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少年と執事  作者: マン太


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19.ひととき

 夕食も賑やかに過ぎていった。

 お礼にとシーンが作る。シチューに、サラダという簡単なものだったが、鶏肉をいれ、クリーム仕立てにしたそれは皆に好評だった。サラダは野菜の新芽に紫の玉ねぎやカブが散らされている。後は焼き立てのパンが添えられた。


「ふう、お腹いっぱい…」


「ハイトは沢山食べてもっと太らないとな?」


 シーンは皿を片付けながら、テーブルを拭くハイトを振り返る。食べ終わったラルスはエルミナと共に寝室へ下がって行った。


「でも、あんまりぶくぶく太ったら、動けなくなっちゃうよ」


「ハイトがそんな風にはならないと思うが、なったらなったで可愛いな」


「シーン…。それ、ほんと?」


「ああ。もちろん、本当だ。コロコロしてそうして笑っているんだ。可愛いだろ?」


「…シーン」


 ハイトは怒った素振りを見せ、頬を膨らませる。


「本当に可愛い可愛いって、俺の事、どんな風に見てるんだよっ」


 シーンは一旦皿を洗う手を止めると。


「そうだな…。ハイトは素直でいい子だ。笑うとその場が和むし、とても癒される。ずっと傍らに置いておきたいと思える。とても、好ましい人物だと思って見ているな」


 そこまで言って、ハイトの反応を見た。見れば布きんを握り締め、顔を真っ赤にしてそこに固まっている。


「俺の事、そんな風に言うのはシーンくらいだよ…。からかってるの?」


「違う。本当の事だ」


 シーンは笑みを浮かべながらそう口にする。そこへすっかり寝支度を整えたエルミナが顔を出し。


「お兄ちゃん、お顔まっか。お熱あるの?」


「大丈夫だよ…。エルミナ、歯は磨いた?」


 気を取り直したハイトは兄の顔を見せる。


「うん。磨いたわ。お休みを言いに来たの」


 そうしてエルミナはハイトの頬へキスを落とすと、トトっとシーンの傍らにも駈け寄り。


「シーンも!」


 手を伸ばしてキスをしようとする。シーンは洗物を一旦おいて、そこへ屈むと頬を差し出し、


「さあ、お姫様。どうぞ」


「ん。お休み! シーン」


 頬へキスを落とす。満足したエルミナは笑顔でまた部屋へ戻って行った。シーンは小さな背を見送った後。


「喘息は落ち着いているのか?」


「うん。おじいちゃんの話しでは、最近、酷い咳はしなくなったって」


「良かったな? きっとあの時の薬が効いたんだろう」


「…うん」


 やや間があった後、ハイトが頷く。

 一瞬、その顔に苦し気な表情が浮かんだがすぐに消えた。その原因をなんとなく察しているシーンは、それ以上は薬について口にしなかった。

 食器も全て終い終え、片づけが一段落するとハイトを振り返り。


「さて、まだ寝るには少し早いな。お茶でも飲もうか? 私がいつも飲んでいるものだ。気に入るといいが」


「うん! 飲む。楽しみ。シーンはどんなのが好きなの?」


 シーンは、持ってきた革のカバンから紅茶の缶を取り出した。


「まあ、飲んでみてくれ」


 ハイトはキッチンのテーブルに座る。シーンは手際よく紅茶を淹れていった。茶葉をティーポットに二さじ淹れると、お湯を注ぎ、暫く置くと温めてあったカップに注いでいく。ふわりと花のような薫りが漂った。


