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少年と執事  作者: マン太


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20.秘密

 シーンはそれからも、休暇になるとハイトのアパートを訪れた。

 ハイトと共にラルスとエルミナと過ごす。

 シーンはその時だけは、心から笑ってくれた。けれど、屋敷に帰るといつも一変して。

 表情は硬くどこか悲壮感が漂った。ヴァイスの件だとしても、何がそこまでシーンを追い詰めているのか。

 その詳しい理由を知ったのは、それから暫くしてからだった。


「あれ、今日は寄り道するの?」


 月の半ばの休暇、いつもの様に馬車でハイトのアパートへ向かう前、シーンは御者へとある店の名を告げた。途中、そこへ寄るのだと言う。シーンは座席につくと傍らのハイトを振り返り。


「少し、別件で用事があってね。いいかな?」


「もちろん。…でも、何の用で?」


 シーンは嬉しそうに笑みを浮かべると。


「大事な用でね。詳しくは言えないんだが…。人へ贈り物をしたいんだ」


「へぇ…?」


 誰にだろう?


 お屋敷に雇われている誰かか、もっと親しい友人へか。

 そういえば、ここの所、休暇が重なるたび、ハイトの家に遊びに来ているが、他に親しい友人──主に女性だけれど──はいないのだろうか。

 シーンが訪れたのは、宝飾品を扱う店だった。古くからやっている店らしく、シーンも顔なじみの様で。


「ここはお屋敷がひいきにしている店なんだ。とても信用が置ける。やあ、ショーン、頼んでおいたものを見せてくれるかい?」


「ああ、いいとも。奥へ」


 感じのいい白髪の店主が、奥へと案内する。するとシーンはこちらを振り返って。


「少し店内で待っていてくれるかい?」


「うん、いいよ」


 表では見せられない商品なのだろう。


「そう時間はかからないよ」


 そう口にすると、どこか鼻歌でも歌いだしそうなくらい、機嫌よさ気に奥へと向かった。


 きっと高価なんだろうな…。


 それに宝飾品と言う事は、明らかに女性にプレゼントをするためだろう。

 何処の誰か、何時会っているのか。もしかしたら、分からないようにお屋敷に勤める誰かと付き合っていたのかもしれない。

 そう思うと心が重く打ち沈んだ。


 それから十五分ほどした頃か、シーンは店主と共に戻ってきた。暫く談笑したあと店主に別れを告げ、ハイトのもとに戻って来る。


「流石ショーンだ。私の依頼に完璧に応えてくれた。なかなかない色の品物でね」


 シーンは幾分頬を上気させて嬉しそうに話してくれた。

 ハイト自身は誰に渡すのかが気になって、素直に笑顔が出てこなかった。きっと今浮かんでいる笑みは、ひきつっている事だろう。

 シーンはそれから、お屋敷で頼まれた注文をカウンターで済ますと店をでた。


「品物は持って帰らないの?」


「ああ、また後日、お屋敷に来るついでに渡してくれることになっている。少し加工が必要でね」


「フーン…」


 いったいなんだろう? 指輪かネックレスの類なのだろうけれど。


 一番気になるのは、誰に渡すのだろう。


 けれど、嬉しそうなシーンに、それ以上は怖くて突っ込む事が出来なかった。


+++


 それから二月(ふたつき)が経とうかと言う頃。

 お屋敷では息子ヴァイスの誕生日の祝いと婚約発表の準備で大忙しだった。

 親族及び、有力者を多く呼びお披露目をするのだ。百人近くのお客があつまり、それぞれ宿泊が伴う。料理も飛び切り豪華なものが用意される。三日間に及ぶそれは一大イベントだった。

 婚約相手は身分こそ少し下がるものの、申し分ない家柄の相手らしい。


 シーンは忙しくなるんだろうな。


 今までよりさらに忙しくなるのだろう。今後暫くは、のんびりハイトのアパートに寄っている時間はないに違いない。

 その日の仕事は少し終わりが遅くなった。

 一頭の雌馬が産気づき、出産したからだ。落ち着くまで様子を見ていたため、すっかり遅くなってしまった。

 夕食はキッチンメイドのエマが気を利かしてサンドイッチを持ってきてくれた。齢の近い彼女とは気安く話せる仲で。いつもハイトを気にかけてくれるいい子だった。

 それを食べてずっと厩の傍らで過ごしていたのだ。時刻は夜十一時近い。キエトは既に先に休ませている。


 シーンも、もう寝ているかな?


