直衛する戦闘機の到着を待たずに出撃したためだ。


 今回は、間違いなく敵の戦闘機が待ち構えている。


 江草少佐の前方上空に、微かな黒いシミのようなものが現れた。

 敵機だ。

 零戦隊が一斉に増槽を落として、そちらに向かう。


 江草少佐は、座席を下に降ろし風防を閉めた。

 スロットルを開いて、徐々に速度を上げる。


 爆弾を抱えたままの重い機体では、不利な戦いを強いられる。

 一刻も早く攻撃地点を目指したいところだが、スピードを急に上げると、技量の劣るパイロットがついて来られなくなり、落伍するおそれがある。


 編隊が崩れて、遅れた機が敵の餌食になることこそ、最も避けなければならない。

 逸る気持ちを抑え、手近な断雲に隠れてF4Fをやり過ごす。


 やがて水平線に黒いものが見えてきた。

 イギリス軍の空母だ。


 江草少佐はすぐに攻撃に移ることはせず、高度を4000メートルにとり、敵艦隊の周囲をゆっくりと旋回した。


 戦闘機がエレベーターで飛行甲板に上がっては、カタパルトから発進している。

 早めに攻撃して、飛行甲板を使用不能にする必要がある。


 江草少佐は、蒼龍隊に「インドミタブル」、赤城隊には「フォーミタブル」の攻撃を命じると、

「突撃隊形を作れ!トツレ!」と叫んで、緩降下に移った。


 一旦解かれた編隊が、単縦陣に変わる。


 高度2000メートル。

「全軍突撃せよ!ト連送!」

 急降下に入った。


 イギリス艦隊が、対空砲火を激しく打ち上げてくる。

 炸裂する高射砲弾で機体は揺れ、視界一杯に広がる弾幕の中を、曳光弾が飛び交う。


 この頃の高射砲弾は、爆発までの時間を事前に設定する時限信管を使っている。

 あらかじめ決められた高度でしか炸裂しないから、一定の高度を保って投弾する水平爆撃ならまだしも、高度が急激に変わる急降下爆撃では滅多に当たらなかった。


 だから、なまじかわそうとするより、真っ直ぐ突入する方が生還の可能性は高い。

 だが、炸裂する対空砲火の弾幕に向かって飛び込む恐怖は想像を絶し、経験の浅いパイロットの中には、目を閉じたり、失神したりして機体の制御を失い、命を落とすものも少なくなかった。


 先頭を切る江草少佐は、空母の飛行甲板に狙いをすまし、高度600メートルで投弾した。


 急降下爆撃隊の指揮官機が放つ最初の爆弾は、後続機が弾着を見て狙いを修正するターゲットマーカーのようなもので、命中精度はさして期待されない。

 だが、江草少佐の放った初弾は、飛行甲板の中央部を直撃した。


 後続機の爆弾も次々に命中し、爆発の衝撃が「インドミタブル」を揺るがす。

 驚くべき命中率だ。


 イギリス東洋艦隊旗艦、戦艦「ウォースパイト」のサマヴィル卿は、日本軍の急降下爆撃の技量の高さに舌を巻いた。


 ところが、爆煙が吹き払われると、現れたのは、ほとんど無傷の飛行甲板だった。

 わずかなへこみが、いくつかあるだけだ。


 ドイツ軍の500キロ爆弾の直撃を受けても耐えられるという、戦艦並みの装甲を誇る飛行甲板は、日本軍の250キロ爆弾では、かすり傷もつけられなかった。

 その報告を受けたサマヴィル卿は、これなら勝てると微笑みを浮かべた。


 イギリス軍の注意が上空の急降下爆撃機に向けられている隙を突いて、友永丈市大尉率いる97式艦上攻撃機の一団が、超低空で英艦隊に迫っていた。


 気がついたイギリス艦艇は、慌てて機関砲の角度を変え、対空砲火を浴びせる。

 直衛のF4Fが、同士討ちを避けようと離れていった。


 海面を這うように進む友永機に、曳光弾が集中する。

「用意、てっ!」

 友永大尉が叫んだ。


 放たれた魚雷は、水煙を上げて水中に没し、「インドミタブル」めがけて走り始めた。

 後続機の投下した魚雷が扇型に散開し、空母は、それをかわすべく転舵する。


 その時、逆方向から突入してきた艦攻の魚雷が命中し、轟音とともに水柱が上がった。

 さらに3本、魚雷が命中し、「インドミタブル」は大きく傾く。


 内部の隔壁と配管が切り裂かれ、焔と煙が噴出する。

 少し離れた位置で、「フォーミタブル」も猛火に襲われていた。


 爆発を繰り返し、夜を徹して燃え続けた2隻の空母は、暁闇に水中へと姿を消した。

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