社会現象
数分後、片田舎の草原には似つかわしくないほど、大量の警察官がやってきた。白衣を着た学者も何名か来ている。
『おぉ、カローラくん。君も来ていたのか』
『えぇ、ようやく見つけまして』
『やはり噂は本当だったか...しかし、ドードーをこの目で拝む日が来ようとは...』
『私も感動してますよ』
膝の上でぐっすりと寝ているドードー。
警察側は専門家の意見を聞きながら、慎重に保護しようと作戦を練っている。
『とりあえず...周辺2キロを全て封鎖しよう。』
『了解』
すぐさま規制線が張られ、民間人は誰も入ることの出来ない状況になった。線の中に残ったのは、最初にドードーを発見した俺と、カローラさん及びテレビクルー率いる調査部隊、警察及び専門家、ついでに田中。のみとなった。
警察は発見当初の状況を聴取するとともに、保護対策本部を設置した。平原に建てられた専用のテントの中で、専門家を交えて話し合いが始まる。
一方、俺はそのまま動かないようにと言われたためドードーの膝枕に徹していた。
「しっかしすげぇーな...超重装備だよ」
日本の警察では普段お目にかかることの出来ない、銃を携えた警官数名が数メートル間隔で配置されている。密猟者対策にしてはやりすぎじゃなかろうか。
「...ドードー、お前すげぇVIP対応だぞ」
「...」
眠っているため返事はない。
それから時間はさほどかからなかった。
保護方法は、麻酔を使わずできるだけ刺激を与えないように大きいカゴの中に入れる、という至ってシンプルなもので、何十人もの警官が大掛かりな規制線を張っていたものの、捕獲から保護までの流れはものの数分で終わった。眠っていたことも幸いして暴れることなく、大人しくカゴの中に収まった。
卵も厳重に保管され、落として割ることのないように分厚いボックスの中に入れられた。
保護したあとも規制線が緩和されることは無く。我々は警察による詳しい事情聴取のためアムステルダムの警察本部へ連行されることになった。
まさかこのまま豚箱行きか...と不安に思ったが、あくまで当時の状況を聞くためとのことで、なんら拘留されることは無かった。
そんな中、聴取中に現れた専門家に謎の要求をされた。
「DNA?」
『そうだ、君のDNAを採取したい。もちろん検査目的だ...カローラ博士からも要望されている』
「検査目的のためにDNAを取りたいと...カローラ博士からも要望されてるそうです」
「別にいいですけど...変なことに使わないでくださいよ」
通訳を介してオランダの専門家にDNA摂取を迫られる人間なんて、この世に何人存在するのだろう。
頬の粘膜を綿棒で擦りとって、唾液も摂取された。その他、爪や髪の毛、身につけている衣服の繊維までこと細かく取られた。
『ありがとう、ご協力感謝する』
「協力に感謝致します」
「ま、まぁ...」
聴取は1時間足らずで終わった。途中出されたお菓子やら紅茶やらが異様に美味しかった。13時00分過ぎということもあって、聴取と言うよりアフタヌーンティーを嗜んでいる気分になった。
その後、必ず日本の大使館に行くように言われた。
翌日、キャリーケースに荷物を詰め込んだ俺は田中の運転で日本大使館に向かった。
「うわすげ、大使館ばっかだ」
「ここは大使館やら大使公邸、政府の機関が密集した場所だからな。日本で言う永田町とかに近い場所だ」
「見た目は普通の住宅街なのに...」
右を見ても左を見ても大使館ばかり。そんな中、一際目立つ真っ白な建物、安心安全の日の丸印、ゆらりとはためく赤い点は故郷の情景を脳内にフラッシュバックさせる日本のシンボル。
日本大使館がぽつんと建っていた。
ちなみにその向かいはアメリカ大使の公邸である。
車から降り入口のドアベルを鳴らすと、中から見慣れた顔が現れた。
「春島さん!」
我が家の裏山の警備を任された警察庁のお偉いさん、春島さんがそこにいた。
「お久しぶりです。しかし、まさかオランダでドードーが見つかるとは」
「災難でしたよ...」
「お疲れ様です...さ、柵越しに話すのもなんですし早速中へ」
中に入るように促される。ここで田中とはお別れだろう。
「じゃなあ、田中。色々ありがとよ」
「おう、またオランダ来たら言ってくれよ。カローラも会いたがってる」
「あぁ、また来るよ」
別れを告げ、大使館の中に足を踏み入れる。ここは治外法権、正真正銘の日本だ。一時帰国に伴い、諸々の手続きや身体検査を済ませた俺は、春島さんの案内でだだっ広い部屋に案内された。
