膝の傷
君が僕の息子として生まれてきてくれて、本当に僕は幸せだ。
君には幸せな人生を送って欲しい。
何不自由のない生活をして欲しい。
少し僕は君に甘い所があるのは自分でもわかっている。
でも、ほっては置けないんだ。
君には、母親が居ない。母親の愛を知らない。
しかし、母親が居ない事で君に負担はかけたくない。
母親が居ないと言う事で君に悲しい思いをさせたくないんだ。
だから、僕は君に甘いのかもしれない。
僕の過ちを君に負わせたくはないんだ。
僕が母親の代わりとなり、僕が2倍の愛情を君に注いでいく。
君が小学生の時は僕と二人でふざけた話もしたし、真面目な話もした。
君はなんでも僕に相談してきたよね。
コミュニケーションも上手く取れていた。
理想とも言える親子関係だ。
その事が僕にとって誇らしかった。
でも、中学に入学した日に君は泣きながら帰ってきた。
よく見ると、膝にはえぐれたような痕があり、怪我をしている。
僕は怪我の消毒をした方がいいと君に言った。
しかし、君は悲しさと悔しさを混ぜ込んだような顔をして僕を無視した。
その日から君はいつも悲しい顔をしていた。
学校で母親がいない事で友達に何か言われたのではないかと心配になり、
僕は「学校で何かあったのか?」と聞いた。
しかし、君は僕に視線も向けずに無視をした。
君と僕との関係は何も変わることの無いものだと僕は疑わずにこれまで生きてきた。
なのに、こんな風に変わるなんて思いもしなかった。
君は優しい心の持ち主だ。
僕に母親の話をすると僕が悲しい想いをするのではないか、と思ったのかもしれない。
傷つけまいと、悲しませまいと。
僕は気になってしかたなかった。君の変わりように。
やっぱり、学校で何かあったんだ。
あんな怪我までして帰ってきたんだ。
たった1日でこんなに君が変わってしまうような事が起きたんだ。
必死で僕は君に何があったのかを調べた。
しかし、何もない、何も起きていない。
でも、君は一言も言葉を発しなくなり、毎日毎日悲しい顔をしている。
反抗期であるなら僕にだって経験がある。何もかもがイライラする。
まして親が言ってくるような正論には余計腹が立つ時期だ。
それに、喧嘩くらい男の子なら日常茶飯事なのかもしれない。
でも、君は腹を立てたりする事はない。
ただ、悲しい顔をして僕を無視するだけなんだ。
でも、無視をするという事はある意味、反抗なのかもしれない。
であれば、時期を待てば今まで通りの君になる。
それに、子供の喧嘩に大人が出て行くのは子供としても恥ずかしさがあるだろう。
そう思い、僕はこの事は君が解決する事だと考えた。
大人が入っていくと大袈裟になってしまう。
なので、僕は何も聞かすに、
君が僕の事を無視するのを前提にして、独り言のように話をするようにした。
話をするのに、返事がないのは悲しいものだが、何もしないよりマシだ。
毎日毎日、僕は笑顔を絶やさず、君に接してした。
人の笑顔には凄いパワーがあるんだ。
笑顔は笑顔をよぶ。
君の笑顔が僕のパワーになるように、僕の笑顔は君にパワーを与えてくれる。
そう信じて、毎日笑顔で君に接して来た。
そして、君が中学に入学した日から1年経った。
1年経った、今も君は僕の事を無視し続けている。
こんな生活はいつまで続くのか。
僕は笑顔でいることに疲れてきた。
もう限界かもしれない。
僕はもう耐えるのが辛くて辛くて、
君と2人でまた楽しく暮らしたいんだ。
どうすれば、元のような生活に戻れるのか。
僕は、決めた。
今日、君の通う中学に行こう。
そして、君の中学生活がどうなっているか見に行こう。
君に内緒で君の通う中学に行った。
君は校庭で友達と楽しそうに話をしている。
何も問題なんてないかのように。
と、その時。君は僕の方を見た。
僕は、君に内緒で学校まで来ていた事が急に後ろめたく思い
