過去の呼び声
「なあ、人って奴はどうして恐れるのかな」
女性の指が胸を沿う。
その顔に化粧はなく。その身体に重い布は無い。
憂いの瞼は濃く疲労を残していた。
散らばっているのは研究資料。女は科学者であり魔術の徒、魔女なのだ。
そして、まばらに箱詰めされているのは引っ越しの途中だからだ。
ーー主人よ。母よ。どうしたの
僕は尋ねた。
しかし、聞こえない。女には聞こえない。
ずうっと聞こえない。
殴られた事もあった。理不尽に怒りの矛を向けられた事もあった。
不満は無かった。ただ、一度も会話にならなかった事を除いて
母よ。なぜ、答えない?
わかり合えるならば、痛みも罵声も要らない。
それが普通に親愛という事だろう。
……
顔を顰めて目を覚ました。
そこはまるで、岩の中だ。ジメジメした岩が転がり、湿気が酷い。
確か、どこにいたっけか
ーー起きよう。
そう思っても起きられなかった。何故だ?いつもここでやっていた事だったけど、そうだ“僕”は目覚めが苦手なのだった。
ぽつん、雨垂れが額を打つ。
目を向けると丸い岩の天井があった。
ここはどこだ?
立ち上がると洞窟の中だった。崩落の跡のように幾つもの岩が転がっている。
視界の端の黒い蛇が一匹するりするりと通っていった。
そうだ。“村”に行けって言われたんだ