 最近、部屋に戻ってくる時間が遅い。シャワーを浴びる時もあれば、そのまま眠ってしまう時もある。

 朝起きればいつもと変わらない笑顔でおはようと返してくれるが、そこにありありと疲労の色が浮かんでいた。見た目よりも、精神的に削られている、そんな雰囲気に感じられた。

 キッチン脇にある裏口から入ると、明かりの消えた部屋の奥で人の声がする。僅かな明かりが食堂から漏れていた。声の主はすぐにシーンのものだと分かる。


 もう一つの声は──。


「シーン、いいだろ。もう誰もいない。待てないんだ…」


 艶の籠った声。どこかこびているようにも感じられた。


「誰が起きてくるかわかりません。今日はもう──」


「誰も起きてこない。大体、見られたっていい。どうせバレるだろ?」


「ヴァイスさま──」


 その声に、はっとした。

 開いたままの扉の向こう、暗いから明かりがさす二人は暗闇に立つハイトから良く見えた。

 ヴァイスが伸びをしてシーンの首に手を回して──キスしていた。

 それは、お休みの挨拶のキスにはほど遠い。ヴァイスの白い指が、情熱的にシーンの髪に絡む。しかし、シーンは微動だにせず。

 まるで、彫像にキスしている様で。そこからシーンの感情は読み取れなかった。


「──自分からしただろう? 今更、拒絶してももう遅い…」


 濡れた唇を離し、ヴァイスはこちらからは横顔しか見えないシーンの唇を指でなぞる。


「そういう、約束でしたから…。さあ、もう今日はお休みください…」


「連れないな。いつまで待たせる気?」


「…ご婚約が成立するまでは」


「仕方ないな。当分、キスだけで許してやる。けど、その言葉、忘れるなよ? お前はもう僕のものだ。誰にも渡さない──」


 もう一度唇が重なり合い、唇から水音が漏れる。

 ドクリ、と心臓が鳴った。頭の中が真っ白になり、身体の体温が急激に下がる。


 これ以上、見てはいけない。いや。見ていられない──。


 音をたてないようにして、そっと廊下を戻った。裏口のすぐそば、明日の食事に使われる野菜がつまれた箱の脇へしゃがみこむ。

 吐き気がした。身体が勝手に震え涙も零れてくる。


 なんで? どうして。


 会話から、シーンがヴァイスに脅されているのが伺えた。


『お前はもう僕のもの』


 ヴァイスの言葉が頭から離れない。

 シーンはヴァイスに好かれている。それはただの好意ではなかったのだ。性的に求められている。


 いつからだろう? 


 出会った頃からずっとヴァイスにはてこずっている様子だったけれど。


 俺がここへ来たくらいからだろうか。


 あの頃から特に表情が暗かった。どうしてか理由は分からなかったけれど、漠然と、素行が良くないヴァイスに手を焼いているだけかと思っていたのだ。


 ずっと、ヴァイスに迫られていたんだ…。


 それなのに、そんな事は一切口にせず過ごしていた。ハイトの家に来た時はとても楽しそうで。

 ずっと、暗い表情にさせる原因が気になってはいたけれど、聞き出せずに今に至って。


 シーンは、それを受け入れたんだ…。


 でも、どうして? 


 ここ数ヶ月、シーンと付き合ってきて、とても人を大切にする人間だとわかった。

 一見すると真面目で堅苦しくも見えるが、実際はそうではなく、雇われた者たちに心を砕いていた。

 相手の気持ちに立って物事を考え、無理強いはしない。心を大事にする人だと知った。

 だから、幾ら迫られたからと言って、好意を持たない者からの思いを、簡単に受け入れる様には思えない。


 俺にはずっと、好きだって言っていてくれた…。


 もちろん、それは友人の範囲を超えないものだと理解している。

 けれど、ヴァイスが好きだとは一言も聞いたことがなかった。尊敬する主人の子息、だから大切に思っている、そう言っていた気がする。それは好意ではない。


 でも、ヴァイスのキスを受け入れている。

 