部屋の奥には日の丸の旗と、書斎机で電話対応をしている一人の男性がいた。
「はい、はい...えぇ今回の件につきましては.....あ、いまいらっしゃいました。はい笹壁さんです」
「どうぞ」
春島さんに促され、歩みを進める。
「笹壁さん初めまして、私、在オランダ日本大使館で大使をしております生田目といいます。よろしくお願いします」
「あ、笹壁です。よろしくお願いします」
「実はですね、こうして日本大使館にお呼びしたのは深いわけがありまして」
「はい」
「笹壁さんがオランダで活躍されている間、日本でもニホンオオカミ及びニホンカワウソの保護に関してだいぶ進捗したんです...今後この二匹の保護は都内の上野動物園および国立科学博物館、リムテックアニマルホスピタル...そして東京大学、京都大学等々に在籍される生物学者、日本政府が合同で行うことになりました。」
「なるほど...」
「動物の保護、飼育は上野動物園が。万が一のために常に獣医師が数名管理する他、生体調査等は大学、博物館の研究員が行う予定です。二匹の展示等を行う予定はありませんが、写真や映像などを政府から発表するとともに...有識者会議が開かれ、国民の動植物に関する保護の観念を高めようという働きが大きく動いています。」
「国全体ですか...」
「えぇ、ここ最近の日本のニュースはご覧になりましたか?」
「いえ」
実の所、オランダにいる期間、日本のニュースは全く見ていなかった。というのも、テレビで見る機会がかなり減っていたことと、普段スマホでニュース記事を読まないことが影響して、ニホンオオカミとニホンカワウソの件がどれだけ騒ぎになっているのか、全く情報が入ってこなかった。
生田目さんは、傍らに置かれたパソコンからネットニュース、机の下から新聞を取り出して俺の前に並べた。その全てが二匹のことについて書き連ねたものばかり、どの記事を見ても動物だらけだ。
更にニュース番組に至っては、動物に関する専門家が毎日のように呼ばれ、朝の帯番組のほとんどを動物に費やすカオス状態が巻き起こっていた。
「面白いでしょう、朝のニュース番組が動物番組に変わっちゃうんですから...なんて言うか、凄いことですよほんとに」
「...とりあえず、これは...今日本でニホンオオカミとニホンカワウソの大フィーバーが起きてるってことでいいですかね」
「ブームだとか...ナントカフィーバーとか、そんなレベルじゃないですね。なんて言うか、一種の社会現象...いや、それ以上ですよ。すごいんですよ、この二匹のグッズがここ数日でどれだけ作られたか...売れ行きも好調ですし。まぁ、絶滅動物に興味を持ってもらえるのはすごくいい事なんですがね」
「まぁ、そうですね...」
この社会現象を巻き起こした当事者としては、パソコンの画面をスクロールしても途絶えることの無い、オオカミ&カワウソの関連ニュースが非常に不思議にうつった。
「実の所、今回の有識者会議『ニホンオオカミ及びニホンカワウソの保護並びにレッドリスト動物の管理に関する会議』において、笹壁さんに出席願いたいと...首相直々に連絡がありまして」
「え?有識者...?」
「はい」
「...俺、全然有識者じゃないんですけど...」
「花神教授が大体のことをサポートしてくださるらしいので、大丈夫かと。笹壁さんは、今回の件に関して自身の一般的見解に基づく意見を言っていただければ結構です。」
「は、はぁ...」
自分は全くの門外漢。専門家の集まる会議に一般人が放り込まれたような今回の会議...不安しかない。
「今回の会議で、笹壁さんがニホンオオカミとニホンカワウソを発見した当事者ということが公になってしまいます...政府側としても無理に出席願うわけではありませんので、嫌だとおっしゃるならその意見を尊重します...ただ、発見された場所などは公表する予定はありません。もちろん、会議出席後には警備や警護がつく予定です。マスコミに関する対応も、政府が全て請け負います...その他、何か要望あれば進んでそれを反映する予定です。例えば顔出しNGだとか」
「...なるほど」
「あと、有識者として出席する場合、専門家の一員として二匹の管理に携わることができますよ。お給料も出ます」
「あ、じゃあまたあの二匹に会えると?」
「えぇ、もちろん」
「あ、やります」
即答だった。