咄嗟に家に帰る方向と逆の大通りの電柱に隠れてしまった。
君は走って周囲をぐるりと見渡した。
すると、君は何故か笑顔を少し見せた。
僕は意味がわからなかった。
君は僕に1年もの間笑顔を見せてくれないで
無視をしてきたのに
僕が内緒で学校に来て、隠れたら笑顔になった。
僕に対して笑顔を見せてくれたのか。
内緒で学校に来た事は僕が悪かった。
でも、君が心配だったんだ。前のように色々話をして、
楽しく暮らそう。
電柱に隠れている自分の事を考えたら急に恥ずかしくなってきた。
隠れる必要なんて何もない。
とう思った時、君は家に帰る方向とは逆の方向。
そう、僕の居る方向に歩いて来た。
なんだ、バレてたか。
恥ずかしくなり顔が熱くなった。
隠れていてもしょうがない。
電柱から隠れるのをやめ、
君を正面にして、君の来るのを待った。
すると、君は僕の目の前で止まり、
「お父さん。校門の前まで来てたでしょ?」
1年振りに君の声を聞いた。
しかも、満面の笑みで僕に話しかけてくる。
僕は、大袈裟かもしれないが
一生君の笑顔が見れない、声を聞けないかもしれないと思っていた。
なんだか、涙が出て来た。
「お前が1年間も声を発しないから、お父さん心配だったんだよ。」
君はなんだか、僕を見ているのか、空を見ているのかわからないような目をしながら
「今日は、なんだかお父さんがきてくれるんじゃないかな?って思ってたんだ。
1年前、この大通りのケーキ屋さんでケーキ買えなかったから今日はお父さんの
分も買って家で食べよ。」
僕は頭が真っ白になった。
何をしていいのかもわからないまま、
僕はケーキの箱を持った君の後ろ姿を見ながら家に帰った。
君はケーキを2つ、テーブルに置き、椅子に座った。
僕も、君の前に座った。
「お父さん」
君は急に声を震わせ、僕を呼ぶ。
「お父さん、ありがとう。
僕はもう中学2年になったよ。
もう1年たったんだね。」
大粒の涙を流しながら、君は話続けた。
「1年前、お父さんと入学式に行ったよね。
したら、お父さん『お祝いだからケーキ買って、
もう一回家で2人だけの入学祝いするっぞ』って。
大通りのケーキ屋行こうとしたんだよね。
あの時、僕凄い嬉しかったよ。」
何を言ってるんだ??
「でも、ケーキなんか要らないよ。
ケーキなんか買いに行かなければ。
ケーキなんか・・・。」
君は目を真っ赤にし、泣き続けた。
僕は1年間も気付かずに生活してしまった。
僕は無視されていなかった。
なんで気付かなかったんだ。
そう、それは君が中学に入学する日。
僕と君は2人揃って歩き中学の入学式に行った。
そして、入学式が終わり、また2人仲良く大通りにあるケーキ屋に行って
家で入学祝いをするはずだった。
しかし、家には帰れなかった。
1年前の今日。
僕は、君が真新しい制服を来て、入学式を終え、
とても誇らしい気持ちで歩いていた。
君はなんだか、制服姿に照れながら。
でも、とても満足そうな顔して。
2人で家に帰ったら部屋を飾り付けして2人でケーキを食べ
楽しくお祝いをするんだ。と話しながらケーキ屋に急いでいた。
しかし、大通りの電柱がある場所で、大変な事が起きた。
気付いたらトラックが目の前に居た。
僕は何が何だかわからないまま、君を思いっきり、歩道側に突き飛ばした。
それだけしか覚えていなかった。
一瞬の出来事で、君を突き飛ばす事しか出来なかった。
この1年間。
僕はこの事を忘れたまま生活をしていた。
僕の時間軸だけが動かずに止まっていた。
その夜、君は1人で部屋を飾り付けした。
膝に残った傷を触りながら誇らしげな顔していた。
僕は、君が一回りも二回りも大きく見え、
もう、君は僕が居なくても立派に生きていけるんだと思った。
最後まで読んで頂きありがとうございました。