 ヴァイスの口振りからすると、きっと、そのうち関係も持つのだろう。


 婚約までって──。


 それを過ぎたら、シーンはより深い関係をヴァイスと持つのだろうか。


 脅されているんだ。きっと…。


 何か条件があるはず。でなければ、あのシーンがそういった行為を心を無視して行うはずがない。


 何かある。


 無理やりでもそう思い込みたかった。でなければ、今まで自分に向けられていたシーンの好意が信じられなくなる。

 と、コツリと床板を鳴らす靴音を聞いた気がした。気のせいかと思ったが。


「…ハイト?」


 はっとして顔を上げる。

 そこには窓から入りこむ月明りに照らされたシーンが立っていた。


+++


「あ…」


「どうした? こんな時間にこんな所で蹲って…。──いや。見たんだな…」


 濡れた頬を見られたらしい。

 月光に浮かび上がるシーンの顔色はさらに蒼白く目に映った。

 苦笑を浮かべ俯く。右手で顔を覆ったシーンは、一瞬泣いているかと思った。


「…そうだろう?」


「…ん。でも、背中しか見えなかった。何してたかは──見えなかった」


 嘘だった。全部、しっかり見えていた。

 けれど、シーンを思って言うのは避けた。見られなくはなかっただろう。


「俺、行くね。シャワー浴びないと、ずっと厩にいたから匂いがついて──」


 この場から逃げ出したかった。ハイトはその場へすっくと立ちあがったが、急に立ち上がったせいで貧血を起こしかける。


「っ!」


 くらりと視界が揺れて、慌てて壁に手を付こうとしたが、その身体を突然強い力に引かれた。シーンが抱きとめたのだ。


「あ、ありがとう、シーン。もう大丈夫だから離して」


「嫌だ…」


「俺、ずっと厩にいたから汚れてるし臭いって──」


「関係ない」


「…シーン」


 どうしてシーンは自分を抱きしめるのか。


「私を、軽蔑するか?」


「そ、んな…」


「見えていたはずだ。私はヴァイス様と…キスをしていた。見えていたんだろう?」


「…うん。でも、軽蔑なんて…しない」


「どうして?」


「だって…、シーン、こんなに震えている…。好いた相手とキスしていたなら、こんな風にはならないだろう? 母さんと、父さんはとても仲が良くて、こっちが恥ずかしくなるくらいいつも一緒だった。キスしたあと、とても幸せそうで…。でも、今のシーンはそうじゃない。──何かあるんだろ?」


 ハイトはそっとシーンの背に手を回し撫でる。いつかと同じだ。汚れが付くと思ったが、この際仕方ない。ビクリとシーンの背が揺れた。


「シーン。前に良くなるなんて、言ってごめん。訳も分かっていなくて…。何か、脅されているの? 俺に言ってもどうしようもないことは分かる。でも、同じ辛さを共有させて欲しい。…大切な人だから。シーンは…」


 大切だ。とても──。


 ヴァイスに嫉妬するくらい。


 こんなに好いているのに、俺はシーンにキスすることもできないのに。


 そこまで思って、はっとした。


 俺はシーンに、キスされたいのか? 


 ヴァイスとするシーンを見た時、確かに嫉妬を覚えた。それは単に大切な人を奪われそうだから、それだけではなく。


 俺も、そうされたいんだ…。


 休日はシーンと過ごすのが当たり前になりつつあった。一緒のベッドに眠るたび、回される腕の温もりに心が浮き立った。


 ずっとこのまま、過ごしていたい──。


 気付けば眠るのが惜しくなっていた。


 俺はシーンが好きだ。友人としてではなく。


 でも、この思いを告げることはできない。告げれば、この友人関係がなくなってしまう。そんなことにはなりたくない。


「…そうだ。私は──ヴァイス様をそういう意味で好いてはいない。私が好いているのは──」


 ぎゅっとシーンが更に抱きしめてきた。


「ここでは話せない。…部屋で話そう」


 いったん腕をほどくと、シーンはハイトの手を取って薄暗い廊下を通り抜け、部屋まで戻った。


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