「…いい匂い。色もきれいだね?」


 白いカップに注いだ紅茶は澄んだ赤い色をしていた。シーンはそれをハイトの前へ置くと。


「ジャムを入れてもいいが、今日はそのままで。昔、母が好んで飲んでいたものだ。バラの花弁が入っている」


「へぇ──。味もいい。少し酸味がある…」


 ひと口飲んで、ハイトは感嘆の声を漏らした。


「ローズヒップが少しな。色付けの意味もあるんだろうが、そこまで入っていないんだ。薫りもきつくはない。これを飲むと落ち着くんだ。昔からね」


「…美味しいね。とってもシーンに合っている」


「そうか? 気に入ったなら、それをこのままここへおいていこう」


 調理台の上にはまるまるひと缶置かれている。それを見てハイトは遠慮した。


「だめだよ! こんなに沢山。貴重なものでしょ? それに、シーンがリラックスするのに飲んでいるのに…。ちゃんと持って帰ってよ」


「なら、ここへ置いてくれるか? リラックスしたいときにここへきて飲むようにしよう」


「シーン…」


「それならいいだろ? 一緒にハイトと飲みたいんだ」


「分かった…。でも、シーン。本当に? ここはお屋敷と違って綺麗じゃないし、シーンが休まるような環境じゃ…」


「ハイトがいるだろう?」


 シーンの言葉にハイトは言葉を失くしたように、こちらを目を瞠って見つめる。


「……」


「ハイトがいる。だからいいんだ」


 ハイトは見る見るうちに顔を赤くし、俯くと。


「シーンは、買い被りすぎだ。俺は、そんな、シーンに気に入られるような人間じゃない…」


 テーブルの上に置いていた手をぎゅっと握りしめる。それが何の事をさしているのかは分かっている。

 しかし、直接そのことに触れるつもりはなかった。蒸し返して傷つく必要はない。


「…私は、何があろうと君を好いている」


「シーンは──知らないから…」


 ぽつりとハイトは口にした。でも、それ以上は口にせずきゅっと唇を噛みしめる。そんな様子にシーンは優しい笑みを浮かべると。


「ハイト。君について、私に知られたくない事があったとして、私はきっとそれを知っても、君を好ましく思うのに変わりはない。今の君を見ているからだ。君といるととても心が穏やかになり和む。…そんな風に思える相手は今まで出会ったことがない。今まで結婚を考える相手も付き合った相手もいた。けれど、ここまで思う事はなかった…。君の事をそんな風に思うのは迷惑かも知れないが、でも嘘はつけない。…本当なんだ」


「でもっ、俺は──!」


 シーンの気持ちを受けて、ハイトはたまらずに声を上げたが、やはりそれ以上は口をついてでてはこない。ただ、シーンをじっと見つめ、苦しそうな顔を見せるだけ。シーンはその気持ちを汲むと。


「何も言わなくていい…。過去に何があろうと、私は変わらない。それは信じてくれ」


「…!」


 ハイトは驚き、困惑した表情を見せる。

 シーンが何か知っていると勘づいたのではないか。しかし、しらを切るつもりでいた。

 ハイトはきっと自分には知られたくないのだろう。それなら、知らぬふりを通そうと思った。


「ハイト、寝る前なのに興奮させてしまったな。紅茶の効果がこれでは薄れるな。もう少し飲むか?」


「…うん」


 ハイトは残り少なくなった紅茶に目を落とし、答える。


 シーンはキッチンに立つと、もう二人分、ポットにお湯を注ぐ。バラの柔らかい薫りがふわりと辺りに漂った。


 その後、他愛な話をしたのち、寝支度を整えベッドに入った。ハイトの使うベッドは詰めれば大人二人でもなんとか眠ることができる。奥へ先にハイトを寝かすと、自分も傍らに滑り込んだ。


