表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年と執事  作者: マン太


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/33

31.麦畑

 シーンは生い茂る小麦畑の前に立っていた。

 黄金色(こがねいろ)に輝く小麦の穂が、風に吹かれさざ波の様に揺れる。

 その向こうで、こちらの呼び掛けに気づいたハイトが作業を止め、手を振ってきた。

 シーンも負けじと振り返すと。


「昼食の時間だ!」


「分かった! 今行く」


 麦をかき分け、彼がこちらに向かってくる。まるで黄金の海原を泳いで来るよう。

 途中、被っていた麦わら帽子が風に飛ばされ、背中へ跳ね上げられた。

 すっかり日に焼け、そばかすの浮くハイトの顔があらわになる。それは、シーンの目にとても好ましく映った。

 ここへ越してきて一年が経とうとしている。

 叔母はひと目でハイトを気に入り、その家族、ラルスもエルミナルも喜んで受け入れた。

 叔母とラルスは年が近い。いい話相手となった。それに、叔母には子供がいない為、エルミナを孫のようにかわいがり。

 農場も順調だ。

 今年は天候にも恵まれ、何もかも豊作だった。牛の方も乳の出が良く、そこから作られるチーズやバターは街に持っていくと、飛ぶ様に売れる。わざわざ欲しいとここまで訪れる者もいる程だった。

