『一服してたらドードーに出会った』
「まだ歩くのか...」
平原に、長く続く一本の道。
広大な農場と道路の脇を流れる小川を飛び越えた鳥は、草を摘む羊の間を通り抜けながら同じ方向に向けて歩みを進めていた。
「そこ羊の場所だから、入っちゃだめだって」
「ドーッ」
「ドーっじゃないよ全く」
迫り来る対向車を避けつつ、傍らで歩みを進める鳥を追いかけた。
「おまえ、どこに連れていきたいんだよ」
「...」
「...無視かよ」
晴天の平原、のんびりと歩く鳥。
一体、自分は何をしているのかと自問自答を繰り返したくなる昼下がり。傍から見れば、デカい鳥の散歩をしている飼い主のようだ。
鳥は、飛ぶわけでもなく走るわけでもなく、時たま地面の牧草を突きながらゆっくりと脚を動かした。
「...あ、花神教授に聞いてみるか」
今現在、目の前にいる鳥は何なのか。東大の教授をこんな使い方するのは失礼にも程があるが、もしかしたらカローラが探しに来た目的の怪鳥かもしれないと、専門家の意見を問うことにした。
「...電話番号聞いてなかったな。とりあえず東大に電話するか」
スマホから電話番号を調べあげ、東大理学部に電話をかける。
受付が出たところで要件を伝えた。
「花神教授に用がありまして...あの、笹壁という名前を出して貰えれば本人も分かると思います」
『笹壁さん...ですね、少々お待ちください』
保留の音楽を聴きながら、鳥を追う。
しばし音楽が流れた後、唐突に息の上がった花神教授が電話に出た。
『ハァ...ハァ...あ゛い...こぢら、はながみです』
「大丈夫ですか、すごい疲れてるようですけど」
『...。...ハァ...大丈夫...ハァ...』
「...」
『ごめん...はしって...来たから...。今、家に...帰ろうとしてて』
「あ、そっち夜でしたよね、すいません。...落ち着いたらまたかけ直しましょうか」
『いや...ハァ...じんぱいない...七時半、オ゛ホッゴホッ...あ゛ーッ』
「噎せてるじゃないですか...」
『大丈夫...だから』
電話の向こうで花神教授が、机に腕をつきながら肩で息をしているのが容易に想像できる。あまり無理させないように、要件はできるだけ早めに伝えた。
「あの、今オランダにいまして...で目の前の鳥の正体知りたくて電話したんですけど、写真送っていいですか」
『....ビデオ゛通話は』
「あ、ビデオ通話ですね...それならすぐ映せますよ」
目の前を歩く鳥に向けてカメラを向ける。
「はいっ、君。ちょっとストップ」
「...ドーッ」
手でステイするように指示を出すと、鳥は意図をくみ取ったのかその場で立ち止まった。ビデオ通話をつけ、外カメラにして鳥を映す。
『...』
「花神教授?見えますか?」
『...』
「花神教授...?」
『...笹壁さん、これ本当にビデオ通話ですか』
「そうですけど」
『あぁ...いや、ニホンオオカミとニホンカワウソが見つかっているから...信憑性が高いですけど...まさかねぇ、いや...まさか』
「信用できませんか?ならツーショットでも撮りましょうか」
俺は牧草地に足を踏み入れると、鳥の真横に顔を近づけ、内カメラで花神教授にツーショットを見せつけた。
「見えてますかー?」
「ドーッ!」
『...マジですか。』
「見てわかる通り、この鳥かなりデカいんですよ」
『うん、まぁそりゃね...諸説じゃ七面鳥よりデカいって言うし...笹壁さん...その子、世界的にどれだけ貴重か分かります?』
「はい?」
『うん、その子ドードーね。ドードー...マダガスカル沖のモーリシャス島に居たって言う絶滅種...ほら飛べないでしょう?うん、完全にドードーだわ』
「ドードー...鳴き声から名前が来てるんですか」
『うん、まぁ諸説あるけど...名前の由来すら明確じゃないくらいデータも少ないし貴重なわけですよ...その子が生きてるってなったら全世界ひっくり返りますよ...。実は記録上ドードーを初めて見つけたのがオランダのファン・ネックって人なんですよ』
「ほう」
『多分モーリシャス島じゃなくてオランダにいるのも、それが関係してるんじゃないですかね...ドードーは肉も固くてあんまり好まれてなかったらしいですから...生きたまま持って帰って来たんじゃないですか?観賞用とか...そういった用途のために』
「なるほど、だからここに居ると...そうだ、こいつなんかどこかに案内してくれてるみたいで...花神教授も電話越しに見ますか?どこに行くのか」