「やっぱり、狭いね。大丈夫?」


 ハイトはそう言うと身体を壁際に寄せ、何とか広くシーンの居場所を作ろうとする。それに笑うと。


「大丈夫だ。十分だよ、ハイト。そんなに壁にひっつくと寒いだろう。…こっちへおいで」


 そう言って、肩に腕を回し引き寄せるが、ハイトが必死に突っぱねた。


「だ、だめだよ。これじゃ身体がくっ付いちゃう。シーンが眠れない──」


「くっ付こうとしているんだ。暖かくなるから、よく眠れる。──おいで」


「……」


 ハイトの顔は今日、よく真っ赤になった。そうさせてしまっている原因は自分にあるのだが、つい反応が可愛くてそうしてしまうのだ。

 ハイトは仕方ないと言った具合に、おずおずと近づき身を寄せてきた。頭が胸元に来る。


「…おやすみ。ハイト」


 髪にキスを落としてから、目を閉じた。


「…お休み。シーン…」


 もぞりとハイトが顔を起こして、頬にキスを落とした気がした。

 ああ、と思ったがそのまま目を閉じていた。とても心地良かった。


+++


 朝、キッチンに立って朝食準備をしていると──昨夜に引き続き、お礼にと朝食作りも買って出たのだ──ハイトが起きてきた。


「シーン、おはよう…」


 振り返れば、少し恥ずかしそうにしたハイトがそこに立っている。


「そのシャツ、似合っているな」


 ハイトが朝着替えたのは、シーンが用意したシャツだった。自分のお下がりなのだが、ハイトに薄いブルーの生地はよく似合っていた。

 気に入った生地で作ってもらったもので、袖にソースが飛んでしまい、洗っても落ちず。かといって捨てるには惜しいと思っていたのだ。

 シミのできた袖は少し切って、後は長さを調整した。肩の幅も少し詰める。裾は長いままだが、ハイトにはぴったりと合った。


「うん。まるで採寸したみたいだよ。すごいぴったり。ありがとう、シーン」


「そういう意味でも合ってはいるが、普段にもまして凛々しく見える。ブルーが合うんだろうな?」


「シーン…。口が上手いよ。ホント、実は凄いたらしなんじゃないの?」


 どこか口先を尖らせるようにして、ハイトは頬を赤らめながら同じくキッチンに立ち、手伝いを始めた。今焼いているスクランブルエッグを乗せる皿を、調理台に並べる。


「こんなことは普段言わない。君が言わせているんだ」


「あ! 俺の所為? ひどいや」


「ふふ。確かに君の所為だな? 怒った顔もかわいい」


「シーン! からかってる!」


 ぷりぷりと怒り出すのが、どうしても可愛く見えてしまい。幾ら怒らせると分かっていても、笑みがこぼれてしまう。

 そうこうしていれば、ラルスがエルミナと共に顔を見せた。


「朝から賑やかでいいな。おはよう、二人とも」


「おはよう、ラルス。朝は軽めがいいかい?」


 シーンの問いにラルスは頷くと目を細め。


「ああ、頼む。…しかし、賑やかなのはいいな。まるで娘が生きていた頃のようだよ」


 ラルスの言葉にシーンは笑みを浮かべる。


「シーン、おはよう! お兄ちゃんも」


「おはよう、エルミナ」


 キスをせがむ為、頬を差し出せば、シーンの頬にだけキスを落とし、兄のハイトには笑顔を向けただけ。


「エルミナ。お兄ちゃんには?」


「やだ! お兄ちゃんはいつもしてるもん。シーンは特別にするの!」


「…シーンが大好きなんだな。エルミナは」


 ハイトは肩を落とし、ため息をつく。ハイトはその肩に手を置くと。


「じゃあ、エルミナからのおすそ分けだ」


 そう言って頬にキスを落とした。


「!?」


 ハイト相手だとつい、こんな軽い行動もできてしまうから不思議だ。


「あ! お兄ちゃん、ずるい!」


 席に着いたエルミが声をあげる。


「さあ、朝食にしよう」


 シーンは真っ赤になって固まったハイトを席に座らせると、焼きたてのパンを籠に盛りテーブルの中央に置く。ラルスは和やかな眼差しでそんなやり取りを見ていた。


 朝食が終わり、迎えの馬車が来ると再び、ラルスとエルミナに別れを告げ乗り込む。来た時より荷物は減り、身の回りのものが僅かにあるだけ。


「ありがとう、シーン。お陰でとても楽しく過ごせたよ。エルミナもお祖父ちゃんも喜んでた」


「こちらこそ、せっかくの家族団らんに邪魔してしまって、申し訳なかった」


「ううん。家族が増えたみたいで楽しかった。紅茶の件もあるし、遠慮なくいつでも来て欲しい…」


「そうだった。遠慮なく行かせてもらう」


 週末を過ごしたことで、シーンははっきりと自分の思いに気づいた。

 

 ハイトを好いている──。


 ハイトが思うような友人としてではなく、だ。

 ヴァイスのように何がなんでも、という執着ではないが、誰にも渡したくはないと思う。ハイトの笑顔をずっと傍らで見ていたいし、泣くときもその側にいたいと思う。

 ハイトに何かあった時、一番先に頼って欲しいと思うのだ。

 だからこそ、ヴァイスには大人しくしてもらわなければならない。

 

 どんな状況になろうと、ハイトが穏やかに過ごせるなら──。


 ハイト自身が手に入らずとも、頼れる友人として傍らにいられるならそれでよかった。


「シーン、これからもよろしく」


「ああ…。もちろんだ」


 揺れる馬車の中で、笑みを浮かべるハイトをみつめながら、シーンは一つの決断を下した。 



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