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喝采~The Country Girl〜

長いフライトに首を痛めながら、ようやくの思いで入国したオランダは、チューリップの匂いがする訳でもなく、特段オランダ特有の何かがある訳でもない...言うなればヨーロッパ感のある平凡な景色が広がっていた。


ターミナルの出入口でフォルクスワーゲンのボンネットに腰をかける、サングラスをかけたイキリ野郎こと田中。埼玉の片田舎から東京に出て都会色に染まり、そのままオランダに飛んだ生粋の成り上がり放浪者。

実家が俺の住んでる場所と同じぐらい田舎な癖して、時たま見せる偽東京人感がかなり鼻につく男である。


「よぉ」


「はい、お金ください」


「はえーよ、てか久方ぶりの再会なのに第一声それかよ」


「こちとら色々大変な時期だったんだよ、にも関わらずオランダにいるだかよくわからん理由で呼びつけよってからに、これで工面してくれなかったら蜂蜜塗りたくって夏の野山に放置するぞ」


「仕返しがエグいんだよ...」


俺の住んでるひさし村では夏場になると子供が虫取りに出かけては大量の虫を採ってくる。樹液すら塗りたくっていない木々にカブトムシやクワガタなどが普通に止まっているのだ。そんな山の中で蜂蜜を塗りたくった田中を放置したらどうなるか、後は想像におまかせしよう。


お食事中の方は申し訳ない。


そんなイキリ野郎こと田中の運転するフォルクスワーゲンの助手席に乗り込み、オランダの街に出発した。


「とりま目的地はアムステルダム。オランダの中枢都市、首都だな」


「道理で聞いたことある名前だと思ったよ...首都か」


「あぁ、有名どころで言うとゴッホの美術館がある。名前もそのまんまファン・ゴッホ美術館。ちなみに、『ゴッホ』って言っても現地の人間には伝わらないから、美術館の場所聞く時はちゃんとフルネームで聞けな」


「行く予定あんの?」


「行きたきゃ連れてくけど...お前あんま芸術興味無いよな」


「そうだな、芸術より飯だな...俺の中では秋といえば食欲と読書だけなんだ」


「偏屈な野郎だぜ」


「うるせぇ」



車は空港から少し進み、田畑の広がる地域をぬけた後、建物がチラホラ連なり始める都市部との境界線に入り始めた。



「オランダって料理は何があんの」


「んー、正直いって日本で有名なものはまず無い。俺も現地にきて『あ、これオランダ料理だったんだー、知らなかったー』っていう経験がないから言ってもピンと来ないと思う...まぁ、ニシン料理だとか...フライドポテトにソースぶっかけただけの料理だとか...せんべいみたいなワッフルだとか...」


「あ、それ全部知ってるわ。今、日本でめちゃくちゃ流行ってんだよ...へぇ、オランダ料理だったんだ」


「なに、日本で流行ってんの!?オランダ料理」


「嘘」


「嘘かよ。」



深い付き合いだから出来るような、他愛もない会話を繰り返しながら、車はやがてオランダの首都、アムステルダムに入った。想像していたオランダのチューリップが広がるのどかな雰囲気はどこへやら、さすがは首都といった感じで、多くの人や車で賑わっていた。



「一応、俺の住んでるマンションにゲストルームはあるけど...どうする?ホテルにする?」


「いや、ゲストルームでいいよ。オランダ語はさっぱりだから」


「オーケー、わかった。実の所、俺の彼女もお前が来るの楽しみにしててよ、うちに泊まるって聞いたらきっと喜ぶぞ」


「そこは嫌がるとこじゃないのかよ...同棲中の生活にいきなり男が入ってくるんだぞ」


「男だからいいんじゃねぇか、女性だったらさすがに彼女も良しとしないだろ」


「今はそういう時代じゃなくなってきてるって言うぞ。性別にとらわれないんだから」


「じゃあ、俺とお前の間になにか芽生えるとでも?」


「隕石に直撃するくらい確率は低いだろうな」


「ちなみに、それよりも宝くじに当たる方が確率が低いらしいぞ」


「なら宝くじよりも確率は低いだろうな」


例え話の間に知識という名のマウントを放り込んでくる田中の肩に、思いっきりグーパンをしてやろうかと思ったが、運転中なのでやめた。


車はやがて、アムステルダムの中心部に佇む大きなマンションの地下駐車場に入った。車をおり、エントランスをぬけてエレベーターに乗り込む。いわゆるタワマンと言うやつだ。