『う、うん...是非お願いします』
キョロキョロと周りを見渡すドードー。どことなくアホっぽいこの鳥に俺は指示を出した。
「よし、行くんだドードー」
「ドーォォッ!」
『ポケモンじゃないんだから...』
今度は小走りを始めたドードー。後ろからスマホを向けつつ走る俺...さながらめざましの『今日のわんこ』にて、走る犬を撮るカメラマンにでもなった気分だ。そもそも『今日のドードー』なんて誰が見るのだろうか...。
先程よりもスピードアップしたおかげか、気づいた頃には、平原のはるか遠くに見えていた分かれ道に着いていた。道の脇に広がる鬱蒼とした原っぱにドードーは突進した。胴体が草に隠れ、頭だけがひょっこりと出た状態で原っぱの奥にずんずん進んでいく。
やがて、草に頭を埋めると。再び顔を上げた時には、首が二本になっていた。先程まで後をつけていた顔の黄色いドードーとは違って、もう一つ出てきた顔は鮮やかな青色に覆われていた。
『番だよ!』
「そうですね...どっちがメスだろ」
『それは調べてみないと...』
「...で、どうしますかドードー」
『とりあえず保護、あとは情報を漏らさないように。海外じゃ普通に密猟者の危険があるから気をつけてください。』
「了解」
とりあえず、近くで見張れるように原っぱに足を踏み入れた俺はドードーのすぐ近くに座り込んだ。二匹の近くには、枝と地面に掘った穴で形成された巣がぽっかりと空いており、中にはベージュ色のソフトボール大の卵が2つ入っていた。
『卵だよ!笹壁さん!ドードーの卵!』
「美味しいんですかね」
『絶対だめだよ!食べたら!鳥獣保護法とかワシントン条約とかのレベルじゃないよ!大罪だよ大罪!』
「冗談ですって...あ、そうだ...今、近くの民家にカローラ・デ・ビュールと一緒に来てまして、そっちに電話するんで一回通話切っていいですか」
『カローラ?ホントに?』
「はい、有名な生物学者って聞きましたよ。知り合いですか?」
『まぁ、知り合いですけど...下手したらノーベル賞取るレベルの人なんで、雲の上の存在っていうか...まぁ、カローラさんが居るなら安心ですな。すいません、年甲斐もなく興奮してしまって』
「いえいえ、こちらこそ迷惑をお掛けしました」
電話を切った後、田中に連絡をする。
二匹のドードーは物珍しそうにスマホを覗き込んだ。
「画面見えないよ...」
大きなクチバシが邪魔をして、スマホの画面が思うように見れない。腕を高く伸ばし、スマホを真上に向けると、今度は頭を脇腹に擦り付けてきた。
「あぁ、もう...ステイ」
鬱陶しいすぎて、犬を制するかのように『ステイ』と叫ぶと、大人しく二匹の猛攻は止まった。何故か言うことは聞くらしい。従順さでいえば犬よりも賢いのかもしれない。見た目の割に頭がいいのだろう。
ようやくの思いで電話をかける。
「もしもし」
『おう、もしもし。今お前どこにいんだよ...急に居なくなるから心配したぞ』
「いや、タバコ吸ってたらドードーが来てさ。付いてったら巣があったから電話したんだけど」
『は?』
「ドードーだって。ドードー」
『...か、カローラ!!!』
電話の先が騒がしくなり始めた。
『どこだ!今どこにいる!』
「家の真正面にある平原のずっと先、歩いて10分くらい」
『わ、わかった!すぐ行くからそこから動くなよ!てか1ミリも動くな!』
そこで電話は切れた。
「...お前たち、ここでずっと暮らしてたのか?」
「ドーッ」
「...相変わらずドーっしか言わねぇな、お前」
「ドーッ!」
しばらくドードーを撫でながら日向ぼっこをしていると、カローラ率いる大所帯がこちらへとやってきた。
「...ドードーだ。ほんとうにいた!」
「番だってよ、足元に卵もある」
「さ、笹壁...お前随分と懐かれてないか」
「そんなことないけど...」
「いや、もうお前の懐で寝てるのは完全に懐かれてるって」
膝の上で眠る二匹のドードー。体温の温もりが心地よいのか、ぐっすりと眠っている。
「とりあえず保護だってさ。」
「そ、そうですね...けいさつにれんらく」
「分かった...俺が電話かけるよ」
テレビクルー達は皆、唖然としていた。
今目の前に、幻の絶滅種、ドードーが二匹もいること。さらにその二匹をまるで飼い犬のように手懐けている謎の東洋人。
カオスな光景をどう切り取って放送するべきか、早速悩みどころであった。