モルディブ 2
「アッズ環礁に、イギリス軍の補給基地を発見」
その報告を聞いて、連合艦隊司令長官山本五十六大将は、いささか意外に思った。
艦隊の泊地としては、チャゴス諸島のディエノ・ガルシア環礁の方が本命と考え、その手前のモルディブ諸島は、予備的に調査させただけだったからだ。
だが、アッズ環礁のガン島は、セイロン島のトリンコマリー軍港から1400キロの距離にあり、オアフ島の真珠湾軍港から2000キロ離れたミッドウェー島と位置関係が似ている。
山本大将は、インドとオーストラリアをイギリスやアメリカから分断するため、セイロンとハワイを攻略する構想を持っていた。
兵士や資源を植民地に頼る英国は、分断されると戦争の継続が困難となり、講和を求めてくるはずで、そうなったら英国に米国が休戦のテーブルに着くよう説得させるというシナリオだ。
だが、ロシア侵攻を諦めていない陸軍は、師団規模の兵力をセイロンへ投入することに難色を示していた。
そこで思い出したのが、ミッドウェー作戦のために大本営が用意した、陸軍の一木支隊と海軍の第2連合陸戦隊だ。
セイロン島を攻略するには足りないが、アッズ環礁なら手頃だろう。
ミッドウェー作戦の、よい予行演習にもなる。
アッズ環礁とミッドウェー島の奪取に成功すれば、陸軍もセイロン島とハワイ島の攻略作戦に本気で取り組むに違いない。
一石二鳥の、悪くないアイデアに思えた。
3月下旬、山本連合艦隊司令長官の命を受け、インドネシアのスラウェシ島スターリング湾を出撃した第1航空艦隊は、インド洋にイギリス東洋艦隊を求め、セイロン島沖に達した。
第1航空艦隊の今回の編成は、第1航空戦隊「赤城」、第2航空戦隊「蒼龍」、「飛龍」、第5航空戦隊「瑞鶴」、「翔鶴」という大規模なもので、修理のため佐世保に戻った「加賀」を欠くとはいえ、真珠湾攻撃を上回る史上最大の空母機動部隊だ。
第2航空戦隊旗艦「蒼龍」の艦橋では、司令官の山口多聞少将が、艦長の柳本柳作大佐と話し込んでいた。
「イギリス東洋艦隊の泊地はどこだと考える?」
「コロンボ、トリンコマリーのどちらかですが、私なら、外洋に面し空母からの航空攻撃に曝されるトリンコマリーよりも、内海側のコロンボを選びます」
「アッズ環礁はどうだ?」
「あくまで補給基地で、軍港としての設備は十分ではないようです。一時的な避難先としてならともかく、長期間留まるのは難しいでしょう」
そこに、コロンボ空襲に向かった部隊から報告が入った。
「巡洋艦、駆逐艦各一隻撃沈。戦闘機および攻撃機を多数撃墜す。なお、空母をはじめとする敵艦隊主力は、コロンボ、トリンコマリー、いずれにも発見できず」
この報告を受けた「赤城」艦上の第一航空艦隊司令部は、沸き立った。
「コロンボ、トリンコマリー以外に、この辺りで東洋艦隊が停泊できる規模の港といえば、アフリカ東岸のケニアのキリンディニしかない。奴らはしっぽを巻いて、アフリカへ逃げ出したのだ。もはや、我ら向かうところ敵なし」
だが、アメリカに駐在武官として赴任した際、スパイマスターとして諜報活動に従事し、米国の諜報機関と丁々発止、火花を散らしながら米軍の極秘情報を収集していた山口少将は、きな臭いものを感じた。
「攻撃を事前に察知し、身を隠した可能性もある。こちらの動きが読まれているのではないか?」
政府や軍の内部にスパイがいるのはお互い様だし、暗号書や暗号機を盗んだり、盗まれたりするのは、平時ですら日常茶飯事、まして戦時ともなれば、撃墜された飛行機や撃沈された艦艇から、暗号書や暗号機が奪われるのは時間の問題だからだ。