エレベーターが開くとそこはすでに部屋だった。玄関で靴を脱ぐという文化が無いせいか、入口とリビングが直結していた。

白い清潔感のある床と、大きな窓、暖炉にグランドピアノまであるなかなかの豪邸、いつの間にやら田中は成金になっていたらしい。


「彼女は今、お前が彼氏役を演じる相手を迎えに行ってる。もうすぐ戻ってくるはずだ」


「今日顔合わせなのか」


「あぁ、こういうのは早い方がいいだろ」


「まぁ...」


待つこと数十分。

開いたエレベーターの向こうには、モデルかと見間違うほどの金髪美女が2人並んでいた。赤いコートに身を包んだ女性が、どうやら田中の彼女らしい。その彼女の後ろに佇んでいたポニーテールのグレース・ケリー似の美女が、今回俺が彼氏役を演じる御相手だという。



「はじめまして、わたしのなまえはカローラ・デ・ビュールです」


「あ、笹壁です。日本語うまいですね」


「わたし、にほんにいったことある。すこしだけ」


「カローラは過去日本に2回来たことがあるらしくてよ、いずれも半年程度滞在したらしい。仕事絡みでな」


「へぇ、あ、よろしくお願いします。こんな俺で良ければ、彼氏役引き受けます」


「よろしく」


176cmの俺と同じくらいの身長のカローラさんは、笑顔で握手した後、田中の彼女の元へ駆け寄って楽しそうに談笑を始めた。


「...そう言えば田中の彼女の名前は?」


「フィリシア・アッペル。アムステルダムの小学校で先生をやってる、担当科目は科学」


「へぇ、インテリで美人か。俺が田中だったら口喧嘩絶対負けるだろうな」


「なんで喧嘩するの前提なんだよ」


急に自信が無くなってきた。

相手はかなりの美人、ハイヒールでも履かれれば確実に俺の方が頭1つ身長が下がる。彼氏を演じるのならば、自分は全くと言っていいほど釣り合っていない。かなり不安である。



「そうだ、ささかべさん」


ふと思案していると、カローラが話しかけてきた。


「はい、なんでしょう」


「ニッポンできちょうなどうぶつがみつかったって、ききましたけど...NEWSはみましたか」


「え、えぇまぁ」


「どんなきもち?」


「え?」


「どういうきもちになりました?」


「え、あぁ...嬉しいなぁって...」


「やっぱり、うれしいですね」


「はい...」


突然何事かと思えば、質問の内容がタイムリーすぎてかなりビビった。


「実はカローラってこう見えても大学で生物学を研究してる科学者でな。獣医師の免許も持ってるめちゃくちゃ凄い人なわけよ、そらもう若き彗星なんて言われてる。」


カローラの素性を聞き驚きが隠せない。

この人が白衣を着たら、それこそオシャレなトレンチコートみたいになってしまうだろう。まさかのフィリシアに続いてカローラまでインテリだとは思わなかった。


「ほら日本でニホンオオカミとかニホンカワウソが見つかったろ、でカローラも刺激受けてよ、オランダでもそういった絶滅した生物の手がかりが自然を探せばあるんじゃないかって、張り切ってるわけよ」


「なるほど...夢を追う内の一人って訳か」


「そういうこと、だから彼女にとって笹壁は、今現在ニホンオオカミが見つかったときの、日本の人々の様相や雰囲気を生で感じとってる生き証人って訳よ」


「...だからさっきの質問を」


「まぁ、なるべく答えてやってくれよ。彼女の好奇心はここ最近天井知らずだからな」



その後、質問攻めにあいながらも昼食を摂ることになった。マンションの屋上には入居者限定のレストランが併設されている。毎週金曜日限定、メニューはその日獲れた新鮮な魚介類や野菜をふんだんに使用したヘルシーなものばかり。週替わりによって変わるコース限定のレストランで、客入りは大盛況のようだ。昼時はさほど利用客は見受けられなかったものの、夜になるとそれはそれは賑わうらしい。



「じつはここだけのはなしですけど」


「はい」


「ここオランダでもかくにんされたみたいです。ぜつめつした、せいぶつ」


「へぇ」


「これです」


カローラは片手に持っていたスマホを操作し、動画を開いた。


「Twitterにとうこうされた、どうがです」


動画にはオランダの田園広がる風景の中にポツンと、一羽の鳥が遠くの方で動いている姿が映っていた。遠すぎて、かろうじて鳥だとわかる程度の大きさであると同時に、異様に画質が荒いため、フェイク動画の可能性が高いとの事。


動画のタイトルは翻訳すると『見たことの無い鳥』で、珍しい外来種であるか、ただのカラスなのか真相は定かではない。カローラはこの動画に映る鳥を、絶滅種の鳥である可能性はありうると唱えているが、信憑性は極めて低いと本人も言っている。


「この動画に写ってる場所って、ここからほど近いんですか」


「ちかいですよ」


「近いぞ、だって空港のすぐ近くだから」


「じゃあ、ここに来る途中眺めてた景色がこれ?」


「おぉ」


「マジか...案外近くにあるもんだな。疑惑の現場は」


「おかあさんとおとうさんに、あいさつおわったら、みんなでいきましょ」


「まぁ...すぐ近くなら」


急遽、オランダでバードウオッチングすることになった。


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