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少年と執事  作者: マン太


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9.思い

 シーンを見送ったあと、ハイトは夕食の仕度に取り掛かりながら、ふとその手を止めて思いに耽った。

 シーンが帰った後の部屋は静まり返り、いつもの寂しい景色に戻る。

 時折、風でガタガタと音を立てる窓の向こうには、連なる屋根が見えた。シーンの言う様に、見晴らしだけはいい。


 シーンはいい人だ。


 シーン程の身分であれば、普通は自分の様な人間に、ここまで親身になって接する事はないだろう。


 出会いがそうさせたのだとしても。


 きっと、根が優しいのだ。だからこんな貧しく薄汚れた自分でも、構わず接してくれる。

 我知らず手首を握っていた。既に痣は薄く残るのみになっている。

 それに、仕事まで紹介してくれると言うのだから、感謝してもしきれない。

 シーンといるのは楽しかった。あっと言う間に時間が過ぎていく。


 あんな人もいるんだな…。


 大抵、見知らぬ人間は、自分を蔑む様な目で見る。こんななりでは仕方ない。それにここはスラム街で。そこに住む自分を受け入れられないのは当然の事だった。

 微かに残る薫りに、シーンを感じる。何かつけているのか、いつもいい香りがほのかにした。近づかないと分からない程のかすかな香り。


 いい匂い。


 ハイトの目には、シーンの存在がとても眩しく映った。シーンと友人になれたなら、どんなに嬉しいか。


 けれど、それは望みすぎだ。


 シーンは別世界に住む住人。彼がいい人だから関わりを持てたけれど、普通なら関わる事のない人物なのだ。

 立派なお屋敷に奉公し、いずれはそこの執事となる。そんなシーンと、スラムでその日暮らしをしている自分が友人になるなんて。


 やっぱり──無理だな…。


 自分とシーンとでは、住む世界が違いすぎる。ありがちな言葉だけれど、実際、そうなのだから仕方ない。

 肩を並べて歩くなど、あり得ないのだ。

 シーンの言葉は嬉しかった。けれど、受け取るのは、その気持ちだけにしておくべきだろう。


 友人など望むべきものじゃない──。


 そう思った。

 

+++


 シーンは、急いで馬車を走らせる。

 結局、ハイトの元には二時間近く滞在してしまった。一時間程のつもりがかなり長居となってしまい。帰りの遅いシーンに、ヴァイスの機嫌がさぞ悪くなっている事だろう。

 それを思うと気は重くなったものの、機嫌が悪いのはいつもの事。ハイトの元にいたことに罪悪感はなかった。むしろもっといたかったくらいで。


 ハイトといると、気が楽だな…。


 素の自分で居られる気がした。

 屋敷にいればどうしても従者として、使用人として、(わきま)えた態度を取らねばならない。

 使用人仲間の前では幾分、気楽にはなれるが、馬鹿みたいに笑ったり、からかったり出来る相手は殆どいなのだ。

 それに、ヴァイス。やはり彼の存在が気持ちを暗澹たるものにさせる。

 ようやく屋敷に到着し、キッチン脇の裏口から使用人部屋ヘ通じる廊下へ入ると、戸口で待っていたらしい下僕のアンリが声をかけてきた。シーンより二つ三つ年下の彼とは、数少ない気安く話せる関係だ。


「ああ、シーン。良かった。ヴァイス様が帰ってきたらすぐ来るようにって。ん? なんか小ざっぱりしてる。お湯でも浴びたのか?」


 使用人口にうろうろしていたということは、相当、ヴァイスの機嫌が悪いのだろう。アンリの様子にそう推察する。


「すまなかった。少し友人の家でのんびりし過ぎた。オーブンの修理をしていたんだ。それで少し汚れてな。お湯をもらって来た」


「それは大変だったな。とりあえず、なるべく早目に顔だけでも見せてやってくれよ。かなりご立腹でさ…」


 アンリは肩をすくめてみせたが、その表情が曇る。周囲にいた使用人達もチラチラとこちらを気にしている様だった。皆、自分が帰るのを、今か今かと待っていたのだろう。

 機嫌の悪くなったヴァイスは本当に手がつけられない。

 申し訳ないと思いつつ、ヴァイスの扱いの大変さに、改めてため息が漏れる思いがした。


「先に顔だけ出そう。色々すまなかったな」


「いいって。ただ、あの坊ちゃんをあやせるのはシーンだけなんだ。よろしく頼む」


「…どうだろうな。だが、出来る範囲で対応させてもらう」


 そう答えると、そこにあった姿見で衣服や頭髪を整えた後、自室に戻らずすぐにヴァイスの部屋へと向かった。

 三階の一室、奥にある部屋がヴァイスのものだった。兄二人の部屋は二階の父の部屋に近いところにあったが、今は家具に白い布がかけられ空室となっている。

 ヴァイスの部屋が隅にあるのは、そこが静かで落ち着くのと、外から夜遅く帰ってきても、同じ階に寝るものがいない為、気を使わなくて済むと言うのが理由らしい。

 確かに内階段で裏口から上がって来れば、誰も気づくことはないだろう。


 ヴェイス様のお遊びはいつになったら終わるのか。


 ヴァイスの年齢ならば、兄たちならとっくに父親であるクライブについて、家督を継ぐため励んでいただろうが、ヴァイスはその気を一向に示さない。

 シーンがなんとか言いくるめれば、いやいや参加するのがやっと。

 頭が悪い訳ではない。ただ、家業にはまったく興味も持たないのだ。言い聞かせ、きつく言えば余計に全てを放棄するだろう。


『キスしてよ。シーンがキスしてくれれば、この屋敷はまるく収まる』


 ヴァイスの艶めいた声が耳に蘇ってきた。

 熱のこもった手。妖しい輝きを放つ瞳。見るものが見ればそれはうっとりするような、目を奪われるような様なのだろう。

 確かにあまたの家庭教師たちが、その手管にはまり心奪われ堕ちていった。

 けれど、シーンはなにひとつ、心動かされない。

 どんなに色っぽく訴えられても、抱きつかれても、好意の対象になど考えられなかった。

 ヴァイスの手癖の悪さは生まれ持ってのもの。彼は昔からああやって人を操ってきた。

 シーンを堕とすこともまたゲームの内のひとつと思っているのだろう。


 気が…重いな。


 あの、触れられた時の感覚が蘇ってくる。ゾッとする気配。ことにハイトに会ったあとでは余計にそれを強く感じた。

 初めてこの仕事を苦痛に感じた瞬間だった。


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