 ハイトはシーンのもとまで来ると、髪を押さえながら背後を振り返る。


「本当に、とてもいい畑だね。何でもよく育つ」


「そうか。しかし、熱心なのはいいが、少し日に焼け過ぎじゃないか? 痛いだろう?」


 赤らんだ頬に手を触れさせれば、心地よさそうにハイトは目を閉じた。

 ハイトはあれから少し身長が伸び、日に焼けた。作業のお陰で筋肉が付き、精悍で凛々しい青年となり。見ていて眩しいほど。


「シーンの手。冷たくて気持ちいい…。シーンが触ってくれるから、少しくらい日焼けしても平気だ」


「何を言って。ほら、帽子をかぶって。その分だと、ろくにかぶっていなかっただろう」


 言いながら、背中で揺れていた麦わら帽子を被せ直す。


「熱中しているとさ、つい。雑草もこまめに取らないとね。でも、シーンは、焼けないね? 少しは黒くなってもいいのに…」


 ハイトは羨ましいと言いたげに見上げてくるが。


「焼けても赤くなって終わりだ。ハイトが羨ましい」


「羨ましくなんかないって。やっぱり、白くて透き通るようなの、いいなって思うもん。シーンは肌がきれいだ…」


 シーンは笑うと、ハイトを腕の中に囲い。


「私は──良く焼けたパンみたいなハイトが大好きだ。光を浴びて、まるで太陽そのものだ。いつもキラキラしている…」


「もう。焼けたパンて…。でも、シーンがいいならいいや。気にしない」


 ぎゅっと抱きついてきた。その拍子にまた帽子が背中に落ちる。シーンはその背に手を回しながら、額にキスを落とすと。


「さあ、ランチに行こう。皆が待ちくたびれている」


「うん。アンリもキエトも待ちぼうけだね」


「キエトはいいが、アンリは大騒ぎだな…」


「食べることが大好きだもんね。あんなだとは知らなかったよ。少し食い意地が張ってるくらいだって思ってたのに…」


「人は見かけに寄らないな?」


 アンリのキッチンで獲物を狙うイタチの様に、いつも目を光らせている樣を思い起こし二人で笑い合う。

 そうして家へ向かえば、玄関先でアンリが手を振って呼んでいるのが見えた。

 飯! そう叫んでいる。

 その必死な様子に、シーンはハイトと顔を見合わせて笑った。

 アンリは農場の作業が忙しい時、手伝ってくれていたのだが、そのうち正式に雇うことになり。

 最近、近所の農場の娘といい雰囲気だとはハイトの談だった。

 シーンはそれより、エルミナとの仲の良さを微笑ましく思っているのだが──それは、ハイトにはまだ言わないでいる。

 くっつく時はどんなに裂こうとしても、そうなるものだ。縁がなければそれまで。シーンは見守る事にした。

 キエトは屋敷での仕事を引退し、子どももおらず、早くに妻を亡くしていたため、ひとりやもめ、どうしようかと悩んでいた所へ、シーンが手伝わないかと声をかけたのだ。

 高齢ではあるが、まったくそれを感じさせず、日々馬や牛の管理にいそしんでいる。

 ラルスと叔母さんと共に、よく昔話に花を咲かせていた。

 エルミナルは近郊の学校に通っている。友だちと勉強後に、広い農場を駆け回るのが日課となっていた。男女構わず呼んでは、あちこち冒険と称して走り回っている。

 この分では先が思いやられると、ハイトがぼやいていたが、それはそれでいいのではないかとシーンは思っている。元気なのはいいことだ。

 レヴォルト家は当主をクラレンスが引継ぎ、領地を完璧に治めていた。

 父オスカーは職を辞したが、クラレンスに請われて指導役としてとどまっていた。

 仕事を途中で放棄した息子に代わって、役に立つ人間を育てるのが仕事となっているらしい。

 クライブは屋敷から少し離れた別宅で、静かに余生を過ごしていると言う。

 そしてヴァイスは──。

 あの後、猶予付きで釈放され、叔父リオネルの元に身を寄せていると言う。

 すっかり意気消沈し、以前の高慢さは影を潜めたようで、まるで魂の抜けた夢遊病者の様だと、一度往診したクレールが話してくれた。

 精神を病んだらしい。

 だが、そのヴァイスにも付き添うものがいた。悪友でもあった友人だ。彼が甲斐甲斐しく面倒を見ているお陰で、なんとか保っているらしい。


「捨てる神あれば、拾う神あり、だな?」


 笑うクレールに、口の端を僅かに吊り上げてみせるだけにとどめた。

 何も彼に言う事はない。ただそれなりに過ごせているならそれはそれで良かったと思う。彼とは二度と、人生が交わる事はないだろう。


「シーン、午後は少し休んでから街にでるって?」


 アンリは四度目のパンのお代わりを、叔母の給仕を手伝っているハイトに要求しつつ、シーンを振り返った。


「ああ。うちのチーズを気に入ってくれた店に売り込みだ。ジャムやワインもどうかと。ハイトも連れていく。今晩は泊ってくるからそのつもりで」


「了解。いいなぁ。エルミナ、お兄ちゃんは恋人とデートだってさ。いいなぁ。俺も恋人と出かけたい…」


 傍らで黙々と食事に専念していたエルミナに声を掛けるが。


「あら、おととい、隣の農場の娘さんと、仕事そっちのけですっかり話に熱中していたのはだれ? #仕事そっちのけ__・__#で」


 そこを強調すれば、アンリはうへぇと声をあげ天を仰いだ。


「ハイトもシーンもセールスのお仕事よ。終わってからは自由だもの、しっかり用事が済んだなら、何をしても自由だわ。お仕事を済ませたらね?」


「エルミナ…。俺にあたり、強いね…」


「鼻の下ばかり伸ばしているからよ。ハイトやシーンを見習ってね? 見習いさん」


「ぐ…」


 二人のやりとりに皆が笑った。


+++


 好きなものに囲まれた、穏やかな日々。

 それは昔、夢見たもので。

 スプリングの効かない古びたベッドに横になって、隙間風の入り込む窓から夜空を眺め思った未来。

 決して、自分にそんな未来が来るとは思っていなかったのに。 


「ハイト…」


「ん」


 浴室から出てくると、先にベッドに座っていたシーンが、傍らを開け座る様に促す。

 誘われるまま傍らへ腰掛けると、腕が背に回り優しく抱きしめてきた。温もりが心地いい。

 シーンはハイトがすっかり身を預けるまで、いつまでもそうしている。そのまま眠ってしまったことだって何度もあった。

 それでいいのだとシーンは言うけれど。


「シーン…」


「なんだ?」


「シーンは…俺で良かったの? 今更だけど…」


 シーンには本来なら別の道があったのだ。

 レヴォルト家で執事として当主を支える道。今の当主、クラレンスに請われたが、シーンはそれを断った。

 完璧な執事。シーンならなれただろう。

 こんなちっぽけな自分と冴えない農場暮らしなど、本来なら通る道でなかったのではと。

 いつまでも居住まいの正しいシーンを見るにつけ、思うハイトだったが。


「それこそ、今更…だ。ハイトと出会った時点で、私の進むべき道は決まっていたんだよ。大切な人と心豊かに過ごす。それがどんなに幸せな事か。幸せを得られないなら、それは砂を嚙むようなもので、味気ない人生になったに違いない。何かが足りないとずっと思っただろう…」


 シーンはハイトの頬にかかった髪を梳くと。


「私はハイトが好きだ。本当は、誰の目にもさらさず、二人っきりでどこか山奥にでも住みたいくらいだ。誰にも邪魔されたくない…」


「シーン…」


 灰色がかったグリーンの瞳が近づき、唇の感触を確かめるようにゆっくりと口づけていく。


「でも、そんな事はできない。ハイトは人気者だから…」


「そ、んな──」


 言いかけた所をぐいと引き寄せられ、互いの心音が聞こえるくらい身体が密着した。

 薄い寝巻の生地越しにシーンの熱い体温を感じる。


「だから、今だけは独占するんだ。ハイトに触れられるのは──私だけだ」


「ん──」


 何度も唇を重ねる長いキスの後、徐々に高まった熱に揺さぶられ、自然とシーンに抱き着いていた。腕を回しシーンのプラチナブロンドの髪を乱す。

 シーンに求められることが心から嬉しくて幸せで。

 触れられた箇所は、どこも熱を帯び、喜びに震える。自分でも驚くくらいだ。


「ハイト…。好きだ」


「…っ」


 そこかしこに落とされるキスと同時に、好きと囁かれる。まるでうわ言のようだ。

 身体ごと全部、シーンに捧げたくなってしまう。

 キスから顔を起こしたシーンの頬に両手を添えて、灰色を帯びたグリーンの瞳を見つめた。


「ハイト?」


「…好きだ。俺も──大好きだよ。シーン」


 ふっとシーンの目元が緩み、どちらともなくキスを交わした。

 そのあとに、気遣うようにゆっくりと自分の中に身を沈めたシーンに。いつの間にか、我を忘れた様に自分を求めるシーンに。

 すべてに愛おしさを感じた。

 生まれてきて良かったと、心から思った。


+++


「ん…」


「まだ、寝ていていい…」


 そっと濃いブラウンの髪を梳くと、身じろぎこちらに身を寄せてきた。

 露になった肩へ上掛けをかけなおすと、腕の中にハイトを抱き込む。

 田舎の朝は寒い。そろそろ収穫の時期を迎えるこの季節は、寒さも以前より増してきている。

 自分でもこんなにと思うほど、ハイトに溺れていた。今まで付き合ってきた女性に対して、ここまで我を忘れて求めたことはない。自分は淡白な方だと思っていたのだが。


 すっかり、ハイトに惚れ込んでいるのだな。


 自分でも呆れるくらい、ハイトにぞっこんだった。本当に、誰の目にも触れない場所へ閉じ込めて、自分だけのものにしたいと思うほど。

 控えめで、でも芯のしっかりした、強い眼差しを持つ青年。どんな辛い環境でも、前を向き、今できる最善を尽くしてきた健気なハイト。

 それまでは執事として生きることが人生の目標で、生きがいだったのに、今では彼のいない人生など考えられない。


 どこにでもいそうなのに、そうはいない。


 ハイトを見つけ出せて良かったと思う。あの出会いがなければ、きっと会うこともなかっただろう。


 人の出会いは面白い。


 しかし、今思えば、あれは偶然ではなく必然だったのだと思う。

 ヴァイスの扱いにも、執事としての将来に影が差していたのも事実で。ハイトはきっかけでもあったのだろう。この先をどう生きるかの。


 そして、私は選択した。


 どう生きれば自分らしくいられるのか。輝く未来が待っているのか。

 それを気付かせてくれたのが、ハイトだ。


 私の人生の指針。


 眠るハイトを見下ろし、額に口づける。健やかな寝息に、これから先もこのままであって欲しいと強く願う。


 私だけのハイト。


 私は彼だけの、忠実な執事──。


 彼と進む未来が光に満ちたものになるように、全力を尽くすことを誓った。



 風に揺れ、音を立てる金の海原。その先に立つのは──。


 私の愛しい人。


「シーン!」


 自分を呼ぶ声に大きく手を振って答えた。

 


ーEndー


「少年と執事」完結致しました。


 ちょっと暗めのお話しでしたが、頭の中にあった妄想を吐き出したく、書かせていただきました。

 苦悩する執事を書きたかったのです…。

 拙い文章、及び妄想にお付き合いいただき、ありがとうございました!


 さて、次回は暫しお休みをいただき、また、更新させていただきます。

 その際は、